⑪
「翔っ!」
「翔君っ!」
元に戻った時の流れの中で膝をついた翔へ女子二人が走り寄る。魔力が殆ど尽き思うように動けない煉二も、掠れる意識に鞭打って彼のもとへ急ぐ。
左上腕の半ばから続いているのは肌色ではなく、鮮やかな赤が滴り落ちる。その足元には赤く滲んだ彼自身の姿が揺らめいていた。
「と、とにかく止血しますー!」
寧音の魔力が翔の歪な傷口へ集まり、光で包む。〈光魔法〉による回復だ。滝のように流れ出る血が見る見る治まっていく。同時に、荒くなっていた呼吸も落ち着いていった。
「ごめんなさいー、翔君。今の私じゃこれが限界ですー……」
「いや、十分だよ。ありがとう……」
血を大量に失ったことで顔色を青くしてはいるが、命に別状はない。それが分かり、三人は安堵する。
そうして気を抜くと、今度は彼ら自身の不調が意識に上る。特に酷かったのは朱里だった。ただでさえ肋の折れた重症の状態で、負担の大きいユニークギフト〈神狼穿空〉を放ったのだ。さらに魔力による強化も加速のための強化に大きな割合を回していた。あまりの痛みに耐えられず蹲る。
「そうでしたー! 朱里ちゃんも重症じゃないですかー!」
無理しすぎですよー、と頬を膨らませながら〈天衣抱擁〉を発動する。その寧音も疲労を隠しきれていない。翔の治療を魔法のみで済ませたのも、意味がない以上に魂のエネルギーの限界の近い事があった。
寧音が治療をする様子に自分の時もこうだったのかと感心しながら、翔はこれからについて考える。
――みんな余裕はない。出来ればしっかり休みたい所だけど、そのうち他の魔物が襲って来るかもしれないし……。
「……よし。煉二はすぐに休んで。寧音さんと朱里さんも、治療が終わったら休んでて。その間俺が見張ってるから、夜明けと同時に出発しよう。迷宮はもうそんなに遠くないはずだし」
失血量は多いが、それでも自分が一番余裕があるとしての判断だった。夜間視力も強化されているとはいえ、消耗しきっている状態で慣れない森を歩くのは得策ではない。ならば本当に短い時間ではあるが、他の三人には夜明けまで休んで貰うのが良いと翔は考えた。
「ま、待って。けほっけほっ!」
「あ、まだ喋っちゃだめですよー」
これを制止したのはまだ治療中の朱里だった。気管に残った血で咳込みながら声を張り上げる。
「私も、治療が終われば大丈夫、だから……こほっけほ。私に交代して、あんたも休んで」
「……わかった」
実際、怪我さえ治れば朱里は十分に戦えるだけの余力があった。最後の一撃を躱されてしまい自分の片腕が奪われたという結果に責任を感じているのかもしれない、と思いつつ翔は彼女の提案を受け入れる。彼は彼で限界を感じていたのだ。
「……あと、さんは要らない」
「あ、私も寧音でいいですよー!」
思い出したように言った二人に、彼は頷くしかなかった。
やがて木々の隙間から陽の光が差し込んできた。朱里は天幕の中へ入って三人を起こす。
わずかな時間ではあったが、睡眠をとれたことで魔力の回復した煉二はある程度動けるようになっていた。翔の体も多少はマシになっている。唯一、スキルを使うための力を大きく消耗していた寧音だけはあまり回復していない様子だった。
四人は迷宮に感じる独特の魔力を頼りに森の奥へ進む。周囲を警戒し、気配を極力殺しながら。
極限まで高められた緊張感と集中力は、彼らが【転移者】であることも相まってどんどん〈隠密〉スキルのレベルを上げていく。森へ入って暫くした頃に覚えたばかりだった筈が、もうレベル四、充分熟練と言って良い所まで成長していた。
――もうすぐお昼……。さすがに、そろそろ皆……。
翔は他の三人へ目を向け、自分も含め限界が近いことを確認する。そんな彼のスキルに覚えのある気配が反応した。
「グラヴィスさんの気配だ!」
その言葉に煉二と寧音が顔を見合わせて頷き、口角を上げる。朱里はやっとか、と溜め息を吐いた。
やや足を早め、そこを目指す。踏み固められた道を行くほどに木々の密度が下がっていき、やがて人工的に切り引かれたと分かる広場に着いた。その中央には灰色をした石のブロックを積んで作った東屋のようなものがある。周囲にいるのは法王国の騎士たちだ。
「翔っ!? [再生]の用意をするように伝えろ!」
気配で分かっていたのだろう。翔を出迎えるように森の入口に近づいて来ていたグラヴィスは翔の欠けた腕を見て顔色を一変させ、騎士の一人にそう命令する。騎士は石の東屋、迷宮の入口のすぐ脇にあった魔法陣に飛び乗り、魔力を操作してその装置を起動した。
「グラヴィスさん、俺なら大丈夫です。それより、みんなを早く休ませてあげてください」
「ああ、分かっている。心配するな」
グラヴィスはそう言って徐々に光を強くする魔法陣の刻まれた台座へと目を向ける。翔たち四人もつられてそちらを見た瞬間、光が弾け、その上に立っていたはずの騎士の姿が消えていた。その光景に彼らは目を大きく見開く。
「今のは……」
「あれは転移魔法陣という魔道具だ。対になる魔法陣の刻まれた台座間を瞬時に移動できる。運べる人数はあの陣の内に入れる程度でそれほど多くはないが」
そう言われ、翔は改めて魔法陣へ目をやる。
――詰めても十人くらいまでかな……。騎士鎧とか盾って嵩張りそうだし。
その後彼らは、森から少し離れた位置に座って休息を取りながら伝令の騎士が戻ってくるのを待った。その間グラヴィスが何があったのかを問う事はなかったが、翔には何となく、彼が何かを耐え忍んでいるように見えた。
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