砂のダンジョンを攻略した俺達は城へと帰った。
「おかえりなさいませアルス様」
「……ディアブロ、今の時間は?」
「アルス様が出発されて丁度二十四時間となります」
「……おい、セレネ」
「えっ、無理ですよ!今すぐ次のダンジョンに行けとか絶対無理ですよ!」
「……今日はゆっくり休むことにする。出発は明日の朝だ。とりあえず今日はゆっくりと風呂に入ってしっかりと食事を楽しんで来い。その後は自由に過ごせ」
「えっ?わたし明日の朝に殺されるんですか?」
「……何を言っている?」
「アルスがこんなに優しいなんて絶対おかしいです。きっと裏があるんです。ほら、死刑囚だって殺される前だけは凄く優しくされるっていうじゃないですか?わ、わたしは、あ、明日の、朝、突然、わ、わたしは、こ、殺されるぅんでぇすぅーえーん」
喋りながらセレネがアホみたいに泣き出した。こいつは自分のことを死刑囚とでも思っているのか?よくわからん。
「……なぜ泣く。まあ今日はゆっくりと好きに時間を過ごせ。以上だ」
俺はゆっくりと玉座に座った。
はぁーーー
なんだこの感じは?
自分でもわからない感覚だ。
なんで俺はアホみたいにセレネの心配をしてしまったのだろう。
勇者を強くするといった。
より厳しい環境に送り込んで勇者を強くする。
それをあっさりクリアしていくことに対して不満があるのだろうか。
実際に勇者は強くなっている。
魔物を簡単に倒せるようにもなっているしランクも順調過ぎるほどに上がっている。
祝福の効果でその成長速度は加速度的に速くなっている。
それなのに万全の対策を施しガッツリと下準備をして、いらない心配をして、俺は何をしているのだろう。
あいつが死ねば俺が死ねなくなるからか。
だから万全の準備をしたのか?
なにか違うような気がする。
強くさせているのに、強くなっていくことへ抵抗があるのだろうか?
なんなのだろうか?
死にたくないわけではない。
元の世界を捨ててこの世界に残る気もない。
何かひっかかる。
理由はわからない。
俺は自分の目的のために動いているはずなのに、自分の目的に順調に近づいていくことに対して抵抗がある気がする。
なんともいえない違和感がまとわりつく。
原因はわからない。
とはいえ残る祝福は後、一つだ。
目的地は南、霊獣玄武。デカイ亀の霊獣だ。尻尾が蛇だったか。
これをクリアさせれば何かがわかるかもしれない。
そのためにまずは場所の特定だ。
「ディアブロ、頼んでいた地図はどうなった?」
「まだ集めている途中ではありますが現在集めている物がこちらになります」
俺は地図を受け取ると一つずつ見比べていく。
「やはりこの世界に正確な地図はないな」
「正確な地図でございますか?」
「おそらくな」
どの地図も形がばらばらである。
大まかな作りや街の位置などは同じである。だがその外側、大陸の大きさや形、大陸の位置などは地図ごとにかなり違いがある。
この世界には大陸と大陸の交流が殆どない。
おそらくこの世界の地図は口コミや伝承などで作られているのではないだろうか。
行動範囲の狭いこの世界では、生きていくだけならば重要な街や村などある程度の方向がわかりさえすれば、そこまで地図は必要としない。行動範囲内の大体わかればいいのだ。
最初に違和感を覚えたのはセレネを東の森へ行かせた時。
そこでセレネは偶然ダンジョンをみつけ霊獣を倒した。
霊獣白虎だ。俺の前世の記憶だと、白虎は『西』の霊獣だった。それが東にいた。
確認のために目的地を北にして向かったが、そこにいたのは霊獣朱雀。朱雀は『南』の霊獣だ。
同様に西にいたのは霊獣青龍。青龍は『東』の霊獣だ。
残る南、そこにいるのはおそらく霊獣玄武。『北』の霊獣だ。
そして、西のダンジョンを探す時に予測した位置に入り口はなかった。かなりズレていたのだ。その時に他の場所との位置も確認してある。
