(DQ10してて更新遅れました!!)
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一つ目の陽が森の木々にすっかり隠され、二つ目も足を木の頭上に乗せた頃、一晩分の時間ぐっすりと眠った翔たちはいつもと同じ広場で魔法の訓練を行っていた。的はブランの張った障壁だ。魔法を使わない朱里だけは離れたところでスズネから槍術の指導を受けている。
昨日スズネから聞いた話の事もあり、いつも以上に気合の入っている翔たち。しかしそれを見守るアルジェの表情は芳しくない。
「……全然ダメね。あなた達、一旦止めなさい」
集合した三人に、彼女は法王国で魔法についてどう学んだのかを聞く。彼らは顔を見合わせ、一番攻撃用の魔法の訓練に時間を割いていた煉二が代表して答えた。
「……法王国に碌な魔法使いがいないのか、この子たちが捨て駒だから教えられなかったのか。何にせよ、魔導スキルについての知識は皆無のようね」
翔たちの魔法スキルのうち、適性の大きい属性は既に進化して魔導と呼ばれる位階に至っていた。しかし、彼女は全く使い熟せていないと言う。
スキルの出力調整はまた今度ね、と呟いてから彼女は煉二へと視線を向けた。
「煉二、あなた、〈風魔導〉がレベル五になったのはいつかしら?」
「……出立の一か月以上前の事になります」
でしょうね、と彼女は言ってその理由を明かした。曰く、レベル五を超えるには、それぞれの属性が持つ属性の本質を理解する必要があるらしい。
「スキルには無いけれど、派生属性ってあるのは知ってる?」
「はい。氷や雷などがあると聞きました」
短い期間に効率よくスキルレベルを上げるため、煉二は習得を断念したと言う。クラスメイト達の中にはそれらを極めようとしている者もいた。
「あれは学術的に体系化するために分けられただけで、本当は存在しないのよ。魔法はある五つの作用を組み合わせた結果でそれぞれの現象を起こしていて、その作用こそが各属性の魔導スキルが持つ力の本質よ」
翔たちはアルジェの説明を真剣な表情で聞く。
彼女がちらとブランを見ると、ブランは一つ頷いて障壁を生み出し、空中に一辺が二メートルほどの立方体を作った。
「あなた達、物理は習ってたのよね?」
「はい」
「なら簡単よ。五つの内四つは高校物理で習う内容だから」
そう言って彼女は立方体の中心にハンドボール大の水球を生み出した。
「まずは一つ目。〈水魔導〉の司る水属性の作用。『運動エネルギーの減少』」
動いている物体の持つエネルギーを奪う、つまり動きを緩やかにすると、たいていの場合、気体は液体になる。さらに奪えば個体、この場合は氷になるのだが、彼女は水球のままに留めた。
「二つ目。〈風魔導〉による風属性の作用。『エーテルの操作』。これは高校物理じゃ習わないわね」
水球がバスケットボールほどまで大きくなる。
ここで言うエーテルとは四元素論における第五元素のことだ。現代では空想の産物のように扱われるそれは、惑星間を満たし、星々を導く力としてアリストテレスによって提唱された。
『アーカウラ』においてそれは実在する粒子であり、魔力の影響を受けて疑似的な物質に姿を変える。幻を実体化するようなイメージだ。
「続いて三つ目。火属性の作用。『運動エネルギーの増加』」
水球がブクブクと泡立ち、沸騰を始めた。
体を動かせば筋肉が熱を発するように、運動エネルギーが増加するとその物体の持つ熱量は増加する。その事を利用して水球を再び水蒸気に戻そうとしているのだ。
「四つ目。土属性。『位置エネルギーの変化を伴わない、物質操作』」
水蒸気になり、本来なら拡散するはずのそれが一か所に押しとどめられる。それは水の粒子を土属性によって操作し、圧縮した結果だった。
位置エネルギーとは、言ってしまえば高さによるエネルギーだと思えば良い。例えば鉄球を落とした時、より高い位置から落とした方がより大きなエネルギーを持ち、より深く地面にめり込む事になるだろう。
「沸騰してるってことは、水蒸気になって体積が大きくなってるて事ですからー……もしかして、爆発しちゃいますー?」
目の前で起きている現象から推測した寧音の結論に、アルジェは正解だと笑って土属性による作用を解除する。途端、無理矢理押さえつけられていたことで高められていた圧力が解放され、障壁内で大爆発を起こす。火山の原理だ。
凄まじい爆音に翔たちは耳を塞いだ。遠くで槍を振るっていた朱里が驚き、その音の出所を見る。
――凄い……。こんなの、三人で障壁を張っても防げるかわからない。
「あとは五つ目だけど、これは少し特殊よ。〈光魔導〉と〈闇魔導〉の二つで一つなの」「どういうことですか?」
「光属性と闇属性は分けられてはいるけど、その本質はどちらも『活性化』で同じなの。働きかける方向が違うだけ」
翔たちには正方向と負方向と言えば分かる。要は人が歩いているとき、前に向かって押すか後ろに向かって引くかの違いだ。火や水に似ているが、その二つが物質的なものに働き替える一方でこれは非実態にも働きかける。つまり、火属性の作用を光属性で強化することができるのだ。
「魔力はこれらの作用を媒介するためのものね」
だから〈魔力操作〉を鍛える必要があるの、と彼女は補足する。
自分の手を見つめながら体内の魔力を動かしてみる翔たちに微笑み、彼女は説明を続けた。
「魔法スキルはこれを全部自動でやってくれるの。その分決まった魔法しか使えないし、しかも見た目の現象で分類しちゃってるのよね」
初めに風と水、それぞれ違う方法で水を生成していたように、ある現象を起こす方法は一つではない。その人物の持つ適性によって、適した方法で魔法を構築する。
「極めればこんなこともできるようになるわ」
彼女はそう言って莫大なまでの魔力を操作する。一瞬で膨れ上がったその力に驚く翔の視界の端では、ブランが珍しくハッキリとわかる様に慌てて障壁を強化していた。
直後、先ほどの数倍の規模の爆発と閃光が走り、立方体を歪めた。もしブランの強化が間に合っていなかったら、翔たちごと半径数キロを灰燼と化していただろう。
――これ、あの時使いかけてた魔法だよね……。
「核爆発を再現した魔法よ」
涼し気に言うアルジェを、翔たちは改めて恐ろしく思った。
その後アルジェは、それぞれに適した魔法の運用方法やスキル育成のヒントを教えた。助言を聞いている間、つい翔がブランの方を見ると、狼耳の彼女はほっと胸を撫で下ろしていた。
「それじゃ、私は朱里の方を見てくるから。休憩がてら自分でよく考えてみなさい」
アルジェはその美しい銀髪を揺らしながら、何事もなかったかのように歩いていく。
――アルジェさん、もしかして天然なんじゃ……?
翔は何となくそう感じた。
呆然とする翔たちの方に足音が近づいてきた。
「いきなりは、びっくりする」
ブランだ。つい先ほどの姉の所業に愚痴を零しつつ、少し離れた位置にある椅子で休もうと翔たちを誘う。
「姉さま、あれで抜けてるところあるから……」
歩きながら内心で、やっぱり、と思ったのは翔ばかりではなかった。三人そろって苦笑いを漏らす。
「でも、さっきのを見てると、ブランさんの事を信頼してるからっていうのもあるんじゃないかって思います」
真っ直ぐにそう告げた翔。ブランは目を見開いて、はにかんで返す。
「だったら、嬉しい」
その声音は、いつかのスズネ同様、どこまでも幸せそうだった。
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