君の為に翔ける箱庭世界

――神々は彼らを役者に選んだ
かかみ かろ
かかみ かろ

第七十六話 世界樹の根本で

公開日時: 2022年5月4日(水) 14:41
文字数:2,172

 本祭が始まった。城下を歩く影はより一層複雑さを増し、やや甲高い旋律と共に楽し気な雰囲気が城まで届く。

 それを感じながら、二日間、翔たちはアルティカやローズの指導を受けるばかりの一日を過ごした。唯一アルティカに連れ出されたのが、二日目の夜だ。彼女に連れられた先で彼らは、多くの人々がこの時期にセフィロティアを訪れる理由を知る事となった。

 そして、本祭三日目の夜。


「随分深くまで降りるんですね」

「この城が作られた時点で、世界樹が芽吹いてから相当の年月が経っていたからね。堆積した土砂が相応にあるのよ」


 今、いつもの装備に身を包む翔たちが向かっているのは、地下深くにある世界樹の根元だ。翔、陽菜、寧音、煉二の順に並び、最後尾にはローズも続いていた。

 彼らは先頭を歩くアルティカの生み出した明かりを頼りに、幾重にも折り返す急な石の階段を下っていく。両手が殆ど肘を伸ばさない内に壁へ付いてしまうそこは、少しじめじめとした空気に満ちている。時折水の滴る音が聞こえる以外は自分たちの足音が反響するばかりで、彼らの不安が煽られる。先の言葉は、それを紛らわす為のものでもあった。

 道が平らかになったのは、時間間隔の失われてきた頃だ。少し先で折れた通路の先から見覚えのある光が漏れている。ようやく目的地に近づいたことを確信して、翔たちはそっと息を吐いた。


「眩しいわよ」


 アルティカの忠告に心構えをして角を曲がった翔たちだが、それでも目を細めてしまう事は避けられず、腕で目を庇う。遠くから見る分にはただ美しかった世界樹の発する光も、間近で見るには強すぎるものだった。まして、ずっと暗闇の中、魔法の光一つを頼りに進んできたのだから当然だ。

 目が慣れてきてまず見えたのは、溢れんばかりの生命力を感じさせる黒茶色の壁だ。よくよく見ると、いくつもの細かく波打った筋があるのがわかる。

 ――違う、これ、壁じゃない。世界樹だ!


 地上で見たものより幾らか黒みの強い色ではあったが、間違いない。壁と錯覚するほど太いそれは幾本にも別れた根の一つらしく、奥の方の壁際に一際強く輝く幹らしきものが見える。そこから広がる根が絡まり合いながら、野球場程もある空洞の半分を埋め尽くしていた。

 ――根でもこれだけ太いんだ……。


「クレド宮殿の入り口は、世界樹の中にあるの」


 感嘆の息を漏らすさまに翔たちの視力が回復したのを確認したアルティカは、そう言いながら最奥にある幹を目指す。


「といっても、物理的に世界樹の幹の中にあるわけではなくてね。世界樹の中には亜空間があって、その核となっているのがクレド宮殿なのよ」


 それなりに距離のある道中、彼女は本来であれば限られた存在以外が知るべきではない話まで翔たちに語って聞かせた。箱庭世界アーカウラの核であり、柱である世界樹セフィロト。その内に広がる亜空間に距離の概念は無く、一部の【調停者】や『森妖精族エルフ』の王族が遠方へ行く際のショートカットとして使われているらしい。


「それ、言ってしまって良かったんですか……?」


 後方から聞こえてきた少し不安げな声に翔たちはついつい振り返った。そこにあったローズの顔は声の通りだ。

 

「どっちに? ローズちゃん? 翔君たち?」

「どっちもです」

「いいんじゃない? 翔君たちはアルジェちゃんも認めていて、私自身、自分の目で直接確かめたし。ローズちゃんもリベルティアの地位とか、アルジェちゃんとの関係とか、諸々踏まえたら問題ないと思うわよ?」


 至極軽い様子だ。あまりに気楽そうに言うのだから、きっと大丈夫なのだろうと翔たちは納得する。しかしローズはまだ不安なようで、続けて口を開いた。


「私の代は良くても今後は分かりませんよ? 信じたいところですが、絶対はありません」

「腐敗しちゃったら、アルジェちゃんが潰しに行くわよ。私の親友の国を穢すなーって感じで」


 アルティカはそう言って楽し気に笑う。実際、今のリベルティアがその力を保持したまま腐敗してしまった場合、【調停者】の動くような禁忌に触れてしまう可能性は十分にある。そうでなくても妹であるスズの為に聖国の元宗主国を滅ぼしたアルジェだ。自分の立場など関係なく突貫したとしても不思議ではない。その場面が容易に想像できたのか、翔たちも失笑してしまう。

 一方でローズは、親友、私がアルジェの親友、などとぶつぶつ呟きながらニヤニヤとしていた。美人が台無しなほどに緩んだ表情だったが、幸いにして最後尾の彼女の顔は誰にも見られる事はなかった。


 そうこうしている内に、目的の場所に近づいていた。すぐ目の前では翔たち数人分ほどの高さを持った根が幹を中心に四方へ伸びている。僅かに見える空洞の壁はむき出しの土だった。


「登れるわよね?」


 全員が肯定の返事をした事を確認すると、アルティカは力んだ様子もなく跳躍し、傍にあった木の根に登る。翔たちもそれに続いて跳躍したが、途中の凹凸を足場にすることなく登頂した者はいなかった。そんな些細な事にも、翔は己の弱さを意識してしまう。


「焦るなよ。数千年を生き、人間を超越した存在と比べても仕方なかろう」

「……うん、そうだね」


 彼が表情に影を落としたのはほんの一瞬だった。それでも煉二は察したらしい。

 ――ほんと、よく見てるよね。


 気を取り直してアルティカの後を追う翔に、陽菜は微笑む。それから煉二に小声で礼を告げ、翔に続いた。


読了感謝です。

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