さて、ここはいったいどこだろうか。
周りを見回しても木と草しか視界に入ってこない。
空を見上げるとなぜか青空。太陽も燦燦と輝いている。
確か、家への帰り道だったはずだ。
深夜まで仕事をしたその帰り。終電に乗り、ふらふらになりながら家への道を歩いていたところまでは記憶している。
そこからめまいに襲われ、倒れそうになり…… 気づいたらここだった。
家は都会のど真ん中だ。近くに森なんてなかったし、そもそも夜だったはずだ。
日が昇るまで半日以上倒れていたと考えても、なぜこんな森の中にいるのかは全く意味不明であった。
ひとまず荷物を確認する。
ノートパソコンの入ったカバン、よし。
財布も携帯もなくしていない。中身も特に何か抜かれた様子はなさそうだ。
どうしようかと悩むが、ここで途方に暮れていてもしょうがない。
幸い森の中には、獣道が一本だけ走っている。
ひとまずこの道を伝って移動することにしよう。
足をくじかないように慎重に、一歩ずつ、森の中に歩を進めていく。
そうして森を歩いているとふと違和感を感じることがいくつもあった。
まず、生き物の気配がまるでしないのだ。
鳥の鳴き声、獣の声はまるでしない。
虫の声も一切聞こえない。
この暑い夏空の下ならセミの声ぐらい聞こえてもいいと思うのだが。
全く静かな森。すさまじく不気味である。
次に森の向こうに何も見えないのだ。
記憶の限りでは、森に来る前の場所は東京のど真ん中だ。
高い建物が見えて当然だし、また、遠目に山が見えたりするはずなのだが、本当に何も見えない。
木々の隙間から見えるのは、ただただ青い空だった。
不思議な森の中を獣道に沿って歩いていく。
土が踏み固められただけの道だが、案外歩きやすい。木の根が張り出ていたり、草が生えていたりしないので、平らなのだ。
もしかしたら人がいるのかもしれないな、と思いながらまっすぐまっすぐ歩いていく。
そうして少し歩くと、森が急に開けた。どうやら出口らしい。
そうしてたどり着いた場所は…… 古びた和風の木造建築だった。
今時あまり見ない藁ぶきの家だ。
周りを見ると、井戸があり、そして畑があった。
綺麗に野菜が植わっている。ネギに、キャベツか白菜かわからない葉物野菜。
季節感がなさすぎるが…… ここから見てもつやつやしており、きれいに手入れされているようだ。
人がいるのだろう。
家の方も障子などが破れていたりしておらず、手入れされた建物であった。
「ごめんください~」
建物に近づき、玄関らしき場所の前に立ち声をかける。
全く持って何が起きているかわからないので、ひとまず情報が欲しい。
そうして声をかけると……
「あらあら、もう来てしまいましたか。すいません。ちょっとだけ手を離せなくて」
そうして出てきたのは和服を着た少女だった。
黒いサラサラの髪に、大きな目をしたとんでもない美少女である。
ほんわりした落ち着く笑顔を浮かべていて、どことなくこの世のものではない浮世離れした雰囲気をまとっていた。
「お邪魔します。迷子になってしまいまして、少しお話を聞かせていただければ」
ただ、彼女の言い回しにはなんとなく変な感じがした。
「もう来てしまった」とはどういう意味だろうか。まるで自分がここに来るのが予定されていた様だ。
ただなんにしろ彼女から話を聞かなければどうしようもない。
違和感を無視して、こちらが聞きたいことを率直に切り出す。
「そんな遠慮しなくてもいいんですよ、ユウキさん。これからはあなたもここで暮らすんですから」
彼女はこちらの警戒する様子も意に掛けず、そんなことを言うのであった。
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