君に会いたい。だから僕は、行くよ。
ガチャリ、と扉を開ける。
白で包まれたその建物の中で、最も神聖な場所であるかのように錯覚してしまうくらい、その部屋は静かで……そして、厳かだった。
リウは無意識に息を吸い込んで、音を立てないようにそっと足を踏み出そうとする。
……だが、そこで気づいてしまった。
五年前から変わらなかったこの部屋に、大きな変化が起こっていたことに。
「……朝……ッ!?」
眠り続ける蒼の少年の傍らに、いつも寄り添っていた水色の少年。その彼が、この部屋にいない。
残されていたのは、部屋の主たる眠り続ける少年だけだった。
リウは思わず部屋を飛び出した。
きっと、この建物の中にいる。そう、信じて……――
+++
生憎の雨が、この街を襲った。オレは宿屋の窓から、降りしきる雨をぼんやりと見つめる。
雨の中、旅を続行するのは難しい。というか、折角タイミング良く街に着いていたのだから、今日は休もう。
そう言ったソレイユ先輩は深雪先輩を連れて、この雨の中どこかへ行ってしまった。情報収集、とか言っていたような気もする。
ナヅキとリブラの女の子組とフィリは、街を探索すると言って雨も気にせず先ほど出て行ってしまった。
残されたオレとソカルは、何をするでもなく、ただ宿屋の一室に引きこもっていた。
「あー……暇だ」
「……やっぱり、女の子組について行けば良かったんじゃないの?」
思わず呟いた言葉に、ソカルが呆れたような視線を向ける。
「……いや、あれは確実に荷物持ちにされる」
昔、幼なじみである藍璃の買い物に付き合わされた際、あれもこれもと買い続ける彼女の荷物持ちにされたことを思い出して、オレは微妙な顔をしてしまった。
今頃フィリもそんな目に合っているのだろう……ご愁傷様だ。
「何か……妙に説得力があるね……」
「まあな……」
藍璃は今、何をしているのだろうか。
オレやソカルのことを探しているのだろうか。
(帰れたとしても怒られそうだな、すごく)
しとしとと降り続ける雨に、オレはいつの間にか眠りに落ちていた。
+++
――今はもう、私以外覚えていない彼のキオク。
雨の中、私は濡れるのも構わずにその場所へ駆け付けた。
白。一面白で覆われたその場所に同じく白に包まれた彼が、横たわっていた。
虚ろな瞳は私を捉えてはくれず、ただただ天井を見つめていた。
私は彼の名を呼んだ。泣きそうな声だったと、覚えている。
だけど彼は私に見向きもせずに、ぼんやりとしたままだった。
『……みんな、しぬんだ……みんな……』
ぽつり、と彼が呟く。
その言葉には一切感情はなく、私は悲しくて、白に包まれた彼の手を握り締めた。
『私は貴方に何もしてあげられない。
私はこんなにも……無力だ。ごめんね、××……――』
私の嗚咽と雨音だけが、その部屋に降り注いだ。
+++
「朝くんが、消えた……?」
ソレイユと深雪は、街の外れに来ていた。
目の前にいる茶髪の彼……レンから、話があると呼び出されたからだ。
「っどういうことだよ、レン!!」
「オレだって知るか! ……ったく、リウの予言にはこんなことなかったってーのに……どうなってんだ……?」
ソレイユの訴えに頭を抱えるレン。
その様子を見ながら、深雪は消えたという友人について考える。
「……《あの子》の傍から頑なに離れようとしなかった朝くんを突き動かす程の何かがあった……?」
呟いたそれは、他の二人も聞こえたようで、彼らは首を傾げる。
「朝を動かす存在なんて、《あいつ》しかいねー……おい、まさか」
「え、なんだよレン、深雪まで……」
きょろきょろと自分とレンを見比べるソレイユにもわかるように、深雪は言葉を紡ぐ。
「……まさか、だとは思いますが……。
朝くんを動かす程の存在……つまり《彼》は今、どこにいると……イビアさんたちは仰ってました?」
「あっ……えっ!?」
理解したらしいソレイユが驚いたような声を上げる。
「まあそういうことだ。
……知ってると思うが、朝の奴は《あいつ》絡みになると思考回路が極端になるからな……。
用心しといてくれ」
「勿論ですヨ。……ヒアくんは、殺させはしません。
【神】に対抗する為の切り札ですから」
そう言った深雪に、ソレイユもしっかりと頷く。
雨はまだ、降り続いていた。
+++
……意識が浮上する。何だか夢を見ていたような気もするが……忘れてしまった。
隣のベッドを見ると、ソカルがどこから持ってきたのか分厚い本を黙々と読んでいた。
(……こうして見ると、こいつ本当人間っぽいな……)
しばらくその様子を観察していると、不意に彼が本から顔を上げてこちらを見た。
「あ、おはよ、ヒア」
「おー」
降り続く雨音を聞きながら、挨拶を交わす。ナヅキたちはまだ帰ってきていないようだ。
無言が続く。だけど気まずい感じではなくて、むしろ何だか安心するような、そんな雰囲気だった。
(ずっと、ずっと昔にも、こんな感じを味わったような……?)