それらを統合して考えるとおそらく最後の、南のダンジョンの入り口は今の地図上にはない。
何故、方角と違うチグハグな位置に霊獣がいたか。
俺が出した答えは簡単だ。
地図が逆さま。
おそらく、いや確信しているがこの世界の地図は南が上を向いている。
なのに口にする呼び名は上が北。
上が北だと誰が決めたか知らないが、この世界でも方角の呼び名は同じだ。
地図の上が北で、右が東。左が西で下が南。
逆さまの地図なのに方角は正しく言っている。
だからおかしかったのだ。
最初にディアブロがみせてくれた地図は逆さに見ればある程度は正しいのだ。
集めさせた他の地図も全て南が上の同じ作りになっている。
細かな場所で言うと測量の技術がないからか、大陸の形が地図によって違う。
人が行き交う場所の距離や方角は正確だが人が行かない場所はかなり適当だ。
そこで俺は正確な地図を作ることにした。
といっても俺が見やすい北が上になる地図。
前にモニターを使って上空から見ようとしたのだが思いの外、高度が上がらなかった。
宇宙衛星とまではいかなくとも成層圏ぐらいまで上がれたら楽に確認できたのだが無理だった。
俺が魔術で飛んで確認すればいいのか?
なんでも設定を考えるとなんかできそうな気もする。
思い立ったら即行動だ。
俺が直接外へと行って大陸の形を確かめに行く。
後は戻ってから地図を作り直せばいいだろう。
よし、物は試しだ、やってみよう。
思考の渦から目を覚ますと、目の前には心配そうな顔をしたセレネがいた。
「ん?なんだ?」
てっきり既に風呂にでも行っていると思っていたのだがまだ玉座の間にいたらしい。
「アルス、大丈夫だよ」
いきなりギュッと抱きしめられた。
鎧越しに柔らかな体の感触がする。
「大丈夫だからね。無理しなくて良いよ」
何故いきなり抱きしめてきたのか、何を言っているのか、まったく意味がわからない。
「ちゃんと側に私がいるからね」
でもいい匂いがした。
何故か落ち着く、不思議と落ち着く匂い。
「おい、鎧が痛いし臭いぞ。風呂に行け!」
「えぇー臭くないでしょ?えっ、私って臭いですか?えぇー、えぇー!ちょっとお風呂にいってきます!」
セレネは凄い勢いでラミアの元まで走って行って転移していった。
ふぅーーーーー
「ディアブロ、少し出てくる」
「かしこまりました」
俺は城の外へと転移した。
見られなかっただろうか?
気づかれなかっただろうか?
俺は何故だか流れそうになる涙を堪えるのに必死だった。
耐えるのに必死だった。
俺は無理をしていたのだろうか?
セレネに抱きしめられてホッとした自分がいた。
無茶をしてきたのは間違いない。
死んで転生をして、これだと思うことをやってきた。
無理をしていないなんていうと嘘になる。
無理をしてきたに決まっている。
死ぬために必死になって頑張った。
死ねばこの世界からは俺はいなくなる。
だからなるべく関わるまいとしていた。
周りの魔族や人族。住んでいる城。この世界の大陸や街。
関わり過ぎると心が、自分の意思が、信念が崩れると思っていたからだ。
くそ!
自分の気持ちに気づいてしまったら後戻りできないじゃないか!
俺はセレネが好きになっている。
俺は配下の魔族が好きになっている。
俺はこの世界が好きになっている。
理屈ではない。
理由もない。
それを理解してしまったのだ。
くそ!
俺は思いっきり空へと飛んだ。
できるだけ高く。
この世界から離れるように。
魔術が使える限界点があるのだろうか、それ以上は上へと上がることはできなかった。
「ウァァァァァーーーー!!!」
俺は叫びながらガムシャラに空をかけた。
世界を見下ろしながら俺は一人泣いた。
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