村を襲撃してきた魔物の群れを討伐した後、村の村長からお礼がしたいと言われた。
村というのは街に比べると裕福ではない。
住んでいる人口が違うのだから当たり前である。
そんなこともあり、一度は村長からの誘いを断ろうとしたのだが、空腹には勝てなかった。
大人しく村長の言葉に甘えて、お礼を受け取り村にお世話になることにした。
温かいご飯、その誘惑には到底逆らえなかった。
まだまだ食事の準備に時間がかかるとのことで、一旦、村長が用意してくれた部屋に行くことにした。
移動中村を見たが、のどかで良い村だった。
途中で出会う村民達も気さくな感じだ。
口々にお礼を言われた。
時間になったら呼びに来てくれるとのことなので、それまで自由にくつろいでいてくれと言ってくれた。
この時間を使って汚れた身体を拭くことにした。
本当は温かいお風呂に入りたかったのだが小さな村にはお風呂などない。
もちろんそれが贅沢な考えであるのはわかっているので、水の入った桶を用意してもらった。
魔物との戦闘でかなり動き回った。汗もかいたし鎧の隙間から入った砂やらなんやらが汗で引っ付き気持ち悪い。
戦闘中や任務にあたっている時は、そんなこと一つも気にもならないのだが、そうでない時は違う。
気持ち悪いものは気持ち悪いのだ。
魔物討伐の要請があってから一週間、野営続きでお風呂どころか身体を拭くことさえまともに出来なかった。
しかも食事は携帯用の非常食。栄養重視の美味くも不味くもない冷えて固まった物を毎回少ししか口にしていなかった。
温かい料理に飢えていて当然だ。
「ご飯、ご飯」
温かいご飯、温かいスープ、考えただけでよだれが出る。
用意してもらった桶の水を魔術で温め、一通り身体を綺麗に拭きあげる。替えに持ってきていた綺麗な肌着に見を包み、綺麗に磨き上げた鎧を再び身を纏う。
「ご飯まだかなぁ」
どんな料理があるのだろう。村は基本的に農業で成り立っている。この村の特産品とかあるのかなぁと妄想していると、周囲の気配が一変した。
周囲に悪魔の軍団が現れたのだ。
「ッ!!」
囲まれた!と思った瞬間には別の場所へと連れ去られていた。
だが、その一瞬で聖剣を手に取ることが出来たのは我ながら上出来といえる。
この聖剣は自らの能力を引き出してくれる。
それと同時に魔族の力を削いでくれる。
勇者である私にとって、他の剣では代わりはきかない唯一無二の大事な相棒なのだ。
連れ去られたいまの状況でも、この聖剣があれば隙きをみて脱出出来ると思った。
連れて来られたのは綺麗な作りの広間だった。
王宮も霞むほど豪華な広間。
「主よ、勇者を連れて参りました」
そんな中、悪魔たちのリーダーであろう悪魔が報告をしている。
「よくやった。勇者をここへ」
「はっ」
私は前へと突き出され愕然とする。
目の前にいる存在に身体が硬直する。
想像を絶する圧倒的な強者。
隙きをみて脱出しようなどと考えていた自分の甘さを呪った。
どう足掻いても脱出なんてできない。
できるわけがない。
逃げることが出来たとすれば囲まれたあの瞬間と連れ去られた瞬間のみだっただろう。
最早脱出は不可能、間違いなく傷の一つすらつけることも出来ないだろうから。
一方的に殺されるだけだ。
瞬時に理解した。出来てしまった。
真の絶望を。
目の前の玉座に座っているのはほっそりとした人型の男性。
恐らく魔王だ。
そしてここは魔王が住むと言われている城の内部だろう。
先程私を連れ去った悪魔たちなら隙きをみて逃げることはできた。
だが、この者の前からは逃げられない。
見た目はスリムな人型、といっても凄い力が溢れ出ている。
戦えば確実な死が待っている。
エッ!
