ある村のあるゴブリンは他と違っていた。
村の屈強な戦士たちがさらってきた女、子供をほかの男たちが恍惚な表情で眺めているときも、そのゴブリンは何も感じなかった。
むしろなぜほかのゴブリンはそんな感情が湧いてくるのか不思議であった。
でも、そんな自分が異質であることはわかっていた。
だから、親にも誰にも言わなかったし、村が冒険者に襲われ自分だけが生き残った時も、もちろん悲しい気持ちはあったが、それと同時に少しほっとしたのだった。
よ!僕はしがないはぐれゴブリン!今は村が焼かれてはぐれゴブリンになったところだ。
僕はどうやらほかのゴブリンとは少しちがうらしい。
ほかのゴブリンはどうやら人間の女を道具としか見てなかったけど、僕は違う。
人間のことを好きになれる気がするんだよね。
こんなに自分のことをしゃべっているけども、実は今ピンチなんだよね。
だって住む家もなければ、食べ物もないんだもん。
まあ、食べ物は最悪木の実とかを食べれば何とかなるんだけどさ。
「おい!静かにしろ!はぐれゴブリンだ」
あ、衣食住なんかよりよっぽどまずいことになったね。
そう、僕のようなはぐれゴブリンは初心者冒険者の練習にぴったりで、まあ出会ったら確実に殺されるってわけ。
「一気に行くぞ!3,2,1,Go!」
もちろん必死に走った。
だって死にたくないもん。
装備を見た感じザ・初心者って感じだけど、案の定初心者みたいだね。
だって、僕と走る速さ変わらないから。
でも、気を抜いたらグサッ!
殺されちゃうから死ぬ気で逃げるよ
「よっしゃ!弓矢が当たったぞ!」
痛っ!頭がくらくらする。
幸いあたったのは肩だったから走るのに問題はない。
こんな痛み感じたことないけど、そんなことお構いなしに走った。
気が付いたら森の木にもたれかかっていた。
無心で走ったためか、はたまた痛みで記憶が飛んだのか。
どうやら僕は生きて、逃げ延びたらしい。
でも、もうすぐ僕、死ぬよな。
体も異常に寒いし、何よりここがどこかわからない。
「最後に人間の友達欲しかったな。」
そうつぶやいて僕は目を閉じた。
いい人生とは言えなかったけど、大往生でもないけど、僕ゴブリンだしね。
来世は人間の女の子に普通に恋愛して、普通に結婚して、普通に暖かい家庭を作って、みんなに笑顔で送ってもらえるような人生がいいな。
「あれ?こんなところにゴブリンが…?森の相当奥地なんだけどな。」
その女性はゴブリンの肩のあたりに目を落とした。
和やかなその表情からは考えられないほどの血。
もう死期を悟り、これまでの人生、いや、ゴブリン生に満足したようだった。
きっと、冒険者に襲われたんだろうな。
体を触ってみる。
まだ、暖かいというか微かではあるが脈も感じられる。
本当についさっき、記憶が落ちたのだろう。
症状は出血多量と体温低下?
まあゴブリンなのだから人間とは体のつくりも違うし、そもそも魔物だし。
でも、なんとなくではあるが、無害な気がする。
いったん家に連れて帰ろうかな。
暴れだしても私が殺せばいいだけだし。
その女性はゴブリンを担ぎ、森の奥にある自分の小屋にまで運んだ。
一方そのころゴブリンは、三途の川を渡ろうとしていた。
「あら、遅かったわね。」
そういいながら、お母さんとお父さんが向こう岸から手を振っている。
「でも、こっちに来てはだめだよ。あなたにはまだしたいことがあるでしょ」
「でももう僕はここに来ちゃったし…ってあれ?なんで僕の秘密を知ってるの?言ったことないはずだよ。」
「ふふっ、表立って応援はできなかったけれども知っていたわよ。冥土のお土産にこれもっていきなさい」
どういうとお母さんは、手から光の玉を出し、それがゴブリンの胸の中に入っていく。
「これは?」
「戻ればわかるわよ、早く行きなさい!」
そういうと、ゴブリンは光に包まれ、空に昇って行った。
「頑張ってね、その道は辛いわよ」
目が覚めると、そこは知らない天井だった。
ログハウスのような完全木造住宅、鼻からはやんわりとおいしそうなスープのにおいがする。
肩には丁寧に包帯がまかれ、体中についていた緑色の血もきれいになっていた。
トットットッと足音が聞こえる。
ドアが開かれ、そこにいたのはきれいな人間の女性であった。
あれ、僕はゴブリン…
「あら、おはよう、調子はどう?」
ゴブリンは目を疑った。
人間の話す言葉が理解できるのである。
考えられるのは、お母さんからもらった光の玉。
そういえばうまくはできないが、しゃべれる気がする。
「だい、じょうぶ、ありが、とう」
「あら、人間の言葉がしゃべれるゴブリンだなんて珍しいわね。助けてよかったわ。」
そういいながら女性は一度下に戻った後、スープを持って戻ってきた。
「食べられるかしら…って食べられそうにないわね」
そう言い、木のスプーンにスープを掬って、ふーふーした後に食べさせてくれた。
もうその時にはゴブリンはされるがまま、夢にも見た人間が僕のことを介抱してくれている。
そんなことされたのなら、ゴブリンは恋に落ちる以外、他はなかった。
か、かわいい、、、それ以外何も考えるほかなかった。
そんなことを思っていると、もうスープを食べ終わっていたらしい。
「あり、がとう」
やっとの思いを振り絞って言えた言葉はこれだけだった。
「どういたしまして、ゴブリンさん」
絶対に、絶対にこの言葉の最後にハートがついていた。
そう錯覚しつつ、ふたたび眠気に身を任した。
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