④
翔たちは二人部屋を二つとった後、部屋の確認だけして一階の酒場へ移動した。殆どの席は埋まっていたが、体よく五人掛けの机を見つけてそこに座る。
「上は結構綺麗にしてあったね」
「ですねー。反対側の廊下は二階の玄関に繋がってるって話でしたし、客層が酒場と少し違うのかもですねー」
女性陣の会話に翔は苦笑いしながら、壁に掛けてあるメニュー表へ目を通す。大方は魔物の肉を使った郷土料理だが、時折和食として覚えのある名前を見つけて首を傾げた。
「なんか、ここの連中が信仰してる武神サマってのが広めたんだと」
翔の視線の先に気が付いたらしい。へぇ、と翔は毒島に返す。
――アルジェさんのお祖父さんがそう呼ばれてるんだっけ?
以前、そんな話を聞いた覚えがあった。彼女より更に前の時代、アルティカがまだ【調停者】となるより以前に、アルジェの転生前の祖父も『龍人族』として箱庭世界に生まれ直していたという話だ。
アルティカから聞いたのか、アルジェから聞いたのかは定かではないが、そのアルジェの祖父ゲンリューサイはアルジェに武を教えた人物であり、強さを尊ぶ『龍人族』や他の一部の種族から武神として信仰の対象になっているのだという。翔たちのあずかり知らぬところではあるが、『クレド宮殿』で対峙した武神の残滓樹は、セフィロトがゲンリューサイの魂の残滓から動きや性格などを劣化再現した存在だった。
「それで、何にするか決まったか? お勧めは定食って付いてるやつだな」
「じゃあ、アッシュチキンの照り焼き定食にしようかな」
「俺はカレー定食にするか」
「ん-、私はウェセク煮定食っていうのが気になるかな」
「ちょっと待ってくださいー! えー、じゃー、あっ! ボルカフルーツパフェって言うのにしますー!」
それぞれに自分の選んだ料理を告げる中、最後まで迷っていた寧音の選択に皆が苦笑いを浮かべる。勧められた定食ではない上に、デザートの類なのだから彼らの反応も仕方がない。毒島などは相変わらずだと、どこか嬉し気に漏らしている。
「な、なんですかー? 別にいいじゃないですかー!」
そう言って頬を膨らませる寧音は煉二に任せる事にして、翔は店員を呼んだ。彼が仲間たちの選んだメニューを代わりに伝えた後、毒島がステーキ定食と、聞きなれない名前の何かを注文する。
「ボルキーラ?」
「ああ、この辺で作ってる酒。そういやお前らは飲まないのか?」
「うん、まだ二十歳超えてないし」
当たり前のように言った翔に毒島は、相変わらず変に真面目だと笑いかける。実際、世界的に見ても一部の地域を除けば飲酒に年齢制限を儲けた法律はなく、精々が慣例的にいくつまでは飲ませないとされているくらいだ。身体強度も圧倒的な差がある為、健康面で特に問題になりづらいのも理由の一つだろう。
その辺りの事は分かっている翔だが、日本の常識が邪魔をして何となく、未だ飲酒をしていない。他の三人も特段強い興味があるわけでは無かったため、同じく飲酒をしていなかった。
「勿体ないなぁ。て、ああ、そうか、思導たちは日本に戻りたい組だったか」
「うん。毒島は、やっぱり残りたい?」
「そうだな、こっちの方が性に合ってるとは思う。思導みたいに主人公はしてないけどな」
やっぱり、と思いながら、翔は毒島の言った主人公という言葉に首を傾げる。
「俺、主人公なんてしてる?」
「ああ、してるよ。なぁ?」
毒島の視線は陽菜に向けられている。釣られて翔も彼女の方をみれば、陽菜は陰りの一切ない笑みを浮かべ、そうだね、と肯定する。
「私の為に城に乗り込んだ時とか、ね」
本当に嬉しそうに言うものだから、毒島も何か言う気にならなかったのか、ため息を一つ付いて厨房の方をちらと見た。ちょうど先ほどの店員が四つのお椀を盆に乗せて出てくるところだった。
店員が翔たちの卓にやって来たのは、それからすぐの事だった。
「お、来た来た」
「はい、定食の味噌汁四つねー」
店員の告げた言葉を、翔は思わず復唱してしまった。
「味噌汁?」
「そうそう、あの味噌汁。ここら辺で定食って言ったら、味噌汁とメインの料理って意味なんだ。これも例の武神様関係な」
へぇ、と返しつつ、翔たちは味噌汁に口をつける。少し違う様な気もするが、懐かしい香りを一口二口と飲み込んで、ほっと息を吐いた。浮かんでいるのは、お豆腐らしきものと、オレンジ色をしたタマネギの様な何か、それから輪切りにされた細い緑のもの。オレンジ以外は、記憶にあるのと何ら変わらない。
