俺は人族の王都に来ている。
特に予定もないのでただプラプラしているだけだ。
文化を知るには食事から。
そう思って道沿いにある露店を覗いているのだがいまいち食べたい物がない。
前世だと露店は大好きだった。
漂う醤油の香り、焼けるソースの音、甘い砂糖の匂い。
焼きそば、たこ焼き、イカ焼き、焼きもろこし、アメリカンドッグ、フライドポテト、綿飴。
たいして美味くもないりんご飴。
あの食事テロに何度財布の中身を持っていかれたことか。
ここにはそれがない。
なんとも言えない匂いなのだ。
生臭いような焦げ臭いだけのような、例えようもないがそんな匂い。
これがこの街の匂いと言われたらそれまでだが全く心惹かれるものがない。
行くところもあてもないし、さっきの焼き鳥屋にでも戻ろうかと思ったら、不審な男がぶつかろうとしてきた。
体の動きと手の出し方、スリだな。
ぶつかる直前でスッと身を躱し相手の手を捻って地面に転がした。
「おいぶつかるところだったぞ。って大丈夫か?」
俺はすれ違いざまに相手が転けたように装って声をかけた。
「いきなりなにするんだ、テメェー」
「いきなりもなにもぶつかろうとしてきたのはそっちだろ?それに変な手の出し方もしてたからな。咄嗟に避けただけだ。何もしてない」
「なに抜かしてんだ」
起き上がった男は俺に殴りかかってきた。
こういう行動はテンプレなのだろうか?
とりあえず避けて足を引っ掛けてまたこかしてやった。
「テメェーやりやがったなあ!」
「何もしてない。お前がこけただけだろ」
「ふざけんなあー!」
本当にテンプレ男だ。
再び殴ってきたところを躱しざまに足を引っ掛けてこかす。
「なんだ。お前は地面を転がるのが趣味なのか?俺も暇じゃないからな、じぁーな」
「テメェ覚えてやがれよーー」
さすがテンプレ男。
決め台詞まで完璧だ。
にしても何か食べようとは思うのだが全くわからないことには選びようもない。
あっテンプレ男を捕まえておすすめの店でも聞けば良かった。
いや、テンプレ男だ。
美味い店は知らんだろうな。
というかいきなり狙われるとは、ここは修羅の国か。
とりあえずさっきの焼き鳥屋に行こう。
「お兄さん強いね」
なんか可愛らしい感じで声をかけられた。
少し背の低めなフードをかぶった女の子。
砂漠で着るようなマントを羽織っているが普通の人族ではないな。
「そうでもない。普通だ」
「普通じゃないよ。普通の人なら手を捻ったのも足を引っ掛けたのも見えないよー」
ほう、あれを目で追えたとはそれなりに実力もあるようだ。
「でお前は?」
「立ち話もなんだしなんか奢ってよ」
「新手のタカリか?」
「タカってないよ。レディと話すならお店に入るでしょ」
「悪いがどこにもレディはいないようだ。じゃあな」
「いるでしょ、いるでしょここに!」
自分で言うとは中々頭の痛い子だ。
どこかの|勇者《アホ》を彷彿とさせる。
こういうのは無視するに限る。
俺は無視して歩いた。
歩いたのだが、ついてくる。
「無視はダメでしょ、無視は!レディが声をかけたんだからお茶にぐらい誘いなさいよ」
なんか聞こえたが無言で歩く。
「無視はダメだって、相手して、話ししてよー」
何故に泣く。
あかん、これは女を捨てて行く男の図になっている気がする。
周囲の視線が痛い。
『なんだなんだ、カップルの喧嘩か?』
『男が女の子を捨てようとしてるわ』
『子供ができたから捨てるみたいよ』
『どうもアイツの隠し子らしいぞ』
『あいつ何又かましてんだ』
お前ら全部聞こえているからな。
一瞬街を燃やしてやろうかと思ったがさすがにそれはあかん。
この状況もあかん。
「どっか美味い店は知っているか?」
「えっ、連れて行ってくれんの?やったーー」
「うるさい。とっとと行くぞ」
俺は女の子が知っているという店に向かって歩いて行った。
『なんだ、仲直りか?』
『なによ、このあとの修羅場を期待してたのに』
『チッ、期待はずれだな』
まじでお前ら一回燃やしてやろうか。
歩くこと数分。
「ここです。ここがおすすめです」
なんとも女子ウケしそうなピンクの店に連れてこられた。
はぁー、確実に甘い物が出てくるんだろうな。
「ここか?入るぞ」
「いらっしゃいませーーー」
凄まじいテンションで迎えてくれたのはイカツい筋肉をしたフリフリの衣装を着た漢の娘であった。
勿論ぱっつぱつだ。
「店を間違えました」
ガシッ!
