君の為に翔ける箱庭世界

――神々は彼らを役者に選んだ
かかみ かろ
かかみ かろ

第三十三話 疾く、最愛の下へ

公開日時: 2021年5月30日(日) 08:02
更新日時: 2022年12月21日(水) 06:12
文字数:2,855

タイトルの「疾」の読みは「とく」の方です。

 もの凄い勢いで近づいてくる翔たちに、門兵は警戒する様子を見せる。しかし馬が自国の軍馬だとわかると、彼らは武器を下ろして手を振ってきた。


「伝令か何かだと思っているみたいね」

「鎧が白っぽいから、勘違いしちゃったんですねー」


 これは好都合だと更にスピードを上げる四人。もう数秒で門に到達するというような頃になると、門兵たちも流石におかしいと気が付いたらしい。慌てたように後方へ指示を出し、門を閉めようとする。


「突っ切るよ! 煉二、お願い!」


 構わず馬を進ませながら、煉二は返事代わりに魔法の構築を開始した。


「風よ弾けよ! [風爆ふうばく]!!」


 その短い詠唱に従い、エーテルの変化した疑似的な圧縮空気が破裂し、閉まりかけた門を無理矢理こじ開ける。アルジェとの修行で瞬時に魔法を構築するのが苦手だと分かった彼は、事前に構築した独自魔法のイメージと詠唱を紐づけ、それを鍵として魔導スキルに同じ手順を行使させるという方法を選んでいた。今ではたった一言でも、以前なら数倍の長さの詠唱が必要だった魔法と同等の威力が出せる上、詠唱した直後なら無詠唱で同じ魔法を構築できるようになっている。それは紛れもない、弛まぬ努力の成果だった。

 門ごと吹き飛ばされた兵士たちを尻目に、大通りを駆ける。日常を過ごしていた人々は何事かと振り返り、スピードを緩める様子のない彼らを発見して慌てて道を開ける。まだ人通りの多くない早朝だったのが幸いしていた。


「どいてどいて!」


 声を張り上げ、自分たちの存在を知らせる。鬼気迫る様子の翔だが、まだその程度の理性はあった。時折曲がり角で減速させられながらも、関係のない市民に怪我を負わせること無く、最高速で城を目指す。迎撃の為に用意された空間も、強襲に配置が間に合わず用を成さない。


「くっ、魔道具で連絡したのか……!」


 ようやく見えた城門は今にも閉まりそうになっており、跳ね橋はもう殆ど上がりきっている。門の上に並んでいるのは、いしゆみを構えた弩兵どへいや魔法使い、それに、魔導兵器を運用する砲兵たちだ。


「寧音、いけるよね!」

「当然ですー」


 彼女の障壁は降り注ぐ矢も魔力が起こす現象も、その一切を遮断する。そもそもが一定以上の使い手には殆ど通用せず戦場の主役になれない兵器たちと、知識と質に劣る法王国の魔法使いたちの魔法だ。主にブランの師事を受け、一定以上へ踏み入れた寧音のそれを破れるはずがない。

 寧音の作る傘に守られながら、翔は闇属性の作用を込めた魔法の矢を撃ちだす。それは跳ね橋を支える二本の鎖にそれぞれ命中した。


「やっぱこれだけじゃダメだよね」


 結果はわかっていたと翔は馬の上に立ち、タイミングを見計らう。このままなら、あと十秒もしない内に水の湛えられた堀へ突っ込む事となるだろう。


「ちょ、翔、何するつもり⁉」

「跳んで、切る!」


 慌てたような朱里の返事に短く答え、翔は馬の背を蹴る。そして鎖の一本に切りつけた。頑丈な魔法金属が用いられ、その上で強度を上げる付与もされているそれは本来、不安定な体勢となる空中で剣を振って簡単に切れるものではない。しかし闇属性の魔法によりそれら全てを弱められていた鎖は、格段に向上した翔の技量もあっていとも容易く繋がりを断たれる。

