全力さんと海

ー大祖国戦争前夜ー
伊集院アケミ
伊集院アケミ

プロローグ「ユキの夢」

公開日時: 2021年1月25日(月) 20:58
更新日時: 2021年3月29日(月) 10:10
文字数:858

 この作品は単体でもお楽しみいただけますが、『ちくねこだん2045』及び『続・不思議の街のヴァルダさん』をお読みいただけますと、より深く楽しむことが出来ます。面白かったら、各話ごとに星が入れられますので、評価して頂けると嬉しいです。

 月が出てからしばらく経ったが、全力さんは眠り続けていた。


 夢の中で、全力さんは黄色く輝く砂浜にいた。夜明け前の薄暗い浜に、まだ猫だった頃の全力さんが下りてくる。その後ろに、全力さんそっくりの三毛猫が更に続いた。全力さんは、舳先に顎を乗せてそれを見ていた。船は晩の陸風の中で停泊して、全力さんは幸せな気分で、三毛猫たちがわんさか現れるのを笑いながら見ていた。


「あれは、全力さん爆弾よ」


 

 ヴァルダを少し優しくしたような顔の、不思議な制服を着た少女がいつの間にか傍に立っていて、全力さんにそう言った。


「全力さん爆弾?」

「そう。全力さん爆弾。星条旗を見ると突っ込んでいってね。自爆するの」

「なして、そげなモノ作ったん?」

「日本はこれから戦争になるから。ヴァルダもひーちゃんも、剣乃も土佐波も徒呂月も、皆その戦争に巻き込まれるわ」


 徒呂月というのは知らなかったが、後は皆、全力さんがこの村に飛ばされる前の友だちだった。全力さんが、まだデブの三毛猫だった頃の。


「戦争は嫌やなあ……。戦争になったら、ご飯が食べられなくなるんやろ?」

「大丈夫。全力さん爆弾がこの国を守るの。アナタは英雄として皆に称えられるようになるのよ」

 

 英雄とかそういうのはどうでもいいから、もう一度猫に戻って、皆の待つ『死者の書のしもべ』に帰りたいと全力さんは思った。


「もう一度、お腹いっぱいご飯が食べたいなあ。人間はもうこりごりや。生きとるだけでも一苦労やからな」

「そう?」

「うん。鳥よりちいとマシなだけや。ヴァルダにこき使われても、猫の方がええ。ひーちゃんは優しいしな」

「アケミの事はいいの?」

「アケミは大丈夫や。もう一人で何でもやれる。わしみたいなオワコンが傍におったら、却ってよくない」


 全力さんがそういうと、制服を着た少女は微かに微笑んでいった。



「大丈夫、帰れるわ」

「ホンマに?」

「帰ってくれないと、私も困るの。だからあの魚を打ち倒しなさい」

「魚ってなんやっけ?」

「その時になれば、きっと思い出すわ。私の名前はユキ。元の世界に戻れたら、きっとまた会いましょう」


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