新しい朝が来た。
自然と、だが突然として眠りという闇から覚醒した俺は、一息ついて、ゆっくりとベットから出る。
そしてゆっくりと背伸びをする。
睡眠で凝り固まった身体をほぐすためだ。
この身体になってから実際には凝り固まってなどいないのだろうがこれはずっと昔にやり続けていた慣れ親しんだ癖だ。
要は気持ちの問題なのだろう。
不思議と頭も身体もスッキリとする。
寝室の扉を開けるとリビングから明るい光が飛び込んでくる。
移動したリビングの窓からは朝日が柔らかく射し込んでいる。
そのままゆっくりと窓の方まで行き出窓を開け、外の空気を取り込む。
湖に浮かんでいる城なのだが湿度の少ない爽やかな心地よい風が部屋へと流れ込む。
前世でも味わったことのないような綺麗な空気を吸い込み軽く深呼吸を繰り返す。
魔族の住むディルナル大陸。
地図上では赤道の真下にあるはずなのにずっと春のような天気である。
雨も降らなければ強風が吹くこともない。
湖にある四つの塔が作る結界がそうしているのか。
魔術的な何かでそうしているのかはわからないがいつも過ごしやすいポカポカとしたとても良い気候なのだ。
俺は魔術で身なりを整えると食堂へと転移した。
「悪いが濃いめのコーヒーをもらえるか?」
一声かけるとすぐさまテーブルへと転移してきたコーヒーを手に、俺は玉座の間から出てすぐの所にあるバルコニーへと転移する。
バルコニーとは行っても学校のグランドぐらいのサイズはあるのだがな。
バルコニーから遥か遠くに見える山々の眺望を楽しみながら濃いめのコーヒーを嗜む。
前世では決して味わえない空気の良さ。
爽やかな風。
そこに薫るコーヒーの匂い。
俺の気持ちをスッと落ち着かせてくれる。
「って、イベントが多過ぎる!」
必死に現実逃避していたが無理があった。
いきなり現実に引っ張られた。
ここ数日、イベントが多発し過ぎだ。
急にどうした!何があったんだ!
いきなり新キャラの登場なんて望んでないんだよ!
まじでこの世界の神様は俺に恨みでもあるのだろうか?絶対に一度殴ってやる!
出かける度に一つはイベントが発生してるぞ!
当初は人族大陸の三大国を回ろうと考えていた。
二つの王国へは行ったので、残り一つ、帝国へ向かおうと思っていた。
思っていたのだが、ここまでくると嫌な予感しかしない。
確実に何かが起こる。
しかも面倒くさいやつだ。
変なフラグが立っているのにそこに飛び込むバカがいるだろうか。
俺は行かない。行きたくない。
なんで出かける度に女性を城へとお持ち帰りしなければならないのだ。
これで帝国にでも行こうものなら確実にもう一人増えるぞ。
帝都の道を歩こうものなら、突然角からパンを加えた少女がぶつかってくるに違いない。
ふうーー
一旦落ち着こう。
少し落ち着いたところで玉座の間へと戻る。
「おはようございますアルス様」
「ああ、おはよう。悪いがカップを下げてくれ」
「かしこまりました」
すっと転移して消えるカップ。
「アルス様、精霊大陸の王と名乗る者についてわかったことがありますのでご報告させていただきます」
いたな、そんなのも。
ぶっちゃげお義母さんのインパクトが凄過ぎて記憶から抜けていた。
「何かわかったのか?」
「残念ながら操られていただけのようです」
「やはりか」
「細かい指示も掴みきれませんでした。ただ漠然と王都に向えとだけ指示を受け、一人で王都へと来たと。大陸を越えた方法も覚えておらず、精霊の祝福についても何も知らないようです。もちろん精霊王の祝福もです」
「全くの手がかりなしか」
「申し訳ございません」
「よい、ディアブロが謝ることではない」
まあ、あいつには元々期待してなかったからな。
となると、精霊大陸に何かあるかもしれんな。
「あいつとは話せるのか?」
「はい、問題ございません。地下二階の収容所に入れておりますのでご案内いたします」
へえ、ちゃんとそういった施設もあったんだな。知らなかった。
俺はディアブロに任せて収容所に転移した。
周りの建物とあまり外観は違わない建物。
長く続く廊下にはいくつもの扉があった。
その中のうちの一つの扉の前で止まった。
「こちらの部屋になります」
「わかった」
俺は扉を開け中に入った。
「だ、誰ですか?」
「悪いな。失礼するぞ」
