父が死んだらしい。
ある時からぱたりと帰ってこなくなった父の、突然の訃報に、へえ、そうなんだ、としか思わなかった。久々に見た父の死に顔は、記憶よりも若干老けていた。まあ、そりゃそうか。
ほぼ母子家庭として慎ましく生きていた私達に立派な葬式を挙げる余裕なんてある訳もない。お金があったとしても父のために葬式なんて挙げてやらないけど。墓があるだけ感謝してほしい。
父を焼いて、墓に埋めたあとで知った。奴が莫大な借金をこさえていたことを。分かっていたことが、父は予想を遥かに超えた屑だった。
死ぬなら死ぬほど働いてから死ね、と墓を掘り返してやりたかったが諦める。骨壷を掘り起こした所で、父が起きて来ることはない。そんな意味の無いことをしている暇なんてなかった。
それから、私達の生活は一変した。母は仕事を辞め、昔やっていたという夜職に復帰。他にも二つ、計三つの仕事を掛け持ちし、朝から深夜まで働き始めた。
いくら見た目が若くとも、休みなく働いていたら体が持たない。私も高校を中退して働くと母に提案したら、「ありがとう、あず。でも、高校はちゃんと卒業しなさい」なんて言われてしまったから、通いながらアルバイトをすることにした。
通信制の高校に転校することも視野に入れつつ、アルバイトを探していたある日。
「バイト探してるの?」
バス停で待ち時間にバイト雑誌を捲っていると、突然声を掛けられた。ふと顔を上げると、明るい茶髪に似合わぬスーツを着た男が、にこにこしながら立っていた。
ナンパか? と怪しんでいると、男はスーツの内ポケットから名刺入れを取りだし、中から引き抜いた一枚を差し出してくる。
『株式会社 なんでも屋
取締役代表 |露崎 立夏
───────
住所:神奈川県川崎市× × × × × ×2-1-9
TEL:050-×××-××××』
なんかややこしい名前だな。けど、それよりも気になるのが。
「なんでも屋?」
なんて安直で、とてつもなく臭う会社名を付けたのだろう。ネーミングセンスが酷すぎる。っていうか、取締役代表? この、如何にも軟派な男が?
訝しみながら露崎 立夏という男を見ると、相変わらずヘラヘラと、締まりのない笑みを浮かべて言った。
「良かったらキミ、うちで働かない?」
「は?」
「時間は、学校が終わってから8時くらいまでと土日。あ、休みたい日があったらいつでも休んでいいよ。たまに遅くまでお願いするかもしれないけど、ちゃんと手当は出すから。時給は……、そうだな────二千円位でどう?」
「に、にせん……!?」
女子高生のアルバイトになんて高時給。いったい、どんな仕事をさせるつもりなのか。仕事を選んでなんかいられないくらい家計が逼迫しているのは確かだが、それでもせめて貞操は守りたい。
「やることは簡単。依頼者を担当に引き継ぐまでの接客と、簡単な事務処理。勿論、一からちゃんと教えるから安心してね」
「そ、それで二千円……?」
「うん。どう? めっちゃいいと思うんだけど」
唾を飲み込むと、ごくりと喉が鳴った。正直、なんでも屋なんて怪しすぎるし、胡散臭いことこの上ない。
が、女子高生のアルバイトに二千円も出してくれるところなんて、他にあるだろうか。先程も言ったが、今はとにかく、喉から手が出るほどお金が欲しいのだ。
「ちなみに、今キミのお家が抱えている借金、全部俺が立て替えてあげるよ。勿論、無利子で」
「よろしくお願いします!」
かくして、少し……いやだいぶ怪しいが、兎にも角にもアルバイト先が決定したのである。
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