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かつて翔たちが、『アーカウラ』の地に初めて足をつけた時、アサルトタイガーを一刀のもとに切り伏せた状態のグラヴィス。その威圧感は、アルジェの城の周りにいたSランク、厄災級と言われる魔物たちと何ら遜色ない。
「〈限界突破〉、か」
「やっぱりこの手のスキルは頭おかしいパワーアップの仕方ですよねー」
煉二が意味ありげに笑い、寧音が呆れたような声を漏らす。
〈限界突破〉は魂の枷を緩め、限界のその先の力を発揮するスキルだ。修得には、幾度となく限界を超える必要がある。その時の限界を。
「ちょっとグラヴィスさんを驚かせてみようか」
「さっきの今で、調子のいい……。でも、賛成よ」
彼らの受けたアルジェの修行は、凄惨を極めた。そう、限界なら、彼らも嫌というほどに超えてきたのだ。
「〈限界突破〉っ!!」
彼らの纏う力が数段増し、グラヴィスは瞠目する。スキルの修得条件を理解していた彼は、道理で強くなった筈だ、と呟き、楯を構え直した。
翔は左方、グラヴィスが剣を持つ右手側へ向けって真っ直ぐ走る。その速度はつい先ほどと比べても二段階は上がっているが、まだグラヴィスを動揺させるものではない。しかし、同時に右方から回り込む様に迫る朱里の存在を無視できず、迂闊に動けない状況だった。
タイミングを見計らい、翔の袈裟切りを受け流そうとした彼に、煉二の[炎槍]が飛来する。仕方なく翔の剣を受け止め、炎の槍を楯で打ち払いながら朱里の槍に合わせた。
幸先よく楯を壊せると朱里は内心で喜ぶ。だが、直後に響いた金属音に目を見開いた。
「空間属性の対策くらいはしている」
グラヴィスは二人を押し返すと、一足飛びに寧音との距離を詰めた。左からの一閃は、障壁の展開が間に合う速度ではない。寧音は杖に強化を集中させると、必死に剣を逸らした。
しかし相手は剣の帝に至ったものだ。辛うじて王の位にある彼女の杖術では一度が限界だった。耐性の崩れた彼女目掛けて、二太刀目が振り下ろされる。
「疾く奔れ! [雷矢]!!」
雷が空を奔り、騎士の右腕を穿つ。グラヴィスが一瞬体を硬直させる間に、寧音は翔達の方へと跳んだ。
「朱里ちゃん、楯、傷ついてますー! 頑張れば壊せるかもしれませんー!」
「頑張ればって、同じところを攻撃し続けるとか? 難易度高すぎだけど、やるしかないのよね!」
やってやろうじゃない、と気合を入れる。全力行使の〈神狼穿空〉ならば一撃で破壊できるかもしれないが、グラヴィス相手に当てるのは相当に厳しいものがある。
彼女は穂先にギフトの力を集中させ、突く。楯の傷に向けられた牙は狙いを逸らされ、新たな傷を増やすだけに終わったが、その第一目的は十分に果たされた。
朱里のすぐ後ろから姿を現した翔がグラヴィスの胸に向けて突きを放った。直前の一突きで一瞬対応の遅れたグラヴィスは、剣によって弾く事を選ぶ。
「っ⁉」
だが叶わない。振り上げようとした腕の動きを立方体型の障壁が阻害する。翔の剣はグラヴィスの心臓へ向かって真っ直ぐ吸い込まれていく。
対して聖騎士の長は、流石というべきか、鎧の傾斜を使って剣先を逸らす。片手半剣は彼の鎧に薄らと傷を残すのみで、後方へと流されてしまった。
体の伸び切った翔の胸部へ、金属に覆われた足の一撃が突き刺さる。
「ぐっ……!」
楯破壊を狙った朱里の連続突きを前蹴りの動きに合わせて流しつつ、寧音の障壁を超えて繰り出されたその蹴りは、革鎧ごと翔の肋骨を砕く。追撃を試みたグラヴィスを煉二が炎の槍の雨を振らせ、妨害した。
その間に翔を寧音の天衣が包む。必要なだけの怪我を直した彼は、炎の雨が止むのと同時に大楯へ向けて闇色の矢を放った。
更に、短い溜めを入れた朱里の牙が再度、大楯を襲う。
「ちっ!」
縦に切りつけるそれは確かに大楯を削った。しかし想定以上にダメージを与えられず、朱里は思わず舌打ちをする。そこへ振り上げられた直剣は、辛うじて反射した彼女の肩当を切り裂いた。
――あの楯に闇属性の弱体化を通すのはキツイか。地道に頑張るしかないね、って、まずい!
