君の為に翔ける箱庭世界

――神々は彼らを役者に選んだ
かかみ かろ
かかみ かろ

第百一話 革命軍の長

公開日時: 2023年1月9日(月) 09:28
更新日時: 2023年7月12日(水) 06:23
文字数:2,960

 目隠し状態での移動は、数日続いた。食事の際は幌を完全に閉じた状態で目を自由にすることを許されたが、それ以外は基本的に目隠しをしたままだ。常人なら確実に精神を削られている。しかし幸いと言って良いのか、アルジェの修行で極限状態に慣れていた二人は特に苦にすることもなかった。気にかけてくる革命軍のメンバーに何の気負いもない返事を返しているうちに、だんだんと引いた視線を向けられるようになっていた事は分かっていたが、自分達でも普通ではないと自覚していた為、その度に視線を遠くした。


「ここから少し歩きだ。転ばないように気をつけろ」


 自分の手を掴む感触を感じながら、複雑な勾配のある道を進む。手を引くばかりでなく、出っ張りや凹みの位置を声で伝えてくれたため、危なげなく勧めた。それは陽菜も同じだと、気配が彼に教える。


「もうすぐだ。思導、舞上さん、こっちから誘っといて、こんな扱いで悪いな」

「いや、大丈夫。当然の事だから」

「そう言ってもらえると助かる」


 間もなくして、先導役が足を止めた。そして目隠しが外され、翔たちの世界に光が戻る。そこは洞窟の中らしく薄暗かったが、長らく目隠しをしていた二人には鮮明に映った。

 洞窟は黒い溶岩の固まった岩窟で、所々に魔道具のランプが吊るされている。よくよく見れば人工的に削られた跡が見て取れるのだが、今の翔たちにそこまで理解する余裕はない。

 その他に特筆すべきものと言えば、金属で出来た頑健そうな扉が目の前にある事くらいか。その奥には、実力者とわかる気配が複数。翔は飲み込んだ唾の音が周囲に聞こえたのではないかと、視線を左右に動かした。


「この先に俺たちのリーダーがいる。元公爵とは言え、そこまで緊張しなくていい。気楽にな」


 毒島に首肯を返し、案内役の男に視線を戻す。男は彼の視線の意味を正しく理解して、鈍色の扉へと手をかけた。


「ウズペラ様、例のやつらを連れてきました」

「入れ」

 

 声の主に従って男が手に力を込めると、ズリズリ音を立てながら扉が開く。奥に見えるのは、四人の『龍人族』の姿。円形のテーブルを囲んで座っており、扉の向こうにいる翔たちへ視線を向けている。


「何してる。さっさと入れ」


 そう言って促したのは、教室より少し狭い部屋の、その奥の方にいる赤髪金眼の男だ。肩の辺りまで伸ばされた髪は意外に艶やかで、『龍人族ドラゴニユート』特有の角にも飾り彫りが施されている。


「ウズペラ様だ」


 毒島の抑えられた声は翔の予想が正しかったと示すものだった。

 翔は小さく深呼吸をしてから、ウズペラの言葉に従う。陽菜も彼に少し遅れて続いた。


 後ろで再び扉の擦れる音がするのを聞きながら、テーブルに着く四人を見る。

 奥側にいるウズペラは高位貴族にありがちな見目の麗しさに加え、冒険者でいえばAランク上位に近しい威圧感を持っていた。その割には細身だが、『龍人族』はそもそも体のつくりが違う。魔力云々についてを考慮しないにしても、不思議はない。彼から右回りに、短い青髪に水色の瞳で、これまた端正な顔立ちをした男。刈り込まれた灰色の髪に黒い瞳で、筋骨の隆々とした男。そして肩甲骨辺りまである紫髪を一つに纏めた、黒い瞳の女性と並ぶ。順に、タブル、ブラウマ、アメリアと呼ばれている最高幹部たちだと、毒島が小声で伝えた。いずれも革鎧を身に纏っており、最低でもAランクに相当する以上の強さが感じられる。


