夕刻前、俺はセレネの準備が整うのを玉座の間で待っている。
セレネの両親へと挨拶へ行くためだ。
先日はクヴァリル家まで挨拶をしに来いと言っていたセレネの両親だったが気付けば城へと来ていた。
現在、セレネの両親には今後引っ越して使う予定になっている一階の客室でゆっくりとくつろいでもらっている。
その客室へ今から挨拶へと行くわけだ。
意味がわからない。
クヴァリル家へと挨拶に行き、城の食事会に招待すればいい話しだと思うのだが。
何故に城へと来ている。
まあ、引っ越し前の内見と思えばいいのか?
家を建てる前に似たような施設の家に実際に宿泊して住みやすいか体験するプランとかもあるからそんな感じか?
いや違う。
何せセレネの家族だ。
理解なんか出来るわけはない。
なんでこう毎日騒がしいのだろう。
暇なのよりは良いが忙し過ぎるのは嫌なんだよなあ。
「戻りましたー」
おお、これまた。
綺麗に着飾ったセレネがいた。
シンプルなデザインの薄水色のドレスに、いつもは一つ結びにしている髪も綺麗に結い上げている。派手すぎない小さめの装飾品が更に豪華さを演出しているな。
馬子にも衣装ってヤツか?
いやこいつは元々人族の中での大貴族の娘だ。
案外これが素なのかもしれん。
「似合ってるじゃないか、準備が出来たらなら行くぞ」
「えっ、本当に?似合ってます?キャー」
いちいち喧しいヤツだ。
「そう言っているだろ。行くぞ!」
俺はセレネを連れて一階のエントランスホールへと転移した。
今日もバッチリ城を守ってくれているな。
ありがとう鎧くん。
今後、この周辺が若干煩くなる可能性があるが勘弁してくれ。
俺は予定されている部屋へと向かった。
コン!コン!コン!
「どうぞお入りください」
部屋から声が聞こえたので俺はセレネへと目配せをしてから部屋のドアを開けた。
「失礼します。この城の主、アルス・ディルナルです。お初にお目にかかります。クヴァリル侯爵殿。それに先日に続き、ようこそおいでくださいました。クヴァリル侯爵夫人」
「ははは、これこれはご丁寧に。私はリチャード・クヴァリル侯爵だ。ようこそ来てくれた。こちらへ掛けてくれたまえ」
「久しぶりね、アルスくん」
「失礼します」
ちょいとお二方、態度がデカくないか?
娘を貰いに来た婿の姿はわかるんだが、ここは俺の城の客室で、そしてこれは俺の城の椅子だ。
目の前にいるのがセレネの父親のリチャード。
セレネと同じ金髪でオールバック。
年齢は四十前後だろうか、目は青い。
座っているからわからないが背も高そうではある。
武人系の貴族なのだろうか。
服の上からでもしっかりとした筋肉がついているのがわかる。
厳つい表情をしている。
それを抜きにしても偉そうな感じだ。
「それで?要件を聞こうか」
「はい、娘さんとの事なのですが、私との結婚を認めて頂きたいと思いまして伺いました」
「娘と言うのはセレネの事か?ならん。魔族の王か何かはしらんが私が認めた者でない限り娘を渡すわけにはいかん」
「どうすれば認めていただけるのでしょうか?」
「真剣に娘を愛しているという誠意を見せてくれ」
「誠意、ですか?」
なんかそんなドラマあったな。
「そうだ。君が考える最大限の誠意だ」
「充分過ぎる程の誠意をお見せしているつもりですが、それでも足りないと?」
「君は何を言っているのだね」
お前の方が何を言っているんだ。
「結婚とは家だ。家族や家その物を含めてだ。魔族との結婚に反対をしている訳ではない。魔族とはいえ王をしているのであろう」
「対価と仰るのでしたら私の用意できるものでしたらご用意させて頂きます」
「そんなのは当たり前だ。それ以上に何が出来るときいているんだ」
何故にお前がキレる。
俺が用意するのは当たり前じゃないぞ。
なんでテメーにくれてやらなければならんのだ。
こいつ頭は大丈夫か。
「なんでもできますが、何をすればよろしいのでしょうか」
「ふ、なんでも出来るか。簡単にそんなこと抜かすなよ、若造が!」
当たり前のことを言ったら鼻で笑いやがった。
「出来ることを出来ると言う何が悪いのでしょうか」
「一人では出来ぬ事が多々ある。それが世界だ」
「だから出来ると言っているのですが、軽く人族でも滅ぼしましょうか?一時間もかかりませんよ」
「ははは、君は冗談が上手い」
そうだな。本気でやれば半分の時間もかからんだろうな。
配下を連れ出したら五分あればやれる。
「若いときはそうだ、なんでも出来ると思ってしまう。だが歳を取るうちに、自分ではどうにもならないことの多さに気付かされる。その時なっても変わらずにセレネを愛せるのか」
歳を重ねる気はない。
その前に俺は殺されているだろう。
そのときに残されたセレネの気持ちか。
ぶっちゃげ考えないようにしていた事だな。
「正直、わかりません。短い間でも私が思っていた予定とは随分と変わってしまった事もあります。軽はずみに未来の話しはお約束出来ません」
「そこだよ。その約束が欲しいのだ」
「と言いますと」
「セレネを含め私達、皆の幸せを守る約束が欲しいのだ」
本当に何を言っているのだ、この人は?
