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そうして、瞬く間に時は過ぎていった。
一つ目の陽がアルジェの城を明々と照らし、二つ目もその頭を覗かせている。上空は風が強いのか、雲が動いているとはっきり分かる速さで流れ、ひと時の間翔たちに影を落とした。
「初めに比べれば、随分と強くなったわね」
既に閉じられた玄関の扉を背に、アルジェが言う。その顔に浮かぶのは、我が子を慈しむような笑みだ。
「アルジェさん達のおかげです」
静かな、しかし自信に溢れた、強い声。
翔は、確かに強くなった。翔だけではない。他の三人も。
「今のあなた達だったら、きっと聖騎士団長さんにも勝てるよ!」
「うん」
長姉の左右で、スズネが笑い、ブランが頷く。
「ありがとうございます。アリスさんとコスコルさんも」
「アリスさーん、終わったらまたお菓子食べに来ますねー!」
朱里と寧音が後ろで控えていた二人へ視線を向ける。二人はいつものように静かに微笑み、一礼した。
「全部終わった後も、いつでも来なさい。他の子たちも喜ぶわ」
アルジェは視線を上階部分の窓に向けて言う。そこには、手を振る城の使用人たちの姿があった。寧音は彼女らに手を振り返した。
「あと私に出来るのは、戦場まで送って行ってあげる事と、あなた達の助けた他の子の洗脳を解いてあげる事だけね」
「十分すぎます」
どこか申し訳なさそうに言うアルジェに、翔は首を振る。
「みんなを助けるのは、俺たちのやるべき事ですから」
「ああ、その通りだ」
翔が目をやれば、当然と三人も頷く。
「装備も強化して貰いましたしねー!」
見た目こそ白い革鎧で変わっていないが、その防御力は数段上がっている。アルジェが壊してしまった翔の鎧を修復する際、ついでにと全員分の鎧に刃物や衝撃を防ぐ付与を施していた。
アルジェは、そう、と微笑み、表情を真剣なものへと変える。
「いい、あなた達の戦場は二つ。一つ目の戦場の近くに転移したら、私たちはどこか適当な場所で待っているわ。同級生の子を助けたら、そこへ向かわせなさい」
時間的に護衛する余裕は無いだろうから、続ける彼女に翔たちは頷いた。二方面作戦なんてものをとった法王国へ、彼らはつい苛立ちを感じてしまう。
「その後はすぐに次の戦場へ移動するのよ。場所は、昨日話した通りだから」
「分かりました」
改めての確認を終え、翔たちの様子に頷くと、彼女は後ろへ振り返ってアリスたちに目くばせをする。そしてすぐに翔たちへ視線を戻した。
「それじゃあ、そろそろ行きましょうか」
「はい」
翔が返事をした次の瞬間、辺りの景色が変わった。法王国から出立した時と違い一切の予兆を感じられないそれに、一瞬惚けてしまう翔たちだがすぐに気を取り直す。戦場は、黄昏時も終わろうとしているような時間帯だった。
「あの窪地にある森、私たちはそこで待ってるわ」
彼らが姿を見せたのは、法王国から国境を越えた位置にある、小高い丘の上。遠くの方に、軍の本陣らしきものが二つ見える。
そこからアルジェは、翔たちの強化された視力でギリギリ見える距離にある森を指さした。戦争に駆り出されている面々なら、本陣から一時間ほどで辿り着けるだろう。
――良かった、まだ戦った形跡はない。それに、時間も丁度いい。
翔はアルジェの示した森を確認すると、すぐに両陣の間にある空間へと意識を向ける。夕闇に目を凝らしても、見えるのは自然に整った地面ばかりだ。
「それじゃ、頑張ってね!」
「応援、してる」
スズネとブランの言葉に四人は気合の籠った返事を返す。それからアルジェへ向き直り、改めて礼を告げた。
「アルジェさん、本当に、ありがとうございました!」
「いいのよ。ほら、早く行きなさい。……大丈夫よ、あなた達なら」
「はい!」
法王以上に簡単な激励だ。しかし、そこに込められている思いの丈は月とスッポンほどに違う。自然に湧き上がる高揚感。心地の良いその感覚に、翔たちは駆け出した。
読了感謝です。
夜にもう一話いきます。
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