「え、どういうことです?」
幽霊にでもなったかと思って思わず自分の足を触ってしまう。足がない、ということはないが……
「あれ?」
そこではじめて気づく違和感。
目線を下におろすと飛び込んできたのは、大きく膨らんだ胸部である。
正直邪魔で一切下が見えない。
触ってみると……
「んっ!?」
自分の胸のようだ。何かが詰まっているということもないし、痛くもないから腫れているということもないようである。
服は自分が来ていたスーツなのに、いやな予感しかしない。
「こっちに来てみてください」
結さんが手招きする横には大きな姿見があった。
そこに写る自分は……
「……なんですか、これは……」
おそらく青ざめていただろう。鏡に写っていたのは、座り込んでいる女性の姿だったのだから。
自分が中年に差し掛かっていて、子供にはおじさんと呼ばれる年齢だという自覚はある。
外見がかっこいいわけではない、中の下ぐらいの自覚もある。
まかり間違っても女性と間違うような外見ではないこともわかる。
なのに、鏡に映っていたのは女性である。
怖い、怖い、怖い。
いったい何が起こっているのか。
自分の頬を撫でる。二三日髭を剃っていないので、無精ひげが生えているはずなのに……
手に伝わる感覚は、つるつるの、滑らかな感覚であった。
髭なんてどこにもない。
立ち上がって鏡に近寄る。
鏡に写る女性のも、立ち上がり鏡に近づいてくる。
その表情は困惑と恐怖に染まっている。
とても美しい女性だ。顔立ちは整っていて、少し優しげなたれ眼をしている。
そう、自分と同じような目だ。
髪は長く豊かで、軽くうねっている。
多少癖がある自分と似たような髪質だ。
着ているのは男物のスーツだろうか。自分がいつも着ているくたびれたスーツと全く同じものであり、ネクタイの柄も同じだ。
乳房は非常に大きく、腰も豊かだ。スタイルがいいな、と思った。
一番の問題は……
その写っている女性が自分だということだ。
「えっと、どういうことでしょう」
声も普段より高いのにやっと気づく。
なんかのどの調子がおかしいと思っていたのだが、つまり、そういうことだったのだろう。
「まあ、ひとまず座ってください」
頭がぐらぐらする。寝不足もあって今すぐ寝てしまいたい。
しかし、怖くてそんなことはできない。
結さんの話を聞かないととても意識を落とせない。
ふらふらと元の座布団に崩れるように座ると、結さんが口を開いた。
「あなたは一度亡くなりました。原因はわかりません。過労による何かが原因なのでしょう」
そういわれると心当たりがないわけではない。明らかに過労状態だったし、ふらふらしていた自覚はある。
生活も不規則で、突然死してもおかしくないだろう。
「ここに来られる生き物は、いくつか制限があるのです。私が自分でつけただけですが。一つは、あなたのように亡くなった生き物です。けがや病気が重くなくて、寿命も十分ある、そんな亡くなり方をしたモノのみしか来れません。これは、こちらに来た時にその方を治さないといけないので、あまり損傷が大きいと治すのが大変だからですね」
「……別物になっている気がするのですが」
「人を呼んだのは初めてだったものでして……多分副作用だと思います。生き物としての健康さには問題ありません」
「……まあ、感謝するべきでしょうね。結さん、ありがとうございます」
死んだ人間だというのが本当ならば、感謝こそすれ恨む話ではない。ただ、情報が多すぎていまいち飲み込み切れていないのだろう。
命を助けてもらった相手に対してなのに、ひどくぶっきらぼうな言い方をしてしまったのにちょっと良心が痛む。
「いいのですよ、気まぐれですから。あとは、善良でやさしい方、という条件があります。ふふ、ユウキさんがやさしい人で良かったです」
「それは、ありがとうございます……」
どこから彼女は自分がやさしいと判断したかはわからなかったが、素直に褒められておく。
「最後に、現世に縁が薄い方ですね。ユウキさんは、あまり縁がなさそうでしたので」
「縁ですか」
両親はすでに他界、結婚相手も恋人もいない、親族もいないし、いるとすればせいぜい友達が3人ぐらいである。
確かに縁という意味では少ないだろう。
「ひとまずお疲れでしょう。昼餉まで時間がありますし、お部屋で休んでいていいですよ」
「……一つ聞かせていただいていいですか?」
「なんでしょう?」
「私に何をお求めですか?」
「んー、なにもないですねー」
「なにも?」
「一人でいるのが寂しいので、私が甘やかすのに付き合っていただければ」
「なるほど、わかりました」
「あ、でもいやならいやでいいですからね!」
「できる限りおつきあいしますよ」
ひとまず考えをまとめよう。
結さんがどういう存在だかもわからないが、機嫌を損ねるのは得策ではない。
下手すると生殺与奪を握っているのだから。
私がそんなことを考えていると知ってか知らずか、結さんはどことなくうれしそうに、私を部屋へと案内するのだった。
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