君の為に翔ける箱庭世界

――神々は彼らを役者に選んだ
かかみ かろ
かかみ かろ

第百十八話 陽は没す

公開日時: 2023年5月26日(金) 23:41
更新日時: 2023年7月12日(水) 06:38
文字数:3,855

「お互い、手加減は無しだ。合図は要らないな?」

「うん」


 一瞬毒島は表情を歪め、それを隠すように〈神毒召影しんどくしようえい〉で猛毒の霧を生み出した。明らかに危険だと告げるような暗紫色の霧は、見る見る広がりながら翔へと迫る。

 ――目的は目隠しか。でも、それよりも、このままじゃ皆が巻き込まれる……!


 ちらと後ろを見れば、放心したままの革命軍幹部たちに、檻に囚われたカイル。目隠し目的でも、ユニークギフト由来の毒霧だ。油断はできない。どうしたものかと思考を巡らせる翔の耳に届いたのは、頼もしい仲間の声だった。


「翔君、治療終わりました!」

「ナイス! 煉二、檻の破壊をお願い! 寧音と陽菜は皆を守って!」


 すぐに指示を出し、毒島に全ての意識を向ける。と同時に、毒島の気配が大きくなった。その感覚の示すにしたがって剣を振るうと、金属同士のぶつかる甲高い音が響く。


「そんな心の乱れたままで、俺と戦う気!?」

「うるせぇ主人公!」


 毒島もグラシア姉妹からの教えは受けている。為ればこそ自身の精神状態が拙いことは分かっているはずだった。にも拘らず彼は怒りを露にする。

 ――そんなに、怒ってるのか、毒島……。


 込み上げてくる遣り切れない思いを隠し、毒島の剣を押し返した。それから[風爆]の魔法で毒霧を散らす。

 殆ど同時に背後で稲妻の炸裂する音が響いた。カイルを解放するために煉二が魔法を撃ったのだ。

 ――カイルさんは、無事解放出来たみたい。


 一瞬陽菜とアイコンタクトをして、[光槍]を三本、毒島へ向けて撃ちだした。これは毒の壁で防がれるが、距離を詰めるには十分。即座に肉薄して、上段から剣を振り下ろす。


「今だ! 行って!」


 言い切ると同時に再び剣と剣がぶつかり合った。後ろで陽菜たちの走り出した気配を感じる。


「ちっ、こんな時に!」


 毒島の魔力が動き、カイル達を妨害しようとする。その気配を見逃しはしない。追撃を重ね、何もさせない。


「ちっ」

「邪魔させないよ」


 視界の端でカイル達が火口へ続く道に入っていくのが見えた。そこには煉二たちも続いている。

 陽菜が一瞬立ち止まり、翔を見た。不安げな眼差しだ。だから、彼女を安心させようと、強く頷く。

 それすらも毒島の気に障ったのだろう。剣に込められる力が強くなった。それを受け流し、毒島の体勢を崩す。

 そのまま当身で気絶させようとして、飛び退いた。毒島を中心にして色の無い猛毒ガスが発生したのだ。あらゆる察知系スキルが危険だと叫ぶそれは、地面を溶かしながら徐々に広がっていく。


「邪魔ばっかりしやがって。お前のせいでウズペラさんに頼まれた仕事も上手くいかない」

「毒島、まだやるのか。今の攻防だけで力の差は分かったでしょ?」


 風で毒を散らしながら翔は問う。いつの間にか革命軍の面々も退避したらしい。これで全力を出せると安堵しつつ、同時にこのまま毒島が負けを認めてくれることを祈る。


「冗談じゃねぇ。主人公は最初苦戦するものだろうが」

「くっ……!」


 しかし祈りは届かない。剣を構えなおした毒島は再び魔力を昂らせ、炎の槍を撃ちだした。蒼色のそれに混じって揺らめく濃紫は、彼のユニークギフトの権能によるものか。

 同数の光の槍で相殺して、一度距離をとる。

 ――やっぱり、完全に負かすしかない、か。


 改めて覚悟を決め、意識を本気の戦いに切り替える。

 実力差は、歴然。それは客観的に見ても揺るがない事実だが、だからと言って油断はしない。そうして敗れ、命を落とした者たちを、彼は忘れない。そして何より、毒島の〈神毒召影しんどくしようえい〉が実力差を覆すに十分たる力だと知っていた。


 強力無比な猛毒は、毒島に近づくほどに猛威を振るう。では遠距離から追い詰めるのか。可能不可能で言えば、可能だが、それを翔が選ぶことは無い。それでは毒島も負けを認めないだろうし、翔のスキルはそれでは力を発揮しない。

 今度は翔から放った魔法の槍は、先ほどの焼き直しのように二人の中間で衝突して消える。一つ違うのは、翔が剣の間合いまで肉薄している事か。


 下段から袈裟切りに切り上げられた剣は、毒島の革鎧に傷をつける。辛うじて躱したらしい彼は死に体。更に一歩踏み込んで、[不壊ふえ]の剣の腹を叩きつけようとするが、紫炎が弾丸となってそれを阻んだ。弾丸の掠めた彼の頬を、熱とは違う何かが焼く感覚が襲う。

 その間に距離を取った毒島は、大上段に剣を構えている。


「くらいやがれっ!」


 訝しむ翔に構わず、いくらかの距離が隔てた彼へと向けて、毒島はその剣を振り下ろした。直後飛来するのは、魔力を纏った飛ぶ斬撃。

 ――『鎌鼬』か!