グラヴィスが脇に構える剣に魔力が集中し、白金に輝いているのが見えた。それは、〈神聖魔法〉の輝きだ。
「皆、寧音の後ろに! 寧音!」
「もうやってますよー!」
煌々と輝き、空を白く染めるそれに、四人は緊張を隠せない。寧音が限界枚数の障壁を張り終え、その後ろへ三人が滑り込むのと、グラヴィスの剣が振り切られるのはほぼ同時だった。剣閃はまったく間に最初の障壁へ到達する。
――アルジェさんの言ってた通りなら、何か概念が込められている筈。いったい何の……。
答えは、すぐに示された。その斬撃が当たると同時に、障壁は破壊されていく。殆んど一切の抵抗をすることもなく、完全にだ。それが指す事実は一つ。
「破壊の概念だ!」
四人は即座に回避行動をとった。〈神聖魔法〉により破壊という概念を顕現させたそれは、今の翔たちに防げるものではない。しかし、横一文字に広がるそれを全員が回避するには、判断が遅すぎた。前衛二人はやや余裕をもって影響範囲からから脱出出来た。煉二もぎりぎりだが間に合いそうだ。だが、寧音が間に合わない。
「寧音!」
翔は叫び、足を止める。その視線の先で、煉二が方向を変え、寧音の前に出た。
「ちょっと、煉二君、何してるんですかー⁉」
「疾く奔れ! [雷矢]!!」
寧音の声を無視して煉二は足掻く。数多の雷が迫りくる白金の光に突き刺さり、破壊されていく。その度に破壊の剣閃が内包する力は弱まっているが、相殺は間に合わない。
煉二は覚悟を決め、杖に一度に放出できる全魔力を集中させて構える。
「もうっ! 煉二君は死なせませんー!」
「これは……」
寧音が煉二の体と杖に、〈神聖魔法〉で守護の概念を与えた魔力を纏わせた。
「ぐっ……!」
剣閃に添うように杖を当て、上へ受け流そうと試みる。煉二の魔力と寧音の魔力が破壊の概念に抵抗し、僅かな時間を作る。
ボロボロと崩れていく杖と、鎧。少しずつ上へ逸れていく一閃に触れ、煉二の眼鏡が崩れ去った。
寧音はもう一度、全力の〈神聖魔法〉を行使する。未だ拙い〈神聖魔法〉。それでも、神の奇跡は彼女に応えた。
「ぅうぉぉぉおおおおっ!」
煉二の杖が完全に崩れ去るのと同時に、それは彼らの頭上を通過していく。鎧はもう着れる状態ではなく、腕は皮膚を失って血にまみれ、蟀谷からも紅が流れ落ちる。だが、生きていた。二人とも生き残った。
翔と朱里がほっと一息を吐く。その次の瞬間、寧音に向かって剣を振り上げるグラヴィスの姿を瞳に捕らえた。
目を見開き、己に迫る刃を見つめる寧音。彼女の胸部に一筋の赤い線が刻まれる。
「っ!」
朱里が一足飛びに距離を詰め、槍を振るった。飛び退くグラヴィスに、翔が追撃を加える。
「だ、大丈夫ですー。生きてますー」
寧音の少し苦し気な声に、翔たちは改めて安堵する。今度はグラヴィスから視線を離さない。
彼女は反射的に〈身体強化〉を集中させ、防御力を高めていた。アルジェたちとの訓練で身に着いた癖が、彼女の命を救った。
自らの傷をある程度治療すると、寧音は煉二をぎゅっと抱きしめる。そして天衣で愛しい彼を抱擁した。
「……今ので寧音は落とせないとは。お前たちは、本当に強くなったのだな」
グラヴィスの声に感慨のようなものを感じ、翔は首を振る。
「そうです。陽菜を、祐介を、助けるために。……祐介は死にました」
何となしに付け加えた情報に、グラヴィスは、そうか、と目を伏せる。
「陽菜は、死なせません。あなたを倒して、絶対に助けます!」
グラヴィスの返事は、彼自ら踏み込んでの袈裟切りだった。
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