君の為に翔ける箱庭世界

――神々は彼らを役者に選んだ
かかみ かろ
かかみ かろ

第九十六話 思わぬ再開

公開日時: 2022年12月18日(日) 06:55
更新日時: 2023年7月12日(水) 06:22
文字数:2,422

 本来であれば何週間もかかる距離にあるグローリエル帝国北端の国境だが、転移なら瞬きをする間に着いてしまう。当然翔や陽菜が忠告について考える暇なんてある筈がない。モヤモヤとしたものを抱えたまま、二人は旅を続けることになった。


 今回の依頼主と言える【調停者】、火龍カルガンシアの住む『龍王大火山』は帝国の南端にある。一先ずは情報を集めながらそこを目指そうと決めていた彼らは、三つほどの大きな街を通り過ぎ、帝国南部にある街にまで来ていた。帝国に入ってから、既に数週間が経過している。


「今日はもう日が暮れるし、大火山の麓の街まで行くのは明日かな」


 二つ目の日が天頂を遠に超えた空を見上げながら翔は言う。

 火山近くにあるこの街、スドウェセクは、灰褐色の岩をくり抜いて作ったような三階建て以上の建物が多い。しかし現代日本の都会のように空をビル群が覆いつくすわけではなく、建物同士の間は広くなっている。『龍人族ドラゴニユート』は多少ながら飛行能力を持つ故に、二階部分以上にも出入り口が設けられており、ある程度の空間が自然と作られていた。


「今回も街で聞きこむか? 正直ろくな情報が集まるとは思えんが」

「いや、宿を取ったら酒場にでも行こうかなって。そろそろ革命軍の活動が多いらしい地域だしね」


 ここまでの街で集めた数少ない情報に、革命軍のよく活動している地域の話があったのだ。

 その情報から大火山の方に拠点があるのではないかという予想も立てられたが、同じ魔境である『風生れの島』がそうであったように、大火山もいわゆる迷宮のようになっている。広く強力な魔物の闊歩する地域を探索して拠点を見つけ出すのは骨が折れるだろう。そもそも移動しながら集められた程度の情報から分かる事なのだから、帝国の騎士団が把握していないはずがない。それでも尚発見に至っていないのだ。

 他に手に入った情報と言えば、首領の名前とその身分くらいだ。これも革命軍が元々どういった存在かを考えればさして重要な話ではなく、既に終わった事となる。噂程度に彼らの担ぎ上げようとしている皇族の名前が上がったが、そこまで行くと翔たちに手を出せる問題なのか分からず価値の不明な情報でしかない。せめて帝国の騎士と連携できたならとは翔たちも思っていた。

 

 道行く人の流れに乗りながら、一先ずは冒険者ギルドでお勧めの宿を聞こうかと話していた時だった。


思導しどう?」


 突然呼ばれた自身の名字に翔が振り返ると、そこにいたのは目と耳に少しかかる程度の長さの黒髪に、濃い黒の瞳の青年。見覚えのある三白眼の細い目は驚きに見開かれており、同じような表情の四人を鮮明に映していた。

 翔より少し背の低い彼は四人の方へ歩いていくと、笑みを作り、翔の肩を勢いよく掴む。


「久しぶりだな! 舞上まいがみさんに黄葉きば羽衣はごろもさんも!」


 翔たちの記憶にある彼には珍しい快活な笑みで、青年は四人の名前を呼ぶ。


「……毒島ぶすじま?」


 その姿に違和感を感じはしても、かつて同じ学び舎で学んだ彼を、毒島憧英しようえいを忘れるはずが無かった。それでも予想外の再開に、翔は一瞬戸惑い、思考を停止する。

 徐々に嬉しさの湧き上がるのを感じつつ改めて見ると、毒島の百七十五センチに満たない身体を包んでいるのはアルジェの与えた藍色の革鎧ではなく、その辺りの住人が来ているようなシンプルな浅黄あさぎ色のシャツと茶色のパンツだった。


「久しぶり、毒島。この辺に住んでるの?」

「いや、もう少し大火山に近い辺りだな。少し前に依頼でこっちまで来て、今日はまあ、観光。明日帰るつもりなんだよ」


 毒島も冒険者になりたいと言っていたのを思いだして、翔は納得した。

 ――依頼なら一つか二つ先の街くらいかな。乗合馬車もそんなに高くないみたいだし。


「そうだ、お前ら、もう宿は決めたのか?」

「いや、まだ」


 翔の返事に毒島はどこかほっとした様子を見せた。しかしそれも一瞬で、すぐに先ほどまでの笑みを顔に浮かべる。


「ならいい宿教えてやるよ。俺も泊ってる所なんだけど、飯が美味いんだ」

「へぇ。じゃあお願いするよ」


 毒島に連れられていった宿は、町の中心より少し南の方にある宿だった。どの町に行ってもよくある大衆酒場といった様相で、実際酒場の経営も行っているのだろう。店内は多くの顔を赤らめた客で賑わっていた。加えて一部の魔道具に特有な朱の混じった明かりが、様々な恰好の男女を照らしているものだから、彼らの顔はより一層赤く見える。

 ――あんまり綺麗な店内じゃない割に、余裕のありそうなお客さんが多いな。


 なんとなくそんな事を考えながら、毒島の後に付いて店の奥に進む。


「先に荷物おいてこ、って、〈ストレージ〉があったか。昔の感覚に戻ってたわ」

「はは、ちょっと分かるよ」


 箱庭世界アーカウラに来てもう何年も経っている筈なのに、無意識のうちにそんな判断をしていた。その事がおかしくて、何故か嬉しくて、翔たちは無邪気に笑う。特に翔からすれば、相手が異世界に残りたいだろうと話していた毒島なのだから、余計にだ。


「とりあえず部屋とるか。宿関係は全部上な」


 彼らが軽い足取りで奥の方にあった階段を上ると、左右へ廊下の続く小奇麗な部屋に建物と同じ石性のカウンターが一つあり、『龍人族ドラゴニユート』の若い女性が何か書き物をしていた。二本角の片方に青い宝石飾りを着けている辺り、既婚者らしいと、以前アルジェから受けた講義を思いだす。


「あら、おかえりなさい。と、そちらは新しいお客さん?」

「ああ、久しぶりに会った友達なんだ」


 翔は、女性と親し気に話す毒島の様子に安堵の息を漏らした自分に気が付いた。各地に散ったクラスメイト達の事は日ごろから気にかかっていた。まして毒島の場合、朱里の葬儀にも来られなかったのだ。全く様子の分からなかった旧友が上手くやっていると知れば、安心もする。

 ――アルジェさんも、俺たち以外には最低限の事しかしてないみたいだし。


 新しい皇帝陛下になって客足が戻ってきたと、嬉しそうに話す女性の声を聞きながら、翔は友の後姿に笑みを向けた。



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