君の為に翔ける箱庭世界

――神々は彼らを役者に選んだ
かかみ かろ
かかみ かろ

第百八話 動機

公開日時: 2023年3月11日(土) 10:07
更新日時: 2023年7月12日(水) 06:36
文字数:2,525

◆◇◆


「我らが恩人に!」

「恩人に!」


 夕餉の席は、翔達に向けた乾杯で始まった。二人と同じ卓に着くのはブルドの他、今回の護衛を共にした数人の兵士、それから毒島だ。彼らはその手に握った銀色のグラス同士を打ち合わせて鳴らし、一気に煽る。なみなみと注がれた透明のソレからは甘い香りが立ち上っており、既に顔をほんのりと朱に染めている者もいた。


「一仕事した後のボルキーラは最高だな、おい!」

「またかブルド、一気に飲みすぎだ。もう酔ってるじゃないか」

「固いこと言うなって」


 隣の男の肩に腕を回しだらしなく笑う姿は、翔達の初めて見るブルドの一面だ。しかし周囲の反応は慣れたもので、絡まれて苦言を呈した男もそれ以上何も言わず料理へ手を伸ばしている。


「この人はいつもこうなんだ。気にするな」


 実際毒島ぶすじまも特段気にした様子はない。大皿から甘辛いフルーツソースのかかった唐揚げをとって自分の皿に山を作っている。


「ん? 食うか? なんつったか、鳥の魔物の肉の唐揚げだ、上手いぞ?」

「あー、じゃあ貰おうかな」


 唐揚げを自分と陽菜の皿により分けながら、周囲を見渡す。どの席もどんちゃん騒ぎで、ブルドのように誰がどう見ても酔っぱらっているとしか思えない者も少なくない。

 ――仲間が死んだ割には普通だなぁ。


「どうした?」

「いや……、何でもないよ」


 翔は一瞬視線を落としてから毒島の目をまっすぐ見つめ、言う。それが不自然に見えたようで、毒島は翔の視線を追った。


「……ああ。いいんだ、これで。飯の時くらい、楽しくやろうぜ」


 命を落とした仲間の事を、彼らが悲しんでいないはずがなかった。彼らはただ、その悲しみを紛らわすために酒に酔っていた。一つの現実逃避ではあるが、そうしなければ前に進めないと彼らは考えていたのだ。


「……これ、ホントに美味しいね」

「だろ? うちの料理担当の得意メニューなんだ」


 箸を置き机の下で彷徨わせた手が、同じように彷徨っていた陽菜の手を捉える。お互いの手を握る力は、いつもより少し強い。


「なんだなんだ? 心気臭せぇ辛しやがって。ほらカケルも飲め飲め!」

「ちょ、ブルドさ、俺は飲まないんだって!」


 ブルドは急に話に入ってきたかと思うと、まだいくらか水の入ったままのグラスに酒を注ぎだす。抵抗するが、める気配はない。


「感謝してるんだぜ? もしあの時、タブルさんがられてたら……。俺たちの誰もが、死んじまった奴らも含めて、死ぬ覚悟くらいはとっくに出来てるんだ。それでもよ……」

「ブルドさん……」


 グラスに半分ほどまで注がれたボルキーラが細かく波を立てる。


「ブルドさんは、――」


 翔が言葉を探していると、陽菜が先に口を開いた。


「ブルドさんは、どうして革命軍に入ったんですか?」


 本当であれば聞かなくても良い、聞かない方が良い類の話だ。皇帝への反逆は死罪であり、翔たちの目的を達成したならば、彼らとはもう二度と会えなくなってしまうのだから。強さこそが最も貴ばれるのは、帝国軍であろうと革命軍であろうと変わらない。敗者、弱者は生きる権利を主張する事さえ許されない。


「どうして、ってそりゃ、決まってるだろ。今の帝国がおかしいと思ったからだ」

 

 逆に言えば、勝者たれば己の主張を当然と通せる。


「帝国は、『龍人族ドラゴニユート』の国だ。誇り高き『龍人族』が、他国を恐れて戦わないだと? そんな腑抜けた皇帝に俺たちの未来を任せる事なんて出来ない!」


 そうだろう? とブルドの問いかける声に反応するのは一人や二人ではない。食堂中から聞こえる肯定の声。翔と陽菜からすれば理解しがたい価値観ではある。

 ――でも、それが『龍人族』の種族性、か……。


「まあ、『人族』のお前たちには分からねえ感覚ってのは分かってるよ。だから正直、ショウエイが来たときは驚いた」

「ああ、俺もだ。騎士団の回し者だって疑ってたやつも少なくねぇな」


 ブルド達の話始めたところによると、毒島が革命軍に入ったのは殆ど偶然だったという。冒険者としての仕事中に偶々革命軍のアジトを発見してしまったのだ。警戒し拘束しようとする兵士たちを相手に大立ち回りを演じた彼はブラウマに敗北した。その後は最高幹部たちしか知らないらしいが、ウズペラの部屋に連れ込まれた後、毒島は革命軍の一員となったらしい。


「で、実際何があって俺たちの仲間になったんだよ?」

「……別に変な話はない。単にウズペラさんの考えに共感しただけだよ」


 付き合いの長い翔には、その言い方がどこかぶっきらぼうな様に感じられた。しかし他の兵士たちには分からない程度だったようで、毒島の言っている事に納得を示すばかりだった。


 酒宴の幕が下りたのは一つ目の月が完全に沈んだ頃だった。毒島が革命軍に入った時の話をきっかけとして、思いのほか思い出話が盛り上がってしまったのだ。翔たちから何かを話すという事は殆どなかったが、一縷の望みを探して、最後まで聞き役として場を盛り上げた。

 そんな二人は今、与えられた部屋のベッドに並んで腰かけ、釣り下がったオレンジ色の優しい光に照らされる天井を眺めていた。


「ブルドさんたちを説得するのは、無理だろうね。全部終われば、死罪だよ」


 鈴の鳴るような声とは裏腹に、言葉は重い。


「うん。毒島だけなら、もしかしたら説得できるかもしれないし、頼めば減刑してもらえるかもしれないけれど、うん……」


 革命軍に潜入したこの数日間で、ブルドたちが邪悪な人間ではないと分かった。『龍人族』らしい価値観を強く持ってはいるが、それだけだ。できれば彼らの命も救いたかった。


「例え愛国心からくる行動だったとしても、この国では、この国でも、負ければ悪、か……。翔君、それでも、やる?」

「……うん、やるよ。そうしないと、日本には戻れないなら」


 視線を正面に戻して翔は言う。上体を起こしたことで、背中側にできる影が濃くなった。


「……そっか、わかった」


 強く真っ直ぐな目の彼の横顔を陽菜がじっと見つめる。彼女の長いまつ毛が少し、振るえた。

 

「でも、毒島の説得だけは頑張ろう。毒島の事はまだ、諦めなくていい筈だから」


 陽菜に向き直った翔の顔には柔らかい微笑みが浮かべられ、薄らと影を作っている。だから彼女はその影を消し去れるように、うん、と目いっぱいの笑顔で頷いた。



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