「なあ……ソカル。もしオレが、前世の記憶を全部取り戻したら……お前はどうするんだ?」
「え……?」
当然口をついて出た言葉に、ソカルはきょとんとして首を傾げる。
「いや……そのまんまっていうか、だってお前、『オレ』の魂を取るためにあの場所にいたんだろ?」
紅に包まれたあの世界で、【死神】である彼が『オレ』の傍にいた理由なんて、それくらいしか考えられない。
記憶の断片を取り戻したあとに尋ねたときも、言い方に違いこそあれど彼は確かにそれを肯定したはずだ。
そう言うと、ソカルは驚いたような……それでいて困惑したような表情を浮かべた。
「え……いや、それは……」
「……まあ、その辺は記憶を取り戻したらわかるか。
で、オレが全部取り戻したらやっぱりお前はオレの魂も取るのか?」
何気なく、本当に何気なく聞いてみただけだった。
またオレの前に現れたこいつの目的は、そうなのではないのかと思ったから。
……だが、目の前の【死神】は、泣きそうな顔で叫んだ。
「……っそんなことするはずないッ!!
約束したんだ、『今度逢うときは、絶対に守るから』って!!
なのに……何でそんなこと言うの!? ヒアのバカっ!!」
その言葉に呆然としていると、ソカルはその勢いのまま部屋から出てしまった。
『オレ』……クラアトとソカルの間に、どれだけの出来事があって、どういう別れ方をして、そして今ここにいるのか。
オレは何一つ思い出せてなくて、だが無神経な言葉でパートナーを傷つけてしまったことだけは変えられない事実で。
謝らなくては、そう思ったオレは座ったままだったベッドから降りて、ソカルを追いかけるために部屋を後にしたのだった。
廊下に出てすぐ近くにあった階段の踊り場で、【死神】は膝を抱えてうずくまっていた。
静かに近づいて、オレは同じ目線になるようしゃがみこむ。
「……ソカル、えっと……ごめん。オレ、無神経だったよな」
昔からそうなんだ、それでよく藍璃を怒らせていたんだ。
そう言えば、ソカルは顔を上げて真っ直ぐにオレを見た。……泣いているかと思っていたが、その瞳には涙はなく、強い意志を抱えていた。
「……僕の方こそごめん。
その……ちょっと、昔のことはトラウマっていうか……あんまり詳しく言えないんだけど、その……」
「ああ、いや、うん。何となくわかるよ。
……ソカルはクラアトのことが大切だったんだよな」
笑いながら立ち上がると、ソカルがぽつりと呟く。
「……そうだけど……同じくらい、君のことだって大切なんだよ……?」
だけど狡いオレは、それを聞こえないふりをした。
(優しい人なんて、要らない)
(傷つけて、しまうから……――)
雨はもう、止んでいた。
Past.24 Fin.
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