「ほう、お前たちがショウエイの友か。歓迎しよう。……二人だけか?」

「はい。他の二人とは、意見が合いませんでした」

「……そうか」


 ウズペラは切れ長の目をすっと細め、二人を見る。


「すまないが、今は少し忙しい。後ほど席を設けよう。」


 疑われているのかと思わず身構えてしまった翔だが、特に何か追求されることもなく彼は二人から視線を外した。


「ショウエイ、部屋に案内してやれ。同じ部屋で構わんな?」


 再び向けられた視線に翔が肯定の返事を返すと、話は終わりだとばかりにテーブルに着いている三人へ顔を向けた。そのままテーブルに着いていた三人に顔を向けて、先ほどまでしていたのだろう会話を再開する。もう二人の事など視界に入っていない様子で、交わした言葉にも、芝居じみた熱しか感じられなかった。

 翔と陽菜は顔を見合わせ、どうしたものかと視線で会話をする。そんな翔の肩に誰かが手を置いた。


「思導、舞上さん、行こう」

「あ、うん、分かった」


 毒島に促されるのに従って部屋を出ると、後ろでまた、ズリズリと重たいものを引き摺る音が二人の背後から聞こえる。ここまで手を引いてくれた男が扉を閉めているのだと、気配が教えた。


「こっちだ」


 すぐに歩き出した毒島の後に続きながら、ふと先ほどの会話を思い出す。


「そういえば、なんで同じ部屋でいいかなんて聞かれたんだろう。部屋に余裕がないの?」「いや、そういう訳じゃない。むしろ余裕があると思うぞ」

「じゃあ何でなのかな? 毒島君、私たちの関係の事、伝えた?」


 陽菜がそう聞くと、毒島は立ち止まって振り返った。彼は一瞬目を細めて二人を見たかと思うと、すぐに表情を呆れと驚愕に染めた。


「お前ら、なんていうか、相変わらずだな……?」


 分かってはいたけど、と続ける毒島に、二人は顔を見合わせる。そんな二人に、毒島は改めて溜め息を吐いた。翔たちには何故そんな反応をされるのかの理由を理解できなかったが、毒島が再び歩き出してしまったため、そのまま付いて行くしかなかった。


「……お前ら、さっきずっと手を繋いでたのって、もしかして無意識か?」

「…………うそ、繋いでた?」

「ああ」


 翔から毒島の表情は見えないが、呆れられているのは確かだ。流石に恥ずかしくなって、頬が熱くなる。

 ――見抜かれて当然だった……。


 彼がちらと陽菜を見ると、彼女も同じように頬を染めている。


「くくく、まあ、お前らはそれでいいんじゃね?」


 明らかに堪えきれない笑いを含んだ声だが、真面目に言っているのだと翔には分かった。だから翔も、そうかもねと笑みを零す。それで肩の力が抜けたのか、自分の掌をしっとりと湿らせる感覚に気が付いた。

 ――思った以上に緊張していたのか……。


 [浄化クリーン]の魔法で綺麗にしつつ、革命軍のリーダー、ウズペラの事を思い出す。実力で見れば、ユニークギフト無しの翔と同程度か少し劣る位だろう。一般人の範囲で言えば十分な実力者だが、翔は彼の師らを始めとする常識外の存在を知っている。特にアルジェや風龍フーゼナンシアは頂点に座す一角だ。ウズペラの武力に気圧されたとは考えにくい。

 ならば、原因は別の強さにあるのだろう。翔が思い当たるのは、元公爵という立場か。

 ――嘗めてるつもりはなかったけど、一筋縄じゃいかなそうだなあ。少なくとも、ウズペラって人は。


 より一層、気を引き締める。そして最悪でも陽菜だけは逃がそうと考えた。もし彼女が捕まるのなら、自分も一緒だとも。


「翔君、最悪の時は私だけでもとか考えたでしょ。ダメだからね。翔君がいないなら、意味ないから」


 小声ではあるが、強い声だった。大きな黒い瞳から注がれる真剣で差すような眼差しを受け止めながら、相変わらず勘が鋭いと、翔は苦笑いを浮かべる。


「……そうだね。うん、ごめん」


 自分にとっての陽菜は、陽菜にとっての自分なのだと思い出して、翔は最悪が起きないようにすると誓い直した。



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