すかさず店を出ようとしたらガッツリ肩を掴まれた。
「お客様は二名様で宜しいでしょうか?」
「いや、店を間違えたようだ」
ミシミシミシ
俺の肩から凄まじい音が聞こえる。
「ここです。ここにきたかったんですよ!」
「いらっしゃいませ、お席にご案内いたしまーーす」
そのまま無理やり席へ案内された。
「俺はおすすめとコーヒーを頼む。おい、好きなものを頼んでいいぞ」
「じゃー私はここからここまで全部ください」
「はーい。少々お待ちくださーーい」
なんだ、俺の側に来る女は爆食女子しかいないのか?
「そんなに食べれるのか?」
「ここはずっと来たかった店なんですよ。折角来れたんだから全部食べたいじゃないですか?」
「食べたいのはわかるが残したら許さんぞ」
「この程度なら問題ありません」
ここにもバグった胃袋の持ち主がいるようだ。
チラッとメニューを見たら大銅貨の文字があった。
「大銅貨とはいくらなんだ?」
「えっここまで来て、お金もってないとか言わないでくださいよ」
「金は持ってる。銀貨だがな」
「だったら大丈夫ですよ」
ここでの貨幣を聞いた。
小銅貨、銅貨、大銅貨、純銅貨、銀貨、大銀貨、純銀貨、金貨、純金貨とあるらしい。
小銅貨は聞く限り日本円で一円。
各硬貨は十進法で変わる。わかりやすい。
となると純銀貨で百万だったのか。
そりゃ露店の買い物なんかで使えるわけがない。
下手したら銀貨でも嫌われそうだ。
そして俺は一千万両替したようだ。
確かにそんだけ持ってたらスリにも狙われるな。
貨幣価値がわかっただけでも収穫があったな。
ここでの飯はチップと考えよう。
「おまたせしましたーー」
でてきたのは巨大なパンケーキだった。
直径四十センチ厚さ三センチの三段重ね。
これでもかってぐらいの生クリームが二十センチ、そこに薄切りのフルーツが盛られている。
更に横にはメープルシロップのようなものが添えられている。
足りなかったらどうぞって絶対にいらん。
こんなん食えんよ。
「無理そうだったら私食べますから言ってくださいね」
たぶんお願いすることになりそうだ。
結果、不味くて直ぐにお願いすることになった。
冷蔵庫的な物がないのかフルーツも生クリームもヌルい。
パンケーキはふわふわだが甘いだけで小麦の味も卵の味もしない。
ただ甘いだけの暴力的な食べ物だった。
三口でギブした。
唯一の救いはコーヒーが美味かったこと。
飲める、という意味でだが。
そして見慣れた光景ではあるがフードファイターがいた。
積み重なる皿の山。
何がすごいってあの暴力的な甘さの食べ物をおかわりできるということだ。
「よくそんな食えるな」
(よくそんなにクソ不味い物が食えるな)
「甘いものならいくらでも食べれます。特にここの食べ物は今まで食べてきた物の中で一番美味しいです」
味覚の不一致だ。
こいつとはここで別れよう。
というかここが一番美味いって、食事に対する冒涜だろ。
今まで何を食ってきたのだろう。
「で、そろそろいいか?お前は誰なんだ?」
「もう少し待ってください。もう少しでお腹いっぱいになれるかもしれないんです」
デジャヴュか?
「好きにしろ。俺はもう行くぞ」
「男ならレディの食事ぐらい待ちなさいよ」
つくづく似たようなことを言う女だ。
たぶん、たぶんだがこいつはアホだ。
かかわらないほうがいいだろう。
「なんかめちゃめちゃ失礼なこと考えてませんか?」
「気のせいだろ」
って食べるのに夢中。
はぁー、金だけ置いて帰ろうかなあ。
「私の名前はティターニア、エルフ国の女王よ」
女はエルフの女王だと名乗った。
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