気にもしていなかった後ろからの圧力が増しているのに気がついた。
先程自分の周りにいたときより明らかに圧力が増している。
気づけば私の後ろに控えている悪魔でさえも私では太刀打ちできない程の強さになっていた。
必死に訓練をしてきた。
みんなを守るためならといつも死を覚悟して戦ってきた。
勇者と呼ばれたときからいつも死は身近にあった。
いつもとかわらない。
最後は勇者らしく逝こう。
せめて一体ぐらいは仕留めよう。
そう思った瞬間に身体が嘘のように震えだした。
自分の身体とは思えない。
制御がまったく効かない。
自分の意思に反して死にたくないといっているのがわかる。
覚悟はしていた、つもりだった。
いままで思っていた自分の覚悟はなんだったのだろうか。
死など恐れていないと思っていたのにこの有様だ。
確実に殺されるいまになり、理解した。
やっと理解できた。
無理やり理解させられた。
私は死にたくない。
私は死にたくなかったのだ。
ずっと自分に嘘をつきながら生きるために戦ってきたのだ。
魔王を倒す。そのために頑張ってきた。
周りのみんなより強くなる。
毎回泥に塗れて、非力な身体に鞭を打って頑張った。
みんなを守る力を手に入れるため。
そうやって私はいつの日か勇者として魔王を倒す。
なにを馬鹿なことを夢見ていたのだろう。
何も知らな過ぎた。
勝てるわけないのだ。
魔王からいろんなことを聞かれた気がする。
何を聞かれたのか何を答えたのかもわからない。
気づいた時には剣を握って目の前の魔王に突きつけていた。
生き残るために。
理解が追いつかないまま、ありったけの力を聖剣に込める。
「いつでもよいぞ」
とても心に響く綺麗な声だった。
目の前の魔王の声だ。
両手を拡げ目を瞑っている魔王の声。
制御の効かない身体が生存本能に身を委ねて勝手に全力で剣を振るう。
私はなぜが魔王の姿に魅せられてしまった。
殺してはいけないと思ってしまった。
振り下ろしていた聖剣から光が消える。
ガギィィーーン
聖剣が折れた。
呆気ない程、簡単に。
折れた剣が空中を舞っている。
あの一瞬、目の前の男を殺してはいけないと思った。
そのせいで私の唯一無二の相棒である剣が、勇者の象徴である聖剣が折れた。
私は自分の相棒を殺してしまった。
私は自らが生き残る道を自らで断ってしまった。
私はここで死ぬのだと理解し全てを諦めた。
その後のことは何も覚えていない。
凄い勢いで魔王から怒られたような気がする。
気づいたときには豪華な部屋に連れてこられていた。
「こちらでお待ちを」
礼儀正しいメイドの格好をした魔族に言われておとなしく待った。
何も考えられない。
何も考えられないなか、涙がボロボロ溢れでた。
殺されなかった。
私は生きてる。
生きている。そんな当たり前のことがこんなにも嬉しいことだとは思っていなかった。
生きてる。
自分の生にはじめて心から感謝した。
生きていることに心底感謝した。
もう涙は出ないと思うぐらい泣いた。
同時にこれからも生きていたいと思った。
これまでの自分はずっと死んでいたのかもしれない。
貴族の娘として産まれ、人形のような毎日を強要された。
勇者としての振る舞い、戦いを強制された。
自分を殺して他人を生かす。
勇者として当たり前のことだ。
それが勇者なのだからと。
ずっと自分は死んでいたのだ。
勇者と言われ聖剣を手にしたときに貴族の私を殺した。
私はわたしを殺してきた。
先程の魔王を対面して思った。
勝てない、死んだと。
そうあの時、私の中の勇者は死んだ。
魔王を倒すためにとわたしを殺して勇者になった。
勇者は魔王に傷の一つも負わせることも出来ずに死んだ。
聖剣も折れた。
勇者は死んだ。
いま生きているのは誰?
勇者になったときわたしを殺して勇者になった。
そんな勇者も死んだ。
いまのわたしは新しいわたしでいいのかもしれない。
これまでの柵に囚われることなく生きてもいいのかもしれない。
それにあんな魔王がいるんだ、いつ死んでもおかしくはない。
新しく生きる。
好きに生きよう。
震えて死ぬのではなく。
笑って死ねるように。
わたしはわたしとして生きよう。
わたしはわたしでいよう。
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