⑭
タブルの演説は彼のカリスマが見た目だけのものではない事を示すような、力のあるものだった。聞いている民衆の誰もが聞き入り、瞳を燃やしている。その炎の向けられる先は現皇帝であったり彼ら革命軍であったり様々だが、タブルの話す言葉に引き込まれているのは変わりない。
――この人たちは、本気で今の皇帝を倒すことが正しいって思ってるんだな……。
外から見れば、一目瞭然、分かり切った事実も、内側にいては見えない。だからこそ、正当ではないと分かっている強硬な手段を以てしてでも、革命軍は帝国の現体制を変えようとしていた。正しい意味での確信犯だ。
――でも、こんなの、ただの自爆だよ。そんなのに毒島を巻き込めない……!
突如、演説を聞きながら考えに耽っていた翔のスキルが警笛を鳴らした。スキルの捉えたのは四方八方から詰め寄ってくる力ある気配の群れ。感じられる強さは、平均してBランク程度。
――騎士団か!
同時に、一番外側で警護に当たっていた兵士が叫ぶ。
「襲撃だ!」
その声と共に広場になだれ込んできたのは、冒険者のような姿に扮した様々な種族の者たち。その動きは明らかに統制されており、見るものが見れば騎士たちだと明らかだ。襲撃者である彼ら自身、それを隠すつもりはない。
剣と剣のぶつかり合う音が広場に響いた。
それを皮切りに、演説を聞いていた住民たちが方々へ散る。
騎士たちの勢いは留まる所を知らず、すぐに翔と陽菜も剣を合わせることになった。とはいえそこは格の違いか、殆ど負傷させる事無く抑え込んでいく。
――おかしい。この騎士たちの動きはタブルさんを狙ったものじゃない。それに、ここで襲撃を掛ける意味は薄いはず……。
「その者は私が抑える!」
翔の思考を遮り切りかかってきたのは、他の騎士たちより明らかに強い気配を持った大柄の『龍人族』だ。袈裟切りに切りかかってきた剣を受け止め押し返そうとするが、叶わない。両者の剣が金属同士の擦れ合う不快な音を鳴らす。
――この人、上手い!
見た目からして力押しかと思えばそうではない。確かな技巧を以て、鍔競り合いを保っている。
「(貴殿がカケルだな。間もなく時計台の上からレンジが狙撃を行う。防げ)」
「っ! (そういう事ですか、了解)」
意図の分からなかった今回の襲撃は、翔たちが革命軍内で信用を得るためにあったらしい。腑に落ちた様子で、翔は周囲を確認する。見れば、タブルも細剣を手に取り騎士たちと切り結んでいる。
一見すれば押しているように見えるが、その位置は徐々に時計台の正面へ移動していた。
「(タイミングは合図の魔法を撃ち上げてから五秒後だ。ヒナには別の者が伝えた。合図と同時に離れるぞ」
騎士は翔が頷いたのを確認すると、ゆっくり一、二と数を数え始める。そして三の声と同時に、互いに押し合う剣へ力を込めた。反動で互いの間に距離が生まれる。
「[風爆]!」
翔が生まれた空間で解放した圧縮空気は彼と騎士を吹き飛ばし、自然に引き離す。当然二人の前には翔の張った障壁があり、ダメージは無い。
「大丈夫かい?」
「はい、問題ありません」
ちょうど着地した辺りにいたタブルの声に視線を向けぬままに返して、時計台の位置を確認した。
――少し飛びすぎたな。もう少し手前で降りるつもりだったのに。
想定以上に魔法の威力が高くなってしまったことを不思議に思いながらも、やるべきことは忘れない。切りかかってきた近くの騎士の剣を捌きながら合図を待つ。
その騎士を蹴り飛ばしたのと、合図の魔法が打ち上げられたのは殆ど同時だった。小さな火球が上空で弾ける。
――来た! 一、二……。
数えながら行った〈魔力察知〉が、覚えのある静かで温かい魔力の急激な高まりを捉えた。煉二が何の魔法を使おうとしているのかを理解して、慌てて剣に魔力を纏わせる。
――噓でしょ煉二!?
そして、タブルと時計台の間に割り込み〈直観〉を頼りにして剣を振るった。途端に弾ける閃光。遅れて雷鳴が轟き、既に去った脅威を知らせる。
「今のは……!?」
「タブルさん!」
革命軍の兵士たちに動揺がはしった。
その間に再び雷光が閃き、剣閃に打ち落とされる。
「私が行きます! 翔君はタブルさんを!」
走り出した陽菜の背中を追い、遅れて何人かの革命軍兵士が走り出した。彼女の声に応える余裕は、今の翔にない。三度の[雷矢]を切り裂いて、返事の代わりとする。
――煉二のやつ、容赦無さすぎだろ……!
一瞬でも気を抜けば、雷の矢は翔ごとタブルを貫く。それほどの魔力が込められている。加えて彼のユニークギフトが、一矢ごとにその威力を高めていく。
――くっ、手が痺れてきた……!
既に全力に近い。一事に専念し繰り返した時の友の力に、驚愕を禁じ得ない。
幾度も都度強化されて降り注ぐ雷を、その度に剣を振るって打ち落とすが、雨の止む気配はない。
それからどれ程の死を切り払ったのか。雷撃が収まったのは、そろそろ翔では余波を殺しきれなくなってきた頃だった。
「退却!」
騎士の一人がそう叫ぶと、急に革命軍と翔の体に常の数倍の重力が圧し掛かる。それが寧音の〈結界魔導〉によるものだと翔にはすぐに分かった。翔とタブル以外が膝を突き、どうにか耐える中、騎士たちはわき目もふらず走り去っていく。重力が常のままであったなら土煙が朦々と待っていただろう勢いだ。
そして数十秒後にはもう、広場は戦いのあった気配を残すばかりとなっていた。
「……終わった、のか?」
兵士の誰かが言った。
「……どうやら、そうみたいだね」
返したタブルの言葉に、全員が一斉に息を吐く。翔ばかりは異なる理由ではあったが、自然と漏れたものに代わりはなく、疑われることは無い。
「お疲れ、カケル。助かったよ」
「いえ、お怪我はないですか?」
大丈夫だと返す彼の返事に翔は頷いて、剣を納める。一応腕を魔法で回復させようとするが、彼の技量では完全に痺れを取れない。
――陽菜に頼むしかなさそうだね。
そう考えたのは翔の察知に彼女の気配が引っ掛かるのとほぼ同時だった。ほっと息を吐き、彼女の来る方へ向かう。彼女は翔が視界に入ると、軽く目を伏せて首を横に振った。
「逃げられたみたいだね」
「はい、すみません」
翔の様子に気が付いてタブルも付いて来たらしい。すぐ斜め後ろから聞こえた声に翔は振り返る。タブルに怒っている様子はない。
「気にしなくていい。それよりも早く撤収しよう。早くまともな治療を受けてもらいたい。それに、彼らをしっかりと弔ってやらねば……」
翔と陽菜はタブルの視線の先にあるものに視線を向け、一瞬目を伏せてから頷いた。
目隠しをされなかった帰りの馬車は、往路よりも少し、寒々しく感じた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!