閃光のバレット

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二.ドッグヤードにて

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公開日時: 2020年12月9日(水) 21:00
文字数:4,671

 ミツキを降ろした後、二人を乗せた車は中央道を抜けて港の方へ走った。


 都内では信号待ちの度に居並ぶ列の運転手や、道行く通行人の好奇心と言うにはあまりにもあからさまな野次馬根性丸出しの視線が痛かったが、それでも事故車が云々だとか不審車両がどうのだとか警察に通報されなかっただけマシなのかも知れない。


 外観上は走行しているのが不思議なくらいスクラップ寸前の有様になった愛車ヤツフサは、途中でギブアップを訴えることもなく無事に目的地まで到達した。


 閉鎖されて随分になる廃倉庫街の一角である。

重ねた年月だけではなく、昼夜絶え間なく吹きつけられる潮風によってすっかり寂れてしまった建物は、色褪せ今にも朽ち果てて倒壊してしまいそうな外観だった。

 脇に置かれたまま放置されているコンテナなどは、雨にも晒されているせいか苔など生えていて、もう何十年も前から時が止まっているようにずっとそのままだ。


 再開発される見込みなどまるでない、忘れ去られ捨てられた空白の土地。


 しかし、そんなところにある技術屋だからこそ『螺旋工房ねじこうぼう』は重宝されている。


 電話で予め連絡していたからだろう。

 ガレージの前で待ち構えていた技術屋は、こちらの姿を視界に捉えるなり当事者である閃光やロキよりも慌てふためいて、今にも泣き出しそうな顔で駆け寄って来た。


「レディー!! あぁ何てこったぃ、どうしてそんな無惨な姿に……!! 紛争地帯でドライブでもして来たんですかぃ、旦那……」


 ずたぼろに傷を負ったヤツフサの鼻先へ飛び出して来て、おいおいと泣き縋るのは赤茶けたボサボサの髪を襟足で適当に括った少年だった。

 年頃は十五、六と言ったところか。この螺旋工房の主フェイである。


 この年にして機械弄りをさせたら右に出る者はいない、と裏社会のあちこちから信頼の厚い腕の持ち主で、閃光もその点においては大いに同意するところではあったが、如何せん彼は前時代の遺物とも言うべき骨董機械アンティークを偏愛する重篤な変人でもあった。