「美味いだろ?」
「うん、美味しい。ほっとするというか」
「そうそう。だから俺も、この辺に来たら絶対来るんだ」
毒島は自慢げに笑うと、少し目を伏せて、笑みを柔らかに変える。
「そういう意味では、俺もあっちが懐かしいのかもな……」
「毒島……」
一瞬見せられた寂しげな雰囲気。翔のお椀を持つ手に、力が入る。
――やっぱり、どうにかして手がかりを手に入れないと。
「ぶすじ――」
「なぁ、思導」
俺たちがどうにかするから、そう言おうとした言葉は、毒島に遮られた。
「おまえら、まだ日本に帰る方法を探してるのか?」
何気なく、しかし真剣な眼差し向けられ、虚を突かれてしまう。それがネガティブに映らない様に、友の視線を正面から受け止め、同じ視線を返す。
「うん。見つかるまで、探し続けるよ」
「……そか。やっぱお前、主人公だよ……」
それきり、彼は黙ってしまう。それがどういう沈黙かは翔には分からなかった。
なんと声かけるか迷ってる内に、頼んでいた料理が来る。
「ほう、スパイシーなカレーが来るかと思ったのだが、匂いは甘めのものだな」
沈黙を破ったのは、最初に配膳された煉二の、そんな声だった。
「ほんとですねー、なんていうか、フルーツの甘さー?」
寧音以外も同じ感想なようで、頷いている。具材を見てもそれらしきものは入っていないが、確かにフルーツの少し酸味が混じったような甘い香りが漂っていた。
「火山地帯だし、俺もスパイシーな感じが来ると思った」
「はは、どういうイメージだよ。この辺は結構フルーツも多いぞ?」
毒島の顔にようやく見慣れた笑顔が浮かび、翔はこっそりと胸を撫でおろす。陽菜にはバレていると気が付いていたが、彼女はそっと微笑みを作るばかりで何も言わない。そうしてくれるだろうとは翔も思っていたので、視線を一瞬向けるだけにとどめて、何も表には出さななかった。
そうやって話している間に全ての配膳が終わっており、翔の前にも、よだれを誘う醤油の香りが。それにもなんとなく、甘いような酸っぱいような、でも苦いような、そんなフルーツの香りが混じっているように感じられた。
料理が出てからは特に暗くなることもなく、昔のように食事を楽しんだ。全員がつい、合掌していただきますと言ってしまったのを笑ったり、酔った毒島に煉二が絡まれていたりと、今でこその場面はあったが、些細な違いだった。
その問いを投げかけられたのは、宵も酣の頃を過ぎ、だんだんと酒場をにぎわす客の声も少なくなってきた夜更けだった。
「お前ら、革命軍って、知ってるよな?」
「え、うん」
唐突で、脈絡のない問いだった。
「どの程度知ってる?」
「うーん、少し前に帝国の内戦に負けて追放された派閥で、今も帝位簒奪を狙っていて、ゲリラ攻撃を繰り返しながら幾つかの街を占領してるって事と、侵略肯定派ってこと、それからリーダーが元公爵って事くらいかな?」
指折り数えながらこれまで手に入れた情報を告げる翔を、毒島はじっと見つめる。
「市井に出回ってる情報は大体知ってるみたいだな」
「え、うん、たぶん?」
少し引っ掛かりを覚えはしたが、彼にはそれが何か分からない。肯定しながらその正体を考えようとして、しかしその前に、答えは示された。
「思導、お前ら、革命軍に来ないか?」
一瞬何を言われたのか、理解ができなかった。
「今の皇帝は、他国の力を使い、前皇帝を無理やり排してその地位に就いたんだ。可笑しいだろう? そんなことが許されていいのか? 前皇帝の意思を継ぐお方こそが、正当な後継者じゃないのか?」
声は落とされているものの、突如人が変わったように語りだした旧友に、翔は声も出せない。ただ、彼の熱心な演説を、間抜けな顔を晒して聞いていることしかできない。
「ぶ、毒島君、突然どうしたの?」
「どうもこうもない。なあ、俺が言えば、リーダーも歓迎してくれるはずだ。悪い話じゃないだろ?」
翔には、現実を受け止めきれない。翔だけでない。言葉を挟んだ陽菜も、煉二も、寧音でさえも、何も言えずに固まるばかりだ。
「……明日もう一度聞く。その時までに決めておいてくれ」
なお何も言おうとしない翔たちに毒島はそう告げると、自分の分の代金だけをおいて二階へと戻っていった。
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