その後、休憩を挟みつつもお仕事諸々を教えてもらっていると、なんやかんやで二十時前になっていた。立夏くんはこの後予定があるからと、カオルさんが家まで送ってくれることになったのだけど。
「わざわざすみません」
さっきから何回も繰り返している謝罪を再び口にすると、カオルさんはハンドルから放した手を振った。
「気にすんなって言ってんだろ。あいつも俺も好きでやってんだ。バス代浮いてラッキー、ぐらいに思っていればいいんだよ」
「いやでも、交通費も頂いてますし、」
「んじゃ、イイ男に送って貰えてラッキーとか適当に思っとけ」
「……はい」
「いやそこは何かツッコめよ」
少し間を空けて肯定した私に、カオルさんが早口でツッコミを入れる。なるほど、今のはツッコむところだったのか。いやだって、世間一般からみれば間違いなくイケメンの類だし、妙に納得してしまった。実際、彼が運転する車の助手席に乗りたいと思う女性は沢山いるだろうし。あと、これは偏見かもしれないが、こういう冗談とか言いそうに見えない。
「あと、その“カオルさん”ってのやめろ。女みたいで嫌なんだよ、その呼び方」
あ、気にしてるんだ。
「えっと……カオルくん?」
さっきもこんなやり取りしたな、と思いながら呼び方を変えると、カオルくんは前を向いたまま満足そうに唇の端を持ち上げた。
「お兄ちゃんでもいいぜ」
「……」
立夏くんといい、カオルくんといい、どうしてそんなにお兄ちゃんって呼ばせたがるんだろう。性癖?
「……カオルくんは、此処に入って長いんですか?」
「あー、まあ、そうだな。高校ん時に立夏に会って、そっからだから……五年? 六年になんのか?」
つまり、カオルくんは今大学生か社会人かのどちらかなわけだ。
そういえば、立夏くんって何歳なんだろう。カオルくんとそう歳が離れているようにも見えないけれど、父のように童顔で年増という可能性もある。私は後者だと思う。
「……よく、こんな胡散臭い会社でそんなに長くやっていられますね」
「あ、アズもやっぱそう思う? あのネーミングはねえよな。なんでも屋って。まあ実際その通りなんだけど」
「どんな依頼が来るんですか?」
「それこそなんでも。捜し物とか、修理とか、ばーちゃんの話し相手とか、介護とか。町内運動会の司会者とかもやったな」
……本当になんでもやるんだ。町内運動会の司会者って、町内会の人で賄えるのでは? 何故わざわ外注?
「お陰で資格が増える増える。あそこが潰れても俺、何処でもやっていける気がする」
「なら、なんで続けてるんですか?」
「だって、他にあんな楽な職場あるか?」
「……」
「時給二千二百円、各種手当も出て、資格免許取得ん時の費用全部あいつ持ち、まあ危険な仕事もなくはねえけど、以来がなければ一日寝てても文句言われねえし。ちゃんと大学も行けて、あと俺家がねえから仮眠室に住み着いてんだけど、家賃とか取られねえし」
「……」
「他にこんな職場あるか?」
「ないですね」
至極真面目な顔で言われ、こちらも思わず真顔で返す。
そう、なんてったって破格の好条件。私だって、それに釣られてここでのバイトを始めたのだ。仕事内容は、今日数時間説明を受けた限りでは、そんなに難しいわけでも大変なわけでもなく。まあカオルくんはちょっと違うみたいだけど。
「やっぱり、危ない仕事とかもあるんですか?」
訊ねると、彼はちらりとこちらを見て、にやっと笑った。
「ひみつ」
それは暗に、危ないこともしている、と言っているようなものじゃないのか。まあ、私に教えるつもりはないんだろう。今は未だなのか、これからもなのかは分からないけど。
ウィンカーを出したあと、ハンドルを切る。だんだん見慣れた景色へと移っていく窓の外を眺めながら、思った。あれ、そういえば家の場所教えたっけ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!