 フェイにしてみれば、未だ自動運転化システムが欠片も組み込まれていないマニュアル車は、それこそ結婚したいくらいの垂涎ものなのだ。

 定期メンテナンス以外で持ち込む際は、毎回大体が似たり寄ったりの状態なのでこのやり取りも毎度のことである。


「空からオッさんが降って来たんだ。ゴリラ並みにゴツくて凶暴な」


「空から降って来るのは、可愛い女の子だけって相場が決まってまさぁ。何テキトーな嘘を言ってやがるんですかぃ」


 正直に事実を告げたのに、グイッとかけっぱなしのゴーグルを額まで押し上げたフェイの顔は、それを明らかに信じていない表情を浮かべていた。

 これだから大人は、と直接言葉にされなかった感情が胸に刺さる気がするのは、閃光が自分でも馬鹿げた現実だと思っているからに他ならない。


「全く……もっと丁重に扱って欲しいよなぁ? もう市場には出回らない幻の淑女だってのによぉ……」


「そのじゃじゃ馬を淑女なんて呼ぶのは、テメーだけだ。この骨董機械馬鹿」


 バンパーに頬擦りせんばかりにヤツフサを労るフェイへ呆れた眼差しを向けてから、閃光はポケットから煙草を取り出して一本をくわえた。火をつけて一つ紫煙を吐き出す。


「で? どのくらいかかりそうだ?」


「今は別に何も仕事入ってないから、一日……明日のお昼くらいまで時間下せぇ」


「今日中に仕上げてくれ。どんなに夜中でも構わねえ」


 無茶苦茶な注文ではあったが、フェイは肩を竦めて溜息をついた。


「…………解りやした。じゃあ、三割増の特急料金で」


「いつも悪いな」


 閃光がタイムスケジュールをごり押しするのも、また珍しくない話だ。

 仕事柄急を要する状態、一刻を争う事態と言うのが常であるから、フェイの方も何も言わない。


「それからこれを十ダース……別途用意してくれ」


 機械屋の前に置いたのは空薬莢。

 閃光が愛用する銃の弾丸のものだ。特殊仕様なのでどこでも手に入る訳ではない。

 しかしいつもの倍の注文に、呆れたような声が返って来た。


「マジ戦争でも行くみたいな装備ですねぃ」


「だったらバズーカくらいは担いで行かねえとな」


 しれっとそう返したこちらに、一瞬目を丸くしてから、フェイは面白がるような笑みを浮かべた。


「さすがバレットの旦那……そう来なくっちゃ」



* * *



 取り敢えずは修理が終わるまでの間、フェイの邪魔をしないためにも二人はドッグヤードの二階を借りることにした。


 廃倉庫を改造したこの建物は、一階部分がまるまる工房になっていて、二階にはフェイの居住スペースと客の待合室が併設されている。


 何度か通されたことのある客間へ足を踏み入れると、以前訪れた時よりも一際物が増えている気がした。彼が気紛れで作った玩具や何やらをこの部屋に放置しているせいだろう。

 片付いているのに雑然とした感が否めない。


 が、それらには一切目をくれず、閃光は部屋の中央に置かれた来客用ソファーに腰を下ろすと上着のポケットから小さな指輪を取り出した。


 先刻ミツキに渡したはずの『暁』である。

 無論彼女に渡した方は精巧に作られた偽物で、こちらが本物だ。

 経験の浅い彼女には絶対に見抜かれないだろうと踏んでそれをあっさりと渡したのだが、


「上司の方に怒られてないですかね……彼女」


 ロキは騙したことにいくらか罪悪感があるらしい。苦笑しながらそう問うて来る。

 閃光は置かれた灰皿にとん、と灰を落としてから鼻で笑った。


「だからこそだろ。俺たちみたいな奴の言葉を一も二もなく信じてたんじゃ、文保局の仕事なんざ務まりゃしねえさ。泣いて辞めちまうなら傷の浅手な早い方がいいし、何より今回は死ななかった」


「まあ、そうですけど」


 無造作に投げられた指輪を受け取って、ロキは小さく溜息をついた。


「それに彼らは『保管』は出来ても『処理』は出来ないですもんね」


「……えらく肩入れするな」


「そりゃまあ、直接やり取りした方は初めてですし……曲がりなりにも危機を一緒に越えちゃいましたからね。吊り橋効果って奴です」


「……よく言うぜ」


 冗談めかしてそう言うロキに、閃光は小さく溜息をついた。何にでもすぐ思い入れをしてしまうのは、この男のいいところでもあり欠点でもある。


 とは言え、やるべきことを疎かにする相方ではない。咳払いをして目を閉じ、意識を指輪に集中させる。再度その蒼い双眸を開いた時には、既にその憂いは振り払われていた。


 『暁』の核を成す〈魔晶石〉へと〈存在固定粒子〉の破調を合わせ、手繰り寄せたリンクへアクセスする。

 この過程は閃光には全く見えない。

 彼は〈魔晶石〉の力を引き出し行使することは出来ても、〈魔術式〉そのものを理解することは出来ても、ロキのように内部へ潜って検証・干渉することは出来ない。


それでもこちらがいつも踏む手順へ向けられた静かな眼差しには、絶大な信頼が乗せられていた。


「繋がりました。魔術式展開――ロジック・オープン。ダウンロードにより可視化します」


 その柔らかな声に促されるように、『暁』はロキの掌の上で微かに身動ぎすると、淡く蒼い光を放ちながらゆっくりと宙に浮かび始めた。


 そのまま自転を始めると、室内の薄闇のスクリーンに自身を形作る全ての〈魔術式〉を吐き出して行く。それは一見遠い異国の言葉のようでもあり、数式のようでもあり、図形のようでもあり、それら全てでないもののような不可思議な記述だった。


