君の為に翔ける箱庭世界

――神々は彼らを役者に選んだ
かかみ かろ
かかみ かろ

第三十二話 眠れる親友

公開日時: 2021年5月29日(土) 18:22
文字数:2,641

「祐介君はね、大司教様に、一番前で皆を守るように言われたの」


 ぽつりぽつりと語りだした香の言葉に、翔は耳を傾ける。

 

「祐介君、任せろって張り切ってさ、ずっと、前でギフトを使い続けてた。ずっと」


 それが何を意味するのか、翔も分かっていた。手を握りしめ、目の前の現実から目を背けようと視線を逸らす。


「相手の人たちの攻撃を、全部一人で防いで、凄かったんだよ? でも……」


 スキルを使い続ければ、いずれ魂の力は枯渇する。そうなれば、もうスキルの使用は不可能だ。それでも、大司教からの言葉が鎖となって、彼を最前線へと縛り付ける。


「突然、祐介君は膝をついたの。私の、すぐ近くで。そこに魔法が飛んできて、でも私は動けなくて……!」


 膝に爪を立て声を荒げる彼女に、翔は何も言わない。言う余裕は、無い。歯を食いしばり、涙を堪える。


「祐介君は、私を庇って、……死んだの」


 項垂れたまま肩を震わせる香。翔は彼女の正面へ回り込んで膝をついた。そこにあった祐介の顔は、どこか満足そうで、ただ眠っているだけのようにも見えた。


「祐介、ねえ、祐介……。何か、言ってよ。なんで何も言わないんだよ……」


 堪えきれず溢れた涙が、祐介の頬に落ちる。翔が肩を揺さぶっても、彼が応える事はない。


「陽菜の事は任せろって、言ってたじゃんか。なに満足そうな顔してるんだよ。祐介、ねえ、応えてよ……! 死んでいいなんて、一言も言ってないだろ……」


 どんなに訴えようとも、現実は変わらない。沈黙は、それを、嫌というほど彼に語りかける。

 ふと、翔は香の手に握られた何かに気が付いた。


「……音成さん、それ」

「……これ? これは、祐介君がくれたの。意識を無くす前に……」


 それは、いつか彼が香のために買ったペアネックレスの片割れだった。片割れを失った音符が、さみし気に光を反射している。

 ――死ぬ直前に渡しても、意味がないだろ……。ばか野郎……。


 翔は袖で拭い、炭化した腹部を見ないようにしながら祐介の胸元を漁る。


「それ……」

「祐介、音成さんに告白しようとしてたんだ。これは前、休みの日に街で買ってた」


 香は翔の引っ張り出したペアネックレスの片割れを手に取り、そう、と零す。


「祐介君の口から、聞きたかったなぁ……。うぅ……」


 祐介へ覆いかぶさり泣く彼女をそのままに、翔は立ち上がる。

 ――祐介、ごめん……。


 心の中で先に逝った親友へ謝罪し、来た道を戻る。

 静かにカーテンを潜ると、クラスメイト達が心配そうに彼を見ていた。


「……もう、いいのか?」


 おずおずと聞く煉二に彼は頷き、天幕の外へ向かう。その表情からは何も読み取れず、静寂がその場を支配する。


「寧音、結界に入り口を作ってもらっていい?」


 彼女の方を見もせずに翔は言う。戸惑う寧音を庇うように、煉二が前に出た。


「何をするつもりだ」

「……ちょっとね」


 煉二は立ち止まった翔の背をじっと見つめる。その後ろで、寧音はおろおろと二人の間に視線を彷徨わせていた。数秒ほど経って、煉二は頭を掻きながら、はぁ、と溜息を吐く。


「寧音、入り口を作ってやってくれ」

「え、いいんですかー……?」

「ああ。でないと話が進まん」


 煉二君がそういうならー、と寧音は魔力を操作する。それを確かめて、翔は彼女に礼を言った。

 

「五分以内で済ませるんだな」

「……うん」


 翔が出て行ってから凡そ五分。彼が戻ってきた。そのブーツには赤黒い何かがついている。


「終わったのか」

「うん」


 そうか、と言ったきり、煉二は黙り込む。天幕内の空気は、この上なく重かった。誰もが、彼のしてきたことを理解していた。


「ねえ、誰か、儀式がいつかきいてない?」


 不意に聞く彼に、クラスメイト達は顔を見合わせた。


「確か、明日の朝だったはずだ」

「そっか。ありがとう」


 翔は礼を告げ微笑む。不自然なほど静かな彼に、朱里たち三人は一抹の不安を抱いた。


「な、なぁ……」

「煉二、朱里、寧音、急ごう! 今から出ても間に合うか分からない」


 声をかけてきたクラスメイトを遮り呼びかけてくる翔に、三人も頷く事しかできない。座っていた椅子から立ち上がり、彼に続く。


「皆も、早く森へ向かった方がいいよ。ここからだと、一日はかかる距離だから」


 最後にそう言って、彼はその場を後にした。


 馬を駆り、四人は道を急ぐ。食事も馬の上で済ませ、殆ど使いつぶすつもりで走らせた。

 二つの日が天頂を過ぎ、そして沈んでいく。四人の間に会話らしい会話はない。朱里たちは何度も翔へ声を掛けようとしたが、彼の放つ異様な圧力を前には戸惑われた。


 日が完全に暮れた。月は薄い雲に覆われ、ぼんやりとしか見えない。


「翔、そろそろ一度休みましょ」


 朱里が目を向けた先は、進行方向から少しそれた辺りの林だ。魔物や盗賊の気配は感じられない、絶好の野営地点だった。

 

「いや、このまま行こう」


 しかし彼は聞く耳を持たない。首都がある、陽菜のいるはずの方向をじっと見つめたまま馬を走らせるづける。その様子に、朱里の堪忍袋は限界を迎えようとしていた。


「翔、あんたねっ――」

「でもー、グラヴィスさんと戦わないといけないんですよー? お馬さん達が頑張ってくれたおかげでー、かなり進めましたしー」

「そうだな。このペースなら、あと二、三時間で着くはずだ」


 二人の言葉に、翔は俯いた。それから目を瞑り、自分に言い聞かせる。

 ――そうだ、大丈夫。まだ時間はある。陽菜は大丈夫だ。


「わかった。あの林で休もう」


 野営の準備をし、二人ずつ睡眠をとることにする。始めに翔と煉二が見張りとなり、出発まで残り半分となった頃に交代した。

 朱里と寧音は朝食として温めたスープに口をつけながら、未だ雲に隠れたままのおぼろな月を眺める。


「あんな怒ってる翔なんて、初めて見た」

「ですねー。陽菜ちゃんから聞いたことはありましたけど-……」


 静かに切れて、手段を選ばなくなる。彼女は陽菜がそう話していたと言って、視線を落とした。


「なんだか、怖かったですー……」


 胸の前でスープの器をぎゅっと握りしめた寧音に、朱里は眉尻を下げる。しかし寧音に掛ける言葉を見つけられないまま、時間は過ぎていった。

 風が木々の隙間をなぞり、周囲から沈黙を奪う。彼女らがふと遠くの山を見ると、その縁がぼんやりと白んでいた。


「……そろそろ二人を起こしましょ」

「はいー」


 まだ少し眠そうな男二人を伴い、出発したのは一つ目の陽が山間から頭を見せた頃。翔は、少し落ち着いたらしい。彼女たちはそっと胸を撫で下ろした。


「……見えた」


 そして、夜闇のすっかり薄れた頃、地平線に目指す街の影が現れた。



読了感謝です。

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