 いつの間にと内心で驚きながらも、表には出さない。地面を溶かしながら迫るそれを、冷静にステップを踏んで躱す。


「あの人に教わったのはお前らだけじゃねぇんだよ!」


 そう叫びながら、再びの切り下ろしだ。二度目のそれには翔も同じ技を合わせて打ち消して、接近。水平に剣を薙げば、新たに胸鎧へ真一文字が刻まれる。

 翔の攻撃はまだ終わらない。振り上げられようとする剣を自身の白刃で押さえつけ、滑らせながら腹部に蹴りを一発。浮いた友の体を救い揚げるように、身体を捻り、今度は軸にしていた足で顎を蹴り上げた。


「ぐっ……」

「毒島、もう止めよう。お前じゃあ、俺には勝てないよ」

「……るせぇ!」


 がむしゃらに振られた剣が翔に当たる筈もなく、幾度も空を切る。


「お前に、何が、分かる! 異世界に、来れたんだ! 夢が、叶ったと、思った! それなのに!!」


 剣を振り回す毒島の瞳には、いつしか涙が浮かび、光を反射して煌めいている。


「どうして、お前なんだ! どうして、こんなスキルなんだ!」


 風切り音と共に、毒島の慟哭がオレンジ色に染まり始めた空に響く。


「どうして俺は、革命軍なんかにいる!」


 翔は下がって避けながら、ただ友の叫びを聞いている事しかできない。

 察する事の出来なかった友の本心を受け止め、何かを返そうとして口を開きかけ、しかし出てこない言葉に閉口する。


「なんでだよ……」


 毒島の剣が力を失くした。それでも彼は剣を納めようとしない。

 気が付けば、溶岩の池がある辺りまで移動していた。翔が深呼吸をすると、その拍子に汗が滴った。


「毒島、終わりにしよう」


 力の入らないままに振られ続ける剣を翔は、己の剣で巻き取って、弾き飛ばす。そしてそのまま、鳩尾みぞおちを掌底で殴りつけた。


「カハッ……!」

 

 地球の感覚で言えば、最早人外の膂力で押し出された毒島の体は、空中に弧を描く。その先は溶岩の池から熱気の立ち昇る崖。

 その手前に落ちるはずの彼へ王手を掛けるべく、翔は地を蹴る。

 それが幸いした。


「毒島っ!?」


 翔の予測を超えて大きく吹き飛んだ友の体が、崖の淵を超え、溶岩へ向けて落ちていく。進化の中で不安定になった彼のスキル、〈心果一如しんがいちによ〉が、主人の想定を超えて力を発揮した結果だ。

 頭の片隅でそれを理解し、苦虫を噛み潰したように顔を歪めながら自らも溶岩に飛び込む勢いで跳ぶ。胴鎧を固い地面に擦り付けながら伸ばした手は、辛うじて友の手を掴んだ。


「毒島、今引き上げる!」

「思導……」


 まともな体勢なら人一人くらい楽に持ち上げられる程の腕力であっても、崖下に上体を投げ出している今はそれを十分に発揮できない。上手く力の入れられない中、それでもどうにか引き上げようと、自身を支える腕に力を籠める。


「もう、少し……!」


 〈限界突破〉まで使ったのが功を為して、少しずつ、毒島の身体は徐々に上がっていく。

 だが、先に地面の方に限界が来た。

 

「くっ!?」


 翔の掴んでいた地面が崩れ、翔の身体までもが崖下へ投げ出された。どうにか淵を掴んだ彼の下で、砕けた岩の欠片が溶岩に飲まれる音が聞こえる。


「思導、もういい。手を放せ」


 毒島の声は静かで、落ち着いているようにすら聞こえる。しかしその手の震えに、翔が気付かないはずがなかった。


「冗談言わないで、絶対、助ける……!」


 しかしその意志と裏腹に、溶岩の熱気で噴出した汗が互いの手を繋ぐ摩擦を奪う。毒島の腕の骨を砕かんばかりに強く握りしめてなお、死へ向けて滑り落ちてしまいそうだ。翔の捕まっている崖も、またいつ崩れるか分からない。


「……思導」

「毒島が何を言ったって、絶対、助けるから!」

「違う、聞いてくれ」


 先ほどよりも一層、妙に落ち着いた声音だった。手の震えも、いつの間にか止まっている。


「思導、俺は、お前が羨ましかった。俺の憧れた、主人公そのままのお前が」

「……毒島?」


 嫌な予感が、膨らんでいく。


「恋人の為に無茶してさ、絶対勝てないような相手にも勝って、助け出して。ああ、お前が辛い思いも沢山したってのは知ってる。だけど、それも乗り越えて、俺たちの誰もが届かない位に強くなった。国のお偉いさんともお茶会をするような仲にもなったんだって?」


 どこか遠くへ視線を向けたまま、毒島は語る。


「どうしたのさ、急に」


 無理矢理笑みを作って聞くが、返事らしい返事は返ってこない。


「ほんとさ、すげえよな。めちゃくちゃ主人公だよ。……お前に、憧れてたんだ」

 

 どこか照れたような気配に、警鐘が鳴りやまない。


「だからさ、お前は生きてくれ。主人公が、こんなとこで死ぬな」

「くっ、毒島!?」


 急に毒島を掴む右手の感覚が無くなった。力が入らない。そして、崖を掴む腕が、楽になった。


「毒島っ!!」


 下を見れば、よく覚えのある笑みが遠ざかっていく。不自然にゆっくりになった世界で、己の声にならない声が響くのを感じる。世界が、色を失う。

 音もない白黒の世界で、友は溶岩に飲み込まれていく。


 気が付くと、翔は陽菜たちに囲まれて這いつくばっていた。



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