「なぜ、私の名前を知っているのでしょうか?」
不気味な感覚にとらわれる。
身分証を見たのか? とも思ったが、財布の中身は既に確認している。特に何か失くしたりはしていなかった。
確認した後戻して自分をあそこに捨てていた、とも少々考えにくい。
もともと知っていた?
いや、こんな美少女、見たことあったらまず忘れないはずだ。
彼女の幼い外見からいって、成長して見た目が変わったとも思いにくい。
不気味。そう不気味なのだ。
場所も不気味だ。
森では動物の気配がまるでしなかった。鳥も、獣も、あまつさえ虫の気配さえまるでしない。
植物はこんなに青々と茂っているのに、生き物の気配がしないのだ。
この家もおかしい。
そもそも外部への道が見当たらない。
ここにたどり着いた獣道以外の道があたりに見当たらなかった。
あの獣道だって、自分が倒れていたところで行き止まりの一本道だ。
そして、自分の名前をなぜか知る少女。
何かの怪談に巻き込まれてしまったかのような不気味さにあふれていた。
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。ひとまず上がってお茶でも飲みませんか?」
「……いただきます」
彼女の言うことを信用できるわけではない。しかし、害するつもりがあるとは思わなかった。
そもそも害するなら、ここに連れてこられた時点で何らかの方法があったと思われる。
まあおおよそはなんとなくの勘だが…… このまま森で彷徨うのも勘弁してほしいのもあり、お言葉に甘えて家に上がることにした。
家の中は風が抜けて涼しかった。
畳の部屋に通された私は、荷物を置いてそのままちゃぶ台の前の座布団に正座する。
少女は私の正面に座った。
「自己紹介からしましょう。私は結(むすび)。ここの主です」
「私は神成悠希(かみじょう ゆうき)です。で、なぜあなたは私の名前を知っていたのですか?」
「それは私がここの主だからです」
凄い電波な回答が返ってきた。ヌシだからわかる、とはどういうことなのだろうか。
彼女がとんでもない中二病で、かっこつけてそう言っているならそれはいいが、いやな予感しかしない。
すなわち、彼女が超常的な何かだ、という可能性だ。
ひとまず質問をしてみよう。それが正直に答えられるかわからないが。
「ここ、とはどこをさすのでしょう? そしてヌシ、とは何でしょうか?」
「ああ、すいません、わかりにくかったですかね。なんせ人と直接話すのはかれこれ3000年ぐらいぶりなもので。ここ、とは、この屋敷がある世界全部です。といってもそう広いわけではなくて、この屋敷と、庭と田畑と、あと森ぐらいですね。で、主とは、説明が難しいですね…… この世界を自由にできる存在ということです」
「だからこんなこともできますよ」と結さんが手を振ると、ちゃぶ台の上に急須と湯飲みが現れた。そのまま急須を湯飲みに注ぐと、熱々のお茶が出てくる。片方を私の前に差し出してくれた。
手品だろうか。それともやはり、超常的な存在なのだろうか。
「ここの世界に正式な名前はないのですが、狐の隠れ里とか、そういった感じの場所です。普通の場所とは物理的にはつながっていなくて、かなりずれてしまっている場所ですね。あえて名前を付けるなら、そう、『むすびちゃんのおうち』でしょうか?」
ずいぶんかわいらしい名前の隠れ里だった。
で、彼女はこの小さな世界の主だということだ。
「で、その力のおかげで私の名前もわかっていたと?」
「そんなところですね」
「どうして私がここに来たのでしょうか?」
「ペットが欲しかったからです」
人をペット扱いとか、相当やばいのではないだろうか。
若干青ざめる自分を自覚するが、結さんは私の様子を気にせずに話を進める。
「今までいろいろ飼ってきたんです。犬とか猫とか、象とかも飼ったことありますね。ネズミとかもありますが、あれはあんまりかわいくなかったですね」
「……」
「で、この前飼っていた猫のしろすけが、39歳で死んでしまったので、次のペットを探していたらですね、ユウキさんがちょうど行き倒れていたので、拾ったのです」
どうやら倒れていて拾われたらしい。彼女が超常的な何かか、ただの妄想たくましい女の子なのかはわからないが、そろそろお暇したい。お茶には怖くて手を付けられなかった。
「なるほど、結さんは優しいのですね。ですが、私は仕事もありますし、そろそろお暇したいのですが……」
「ん~ 帰してあげたいのはやまやまなんですが、帰れないですよ?」
「……なぜ?」
なんだろう、すさまじく嫌な予感がする。
彼女が私を監禁しようとしているのだろうか。いや、そんな雰囲気はない。直観だが帰したくないわけではなく、帰すことができない、と彼女は考えているように思えた。
「だってユウキさん、一度亡くなってますから」
予想以上の事実だった。
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