 ずらずらと流れて行くそれらに無関心な眼差しを注いでいた閃光は、〈魔術式〉の終わりが記されるや否やそこに鋭い光を宿した。

 小さく舌打ちがこぼれる。


「マジでか……最悪だ」


「どうしたんですか、閃光?」


 怪訝そうにロキが問うて来る。


「またハズレ、ですか?」


「それはいつものことだろ……膨大な砂漠の中から、一粒の米探すような真似してんだ。今さらそんなことで文句ねえよ」


 黒い革手袋に包まれたままの指先が、『暁』の吐き出した〈魔術式〉の最後を示す。


「式が続いてやがる」


「え…………?」


 つまりそれが意味するところは――この『暁』一つでは、何も成し得ないと言うことだ。


 通常、〈魔術式〉一つにつき、起こせる〈魔法術〉は一つと決まっている。

 一つの〈魔法術〉が作用することで別の〈魔法術〉を発動させる変則的なものがない訳ではないが、それでも一つ一つの式は完結しているものだ。


 複雑になるほど、高等になるほど自ずと長くなる〈魔術式〉をいくつかに分散させ、合わせることで〈魔法術〉を発動させる手法はそれほど珍しい訳ではない。


 寧ろ彼の伯爵家がこの指輪を代々婚約者に渡していたと言うのなら、その形式を取っていた方が自然とも言える。

 バラバラに散らばったそれを世界中から探さねばならない身としては、甚だ有り難迷惑な話であったが。


「成程……つまり、僕たちを襲撃して来たあの謎の集団は、それを知っていて集めている人である可能性が高い、と」


「俺たちに鼻先でかっ浚われてなければ、蜂須代議士のとこに押し込んでたんだろうな」


 あの問答無用な様子を見れば、図らずも人命救助に一役買ったと言っていいのかも知れない。

 あまり誇れるような内容でないのが何とも言えないが。


「つまり、こいつに仕込まれた〈魔法術〉の全容を見るためには、あのおっかねえ奴らから対になっているはずの指輪を奪い取らなきゃならねえってことだ」


 そしてそれは恐らく向こうも同じことを考えていると言う証明に他ならない。


 ましてや、指輪の〈魔法術〉さえ分解出来ればいい、指輪そのものが必要な訳ではないこちらとは違い、彼らは指輪を手に入れるための手段は問わないだろう。


「…………こりゃ、気は進まねえがスワロウテイルに頼むしかねえか」


 スワロウテイルは電脳空間に棲まう正体不明の情報屋である。

 世界中に広がる無数のネットワークの間を飛び交い、最速最多のネタを持っている、と言う点に関しては信頼の置ける相手だ。

 ただし何度か世話になったことはあるが、人間性において彼だか彼女だかに関する信用は皆無と言って良かった。


 が、今は何より遅れを取り戻すためにスピードが必要だったし、膨大な情報を集める人手も足りない。


「それと閃光、一つ気になったことがあるんですが……」


「何だ?」


「あの刀使いの男、左手の甲に妙な刺青があったんです。翼とも人の手とも取れるような変わった図柄で……もしかしたら、身元を割り出す手掛かりになるかも知れません」


「調べなきゃ良かった……って結果にしかならなさそうだけどな」


 溜息混じりの紫煙を吐き出して、閃光は短くなった煙草を灰皿にねじ込んだ。携帯端末を取り出し、番号を押してコールする。


「はいは~い、いつもご利用ありがとうございます。ご利用は計画的に、なんつって♪ こちら迅速正確かつ丁寧がモットーの情報屋、スワロウテイルであります」


「俺だ。今手は開いてるか」


 甲高い耳障りな声で喋りまくる相手の調子に、通話口を遠ざけて鼓膜の崩壊を凌いでから、閃光は変わらず低めのテンションで口を開いた。


 しかしスワロウテイルはその無愛想さを気にした様子もなく、その温度差のまま言葉を続ける。


「やあ、バレットの旦那。今日も景気は絶好調かい? 手? 開いてるよ、開いてるともさ。愛する旦那のためなら、他の仕事蹴ってでも暇を作るよ。だからちゅーしておくれ」


「うるせえよ、テメーが愛してんのは金だけだろうが」


 その手の冗談が嫌いな閃光はますます渋面になった。どうも会話の間合いが違い過ぎて調子が狂わされ、苦手意識だけが蓄積されるのだ。再度マシンガントークが繰り広げられる前に用件を告げた。


「『暁』って指輪についての詳しい情報が欲しい」



→続く

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