 翔はそのまま切れた鎖の一方に捕まり、城壁を足場にアルジェから教わった技の一つを繰り出した。

 ――川上流 鎌鼬かまいたち


 所謂、飛ぶ斬撃だ。彼が教わった中で唯一完全に修得できたそれは、もう一本の鎖へ命中し、断ち切る。支えを失った橋は重力に引かれ、再び水上に道を作った。


「やっぱりファンタジーと言えば飛ぶ斬撃ですよねー!」

「いや、知らないけど……。それより翔! 無茶しない!」


 叫びながら朱里も門へ向かって飛び、空中で短槍を振り上げる。そしてそのまま、〈神狼穿空しんろうせんくう〉の力を宿して振り下ろした。スキルの制御を応用し限定的に発動させたのだ。加速効果は大きく制限され、威力は普段の一割にも満たないが、門を穿つには十分。彼女の牙は分厚い金属の門を紙のように削る。

 三人は馬から降りてその隙間へ滑り込み、翔は鎖を上って騎士や兵士たちへ光の矢の魔法を放ってから門の向こう側へ飛び降りた。


「あんた、無茶しすぎ」

「大丈夫」


 上から降ってきた翔へ文句を言う朱里の声は、彼の心に響かない。相変わらず張り詰めた表情のまま前しか見ない翔に、朱里はあっそ、とだけ返した。煉二は後ろから二人の様子を眺め、首を横に振る。


「何にせよ、急いだほうが良さそうだな」

「ですねー」


 煉二と寧音は上方を見ながら眉間に皺を寄せる。彼らの〈魔力感知〉は、祭祀場で既に儀式が始まっている事を知らせていた。

 ――俺が、俺がやらなきゃなんだ。でないと、俺のせいで、また……。


 より一層募る焦燥感に、翔は歯を食いしばる。


「来た! 新手よ!」


 朱里の警告と同時に城の扉が開き、何人もの騎士たちが姿を表した。城門に詰めていた者たちの混乱も収まったらしく、後ろから多数の足を音が迫る。


「ここは俺がや、おいっ、翔!」


 魔法を構築しようとした煉二の声が聞こえなかったのか、翔がスピードを上げた。先頭の騎士へ向けて『鎌鼬』を放ち、足の止まった所へ切り込んでいく。


「これじゃ魔法は撃てませんねー」

「仕方ない、私たちも突っ込みましょ!」


 舌打ちをしつつ、朱里が翔に続く。後衛メインの二人もその後を追った。

 拙いながらも騎士たち同士の距離が近くなるように立ち回り、相手の動きを制限した上ですれ違いざまに切りつけ、或いは打つ翔たち。毎日武の頂に座す姉妹と切り結んでいた四人にとって、騎士たちの動きは分かりやす過ぎた。

 やがて騎士たちの壁を抜け出た翔は、頬に小さなかすり傷があるのみ。後ろの三人も殆ど無傷のまま突破する。

 脚力の強化に魔力や気の力を集中させた彼らには、一介の騎士たちでは追いつけない。徐々に彼我の距離は離れていく。更に、煉二の置き土産、圧縮空気を解放する[風爆]の魔法が彼らを吹き飛ばした。


「この感じ……。儀式はいったいいつ始まったのだ?」


 勝手知ったる城内を駆けあがりながら、煉二が疑問を漏らす。魔力の高まり具合からして、聞いていた儀式開始の予定時間から始めたにしては段階が進みすぎているように思えたらしい。


「たぶん、最初の戦場から連絡がいって予定を早めたのね」


 朱里の言葉を聞き、翔が速度を上げる。既に煉二と寧音には少し辛い速度だ。

 時折現れる騎士達を無言のまま翔が一人で突っ込んで対処するということ繰り返し、上へ上へと駆ける。彼の鬼気迫るその執念は〈心果一如しんがいちによ〉によって力へ変えられ、法王国の護りを薄っぺらい紙だと言う様に容易く食い破っていく。

 そして、とうとう純白の石を積み上げた螺旋階段に差し掛かった。

 ――もうすぐだ。この上に、陽菜が……!


 以前と異なり、彼らの足を緩める背中は存在しない。ここまでくればと防御を殆ど考えずに、速く走るためだけの強化を行った。頭上の真っ白な光は見る見る近づいてくる。

 そしてその光の幕を抜け、四人は戻ってきた。あの日、友たちに再会を誓った、光降り注ぐ祭祀場へと。



読了感謝です。

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