「アルスさんでしたか。この度は操られていたとはいえ失礼致しました」
凛とした姿勢で座っている女性がいる。
見た目はティターニアだが誰だ。こいつは。
「どうかなさいましたか?」
「いや、あった時とはかなり印象が違ったのでな。記憶はあるのか?」
「薄っすらとは。どこか夢を見ていたような感覚に近いです。起きた瞬間忘れているような。上手く説明出来なくて申し訳ございません。」
本当に誰なんだこいつは。
「いや、かまわん。それよりも何があった。覚えていることでいい。教えてくれないか」
「はい、私は精霊大陸の王をしているティターニア・アルフヘイムと申します……」
大雑把に説明するとこんな感じだ。
精霊大陸にあるアルフヘイム国。
その国で小さな内乱が起こったという。
内乱とはいっても数年に一度はある小競り合いだったようだ。
状況が一変したのは、城が突然の襲撃にあったせいだという。
急に辺りが光ったと思ったときには周りにいた者は全て倒れていたそうだ。
朦朧とした意識のまま旅立ち、気づいた時には人族の大陸にいたそうだ。
そして俺と出会って今に至る。
「大体の内容はわかった」
「こんな事しか覚えていなくて申し訳ございません」
「いや、謝ることではない」
いくつかヒントになりそうな言葉も聞けたしな。
「出来ればでいいのだが、一緒に精霊大陸へと来てほしい。案内できる者がいてくれたほうがいろいろ便利がいいのでな」
「是非っ!是非お願い致します!」
「じゃー決まりだな。今すぐ動けるか?」
「出来ればお食事をいただければ嬉しいのですが……」
「わかった。食事をとってから精霊大陸へ向かうとしよう、移動するぞ」
「はい」
俺は部屋の外で控えるディアブロとティターニアを連れて食堂へと飛んだ。
「アルス、おは、ょ……。誰?その女?」
めんどくせー!!!!
俺の脳内では面倒くさいイベント発生の効果音が鳴り響いている。
「この前、人族の王都に行った時に拾ってきた、精霊大陸の王ティターニアだ」
「初めまして。只今紹介頂いた、精霊大陸の女王ティターニア・アルフヘイムと申します。どうぞお見知りおきください」
「もう新しいお嫁さん連れて来ちゃったのーー!アルス、流石に早すぎない?っていうか私に一言あっても良かったんじゃないの?あ、どっちが正妻なの!って、さっき王女様って言った?私は側室になるのねー!」
ほら、面倒くさい。
「落ち着け、そしてまずは自己紹介ぐらいできないのか?」
「なんで私がこんな女ギツネに挨拶しないといけないのよ!私のアルスを返しなさいよ!」
ふん!
とりあえずチョップして止めた。
「いったぁーーい!」
「うるさい、一回黙れ!お前なにやってんのかわかってんのか!」
こいつ普通に精霊大陸の王に掴みかかろうとしやがったぞ。
人族と精霊族で戦争したいのか?
いや、こいつなら私情で戦争起こす可能性が高い。
何気にこいつが一番世界平和から遠い存在なのではないだろうか。
「ティターニア、悪かったな」
「いえ、私は別に気にしていませんよ」
俺は蹲っているセレネの首根っこを掴んだ。
「ティターニアは誰かに操られていた。それを調べるためにここへと連れてきただけだ。それ以上でもそれ以下でもない。そして食事をとったら精霊大陸へとティターニアを連れていって精霊大陸を調べる。以上だ」
俺はセレネをほたり投げた。
「ティターニア、食事にするぞ」
「あのー、いいのですか?」
「かまわん。食事はいらないのか?」
「いえ、いただきます」
ティターニアはサッと席についた。
思った以上に素早い動きだ。
「ここにあるものは好きに食べて良い。おかわりは言ってくれればいくらでも出す」
「ありがとうございます。それじゃーいただきます」
って忘れていた。
こいつも化け物だった。
上品な振る舞いなのに食べる速度が尋常ではない。
どんどんと食べ物が無くなっている。
「もー酷いですよー」
「セレネが話しを聞かないからだ。というか、食べ物が無くなるぞ」
「あー!わたしのご飯!!!」
まじで面倒くさい。
朝から頭が痛い。
誰だよ、新しい朝は希望の朝とか言ったヤツは!
新しい朝が、カオスな朝のときもあるではないか!
はあーー、現実逃避したい。
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