君の為に翔ける箱庭世界

――神々は彼らを役者に選んだ
かかみ かろ
かかみ かろ

第八十一話 皆で

公開日時: 2022年5月14日(土) 17:34
更新日時: 2022年5月14日(土) 17:45
文字数:2,777

 翔はエルダートレントの亡骸から剣を引き抜き、距離を取る。それから周囲にもう生きた魔物の気配がないことを確認すると、急いで周囲の魔物を〈ストレージ〉へ納めた。陽菜たちもこれに倣い、目の付く限りの全てを収納する。


「急いでこの場を離れよう。トレントには気を付けて」


 全員が〈隠密〉スキルを全力で使用し、最初に接敵するまでのペースよりやや駆け足で森の奥を目指す。警戒よりもその場を離れることの優先度を上げた結果だった。

 それに、始めと違って今は目指すべき場所の目星もついている。煉二の魔法で見通しが良くなった結果、その場所、世界樹の幹が見えたのだ。

 そんな彼らが足を止めたのは、移動を開始して一時間ほどが経った時だった。


 周囲に魔物の気配がないことを確認すると、〈隠蔽〉の効果を持った結界魔道具を作動させる。彼らが最近手に入れたもので中々に高価なものだが、よほど探知能力の高い相手出なければAランクの魔物にも有効な逸品だ。


「ふぅー。なんだか、湿潜竜プロテウスより厄介でしたねー」

「ああ。姿を現してくれなければどうなっていたか」


 エルダートレントがあのまま隠れて攻撃を続けていたなら、今以上に消耗していただろうし、他の魔物も到着してしまっていただろう。単純な強さでは竜種の湿潜竜に大きく劣るエルダートレントだが、そういう意味では同じくらいの強敵だった。


「寧音の妨害がなかったら再生される方が早かっただろうし、けっこうギリギリの戦いだったよ。俺にもう少し突破力があれば違っただろうけど」

「それはしょうがないよ。それで、この後どうするの?」


 陽菜の問いに翔はちらと空を見る。しかしそこには玉虫色の空間が広がるばかりで、時間など分からない。


「そうだね、いったんここでさっきの魔物たちを解体してしまおうか。この結界、臭いは誤魔化せなかったよね」

「はいー」

「なら今回は俺が風を起こすよ」


 アルジェの〈ストレージ〉のように中の時間が停止していればよかったのだが、そうでないなら痛む前に処理をしてしまわなければならない。素材としての価値が落ちるのと、次に取り出したときに臭いが酷い事になるのだ。

 回収したトレントの以外の死体を取り出すと、翔が魔法で上昇気流を起こすのを待って解体に取り掛かる。


「これは、どこが使えるのだ……?」

「とりあえずバラシて、全部に〈鑑定〉をかけてみるしか……ってだめだ。碌な情報が出てこない。アルジェさんのなら見えるかもだけど……」


 言いながら実行してみた翔の前に現れたのは、『クレド宮殿に住まう~の~』とだけある文字列だった。神の住まう地はアーカウラの法則から微妙に外れるのだから仕方のない話だが、これでは何の参考にならない。


「仕方ないですねー。保存できそうな部位だけ回収して、あとは捨てましょうかー」


 寧音の提案を採用し、手早く解体を済ませた後、残った部位を魔法で作った穴に埋めて食事に移る。食事をしていない人間が警戒をするのはいつも通りだが、以前と違い、翔とそれ以外という分け方だ。翔以外の察知スキルは、Aランク以上を相手にするには少々心もとないレベルというのが理由だった。


 休憩を終えた彼らは戦闘中に見つけた世界樹の幹らしきものを目指して進んだ。その間、何度か戦闘になったが、一度目の群れと大体同じような構成という事もあって危なげなく勝利できた。幸いだったのはエルダートレントに遭遇しなかったことだろう。勝利はしたものの、あと一手あればという場面が何度もあったのだ。その時にトレントがいたならば、誰かは大怪我をしていた。

 そして、外の世界では日の完全に暮れようとしている頃、彼らはその幹に辿り着いた。


「ようやく、だな」

「うん。正直、一歩間違えたら誰かは死んでたと思う」


 眼前にそびえ立った、見覚えのある仰々しい巨門を見上げながら翔は言う。それはクレド宮殿へ侵入する際にもくぐった、雪蔓のペンダントと同じ紋章の刻まれた門だ。

 ただ一つ違うのは、右下へ延びる枝には何の文字も刻まれておらず、代わりに左下の枝に金色の文字が刻まれていること。


「『力を示せ』か。つまりはそういう事なのだろうな」

「うん」


 力を示す。つまりは、強敵との戦闘を想定し、翔はごくりと喉を鳴らす。


「まー、きっとどうにかなりますよー。

「そうだね。だって私たち、こんなに広い密林を抜けて来れたんだから」


 煉二への返事が固くなってしまったからだろう。寧音がいつも以上に緩い声音で告げ、陽菜も続く。その陽菜の示した先を見れば、眼下に広大な緑が広がっていた。遠くにはうっすらと入り口の門が見える。


「しかし、俺たちはいつの間に上っていたのだ? 平坦な道が続いていたはずだが」

「こんな世界だし、空間が歪んでたのかもね」


 本当におかしな世界だと、翔は笑う。そんな自分に気が付いて、緊張をほぐしてくれた二人に翔は感謝した。


 門を潜り、次の試練へ挑むには少々消耗が過ぎている。そう判断した翔たちは、その場で一泊することにした。今のところ魔物が近づいてくる気配はないが、念のために見張りを立て、順番に体を休める。

 そして陽が一度沈み、反対側の地平線から顔を出すだけの時間が経った。結局全員が休息を終えるまでの間、一度も襲撃されることはなかった為、魔力も十分に回復している。


「さて、行こうか」

「はいー、ってあ、ちょっと待ってくださいー。大事なことを忘れていました」


 朝食を終え、お腹の落ち着いてきたころに出発を告げる翔を寧音が制止する。どうかしたのだろうかと彼女を見守る三人は、すぐに苦笑いを零すことになった。


「寧音ちゃん、今からケーキなんて食べて大丈夫?」

「大丈夫ですよー。というか、食べないと大丈夫じゃないですー!」


 彼女は幸せそうにゆるんだ表情で、デザートの甘い物は自分のガソリンなんだと言う。こんな状況でも相変わらずだ。翔は少し、彼女が羨ましくなる。


「そして最後にー」


 彼女はくるりと煉二の方を向いたかと思うと、そのままその腕に抱きついた。


「お、おい、寧音っ!?」

「偶にはいいじゃないですかー、減るもんじゃありませんしー?」


 寧音は薄く頬を染め、幸せそうな、しかし先ほどとはまた違った笑みを浮かべる。煉二も目を逸らし、恥ずかし気に離れろと言うが、振りほどこうとはしない。

 そんな二人に翔と陽菜は顔を見合わせ、可笑し気に目を細めて数歩ずつ、互いに近づいた。


「お待たせしましたー。これでオールオーケーですー! さ、行きましょー! 皆で!」


 少しして満足した寧音は、恋人の腕を離して告げる。突然解放された煉二は、翔の目に少し名残惜しそうな雰囲気を隠しているように映った。

 ――皆で、か。


「うん!」


 彼女がそんな行動を取った意味は、何となく分かっていた。だから彼は、常より力強く頷いて、雪蔓の紋章に封じられた門へ両手を添える。


「勝つよ、皆で!」


 そして、勢いよくその門を開いた。



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