「それならば最初から誓っているではないですか」
「ふん、そんなのは信用ならん」
「信用ですか、正直言って信用するもしないもクヴァリル侯爵の自由です。それにそんなに簡単に信用して貰えるとも思っていません」
「ふん、出来ぬではないか」
「だから自由だと、言ったのです」
「こんな見栄ばかり張って人間をコケにしたいのか」
「仰っている意味がわからないのですが」
「妻や娘をわけのわからん魔術で誑かし、薬入りの手土産まで持たせ妻を虜にし、こんな張りぼての豪華を気取った部屋を用意して、城だと?何処に城などある。どうせ魔術で作ったまやかしだろうが」
こいつ、スゲー。
うっかり忘れていたがこいつセレネの父親だったわ。
まじでイカれてるなあ、ヤベーよ。
「よし、わかった。俺も取り繕うのはやめよう。改めて魔王のアルス・ディルナルだ。城を案内してやる」
「貴様、本性をみせたな」
お前が先にな。
「マイアさんもよろしいのでしょうか?」
「ええ、勿論」
蚊帳の外になっていたマイアさんとセレネも連れて部屋を出る。
「なっ!」
俺は何も言わずに部屋を出て徒歩でエントランスホールへ向かう。
中ホールの扉を開け放ち中を確認させる。
鎧くんが守る城の入り口の扉も全開に開ける。
「じ、地面がない……」
俺は全員に魔術をかけると宙へと浮かせた。
強制的についてきてもらう。
ギャーギャー煩いが無視だ。
城から出て、少しだけ離れた所で止まり振り返らせる。
魔王城の外観だ。
まだまだ近すぎたな。両端が見えん。
「これが俺の城だ。何か問題があるのか?」
クヴァリル侯爵はギャーギャー言い過ぎたせいでハァーハァー言ってる。
返事に期待はしていないから、次へと向かう。
再び入り口からエントランスホールへと戻り階段を使って二階へ。
大ホールの扉を全開で開け放つ。
中には総勢一万以上の配下の姿。
全員跪いている。
「この城に住む一万の配下だ。少なくとも俺が死んでもこいつ等がお前達の事を命をかけて守る事を誓おう。信用ならんなら、こいつ等にも誓わせた方がいいか?」
なんか急におとなしくなったな。
かろうじて意識はあるようだが。
「よし、お前等。自分の持ち場へ戻れ」
一瞬にしてホールから魔族が消える。
あっミスった、転移させたら幻術だろ?とか喚きそうだ。
「……」
よし、静かだった。
あぶない、あぶない。
次だな。
まとめて地下三階のキッチンへ。
「ここは城のキッチンになる。ここで全ての食事を作っている。正真正銘安全な食材のみを使ってだ。貴様が言うような薬など使ってはいない。なんなら全て確認するか?」
全くリアクションすらしなくなったな。
死んだか?
「これでも信用出来ないと言うのなら無理強いはしない。きっちり家まで送ってやるから帰れ。そして二度と城にはくるな」
静かでいいのだが、マジでなんのリアクションもないのは困る。
「それでもこの城での生活をすると望むのなら、城でのルールを守ってもらう。ルールを破る者は誰であろうと一切許さん。それが俺の考える信用だ」
なんのリアクションもないな。
なんだか寂しいぞ。
「いつまでもここにいると作業の邪魔になるから移動するぞ」
俺は全員まとめて一階の部屋へと転移した。
「こんなことで信用に繋がるとは思っていない。信用とは時間をかけ少しずつ築いていくものだからな。ただ俺はいまの現状を嘘偽りなく見てもらっただけだ。さっきも言ったが後は自由だ。お前等の好きに決めろ」
はぁーー。疲れた。
マジでこいつらなんなんだ。
話しは聞かない、返事はしない。
人としてどうなんだ。
「アルス様、誠に勝手ながら城の財産のほんの一部ですが持って参りました」
金貨が樽一杯に詰まっている物を二つ持ってディアブロが転移してきた。
「だな。これが少なくとも百はあるからな。確かに一部だ。こんなもんの価値なんか知らんがこの程度はすぐにでも用意できる」
まじでリアクションが欲しいのだがなんも帰ってこん。
切ない。
「とりあえず今回はこれで帰れ。また後日、改めさせてもらう」
クヴァリル侯爵はともかくマイアさんも言葉を発さないし、何を考えているのかわからん。
「おい、ディアブロ」
「はっ」
「クヴァリル侯爵夫妻のお帰りだ。丁寧にお送りしろ」
「かしこまりました」
久々に、人に呆れた。
俺も人の事を言えたような生き方をいていないんだけどな。
「セレネ、戻るぞ」
俺はセレネを連れて玉座の間へと転移した。
「すまんなセレネ。あんな感じになってしまって」
「あ、いえ。私もなんかすみませんでした」
「セレネが謝ることではない。あれはセレネの両親の問題だ」
ぶっちゃげ二度と敷居を跨いで欲しくはないのだがな。
セレネのことを考えるとそうもいかんだろう。
あの二人とは少しずつ時間をかけて距離を縮めて行こう。
とはいえしばらくはご遠慮願いたい。
まじでどうでもいい一日だった。
ストレス溜まったなぁーー。
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