君の為に翔ける箱庭世界

――神々は彼らを役者に選んだ
かかみ かろ
かかみ かろ

第百十五話 夕餉までのひと時

公開日時: 2023年5月3日(水) 07:12
更新日時: 2023年7月12日(水) 06:37
文字数:4,065

 決着はすぐに付いた。一人一人の力量の差はもちろんあるが、それ以上に指揮官の能力で差が付いた様子だった。彼らの殆どは戦いの中で死出の旅へと出たが、尋問の為に生かして捕えられたものもいる。

 皇帝に一切近づける事無く、更には被害ゼロに等しい結果で襲撃を乗り切った騎士団たちは既に祝勝会ムードで、これから果たさなければいけない役目のある者以外は半ば宴会状態だ。


 今にも飲酒してしまうのではないかというような浮かれ切った空気の中、翔と陽菜は集められた遺体の中から目的の顔を探す。知った顔が見つかる度に、胸がずきりと痛んだ。その中には、ブルドの顔もあった。

 ――毒島は、いない、か。


 翔はほっと息を吐き、捕虜の集められている辺りへ向く。戦いの中でそれらしい人物は見つけられなかったが、もし毒島が生きているのならそこにいる筈だった。


 捕虜たちは距離を置かれた状態で騎士たちに囲まれていた。その中の一人と、不意に目が合う。


「カケルか」

「ブラウマさん……」


 乱戦の中、翔が剣を合わせ、そして捕らえた。

 装備を全て剥かれ、痣だらけの上体を晒す彼は、静かに凪いだ瞳を翔へ向ける。

 逸らされようとしていた翔の視線は、ブラウマに向いたまま困惑を孕んだものへ変わった。


「まったく、すっかり騙された」


 ブラウマはそう言って笑う。

 理解できなかった。

 彼は、翔たちに騙されてその悲願を阻まれ、そして処刑台へ続くレールに乗せられた。にも拘らず、怨敵であるはずの翔にいっそ清々しいと言わんばかりの笑みを向けているのだ。翔に、理解できるはずがなかった。


「カケル、俺たち『龍人族』の感覚は『人族』のお前らとは大きく違う。俺たちは強者に従う。そしてお前らは、俺たちより強かった。それだけだ」


 翔の様子から察したのだろう。真面目な顔を作って彼は言う。


「恨んではいない。寧ろ、強者との戦いに敗れて死ねるなら本望だ。それでも気になると言うのなら、俺たちに勝ったのだと胸を張れ。誇れ。それが俺たち『龍人族』に対する最大の弔いだ」


 ブルトは静かに笑う。

 少しだけ、救われた気がした。罪悪感が完全に消えたわけではない。これで心が軽くなった自身を、身勝手だとも思う。それでも、胸の内を覆い尽くしたままだった霧の隙間から、光が差したようだった。


「そう、します」


 ありがとうございます、と告げる翔にブラウマは頷く。それから一瞬考えるそぶりを見せて、再度口を開いた。


「恨み言を言うのなら、そうだな、お前、以前模擬戦をした時は本気でなかったな?」


 彼に珍しく冗談を言うような口調ではあるが、目は本気だ。


「本気ではありました。ただ、毒島ぶすじまの毒みたいな特殊なスキルを使っていなかったので、全力ではありませんでした」

「……なるほどな。ならば俺は本気のお前と引き分け、全力のお前に負けたという事か」


 ブラウマは数秒ほど瞑目し、再び開いてからならば良いと静かに告げた。

 

 何か返すべきだろうか、と考えていると、遠くから自分の名前を呼ぶ間延びした声が聞こえた。その声はだんだんと近づいてくる。


「翔君ー、って居ました居ましたー」


 小走りに向ってくる寧音の少し後ろには煉二もいた。緊急事態ではないようで、慌てている雰囲気はない。

 翔はもう一度ブラウマに目で礼を言って彼女らの方へ向く。踏み出した足は、心なしか軽い。


「カケル。最後まで気を抜くな」

「……はい」


 捕虜の中にも毒島やウズペラ達はいなかった。背後から聞こえた忠告の意味を、翔は正しく理解した。だからこそ、振り返らずに二人の下へ向う。


「寧音、煉二、どうかした?」

「カイルさんから伝言ですー。予定通りー、もう少ししたらカイルさんは精鋭の騎士さんたちを連れて皇帝さんと火口に向かうそうですー」


 今いる地点の少し先から道は険しく、狭くなるため、騎士団全員での移動が難しい。その為、皇帝が一人で進まなければならない道の入り口までは特に実力のある騎士のみで護衛する手はずになっていた。

 革命軍の目的を思うと、ここからの道中が最後のチャンスだ。皇帝が龍神である火龍カルガンシアに認められるだろう示しの儀までに事を起こす必要があるからだ。それでこそ『龍人族ドラゴニユート』たちに自分たちが正しかったのだと証明できる。


「てことは、俺たちの仕事はもう終わりか。ふぅ」

「そうだね。カイルさん達ならまず負けないだろうし」


 息と共に緊張が吐き出されて消える。

 騎士団に合流してから何度か剣を合わせた翔の印象では、カイルの実力はかつて聖国で聖騎士たちを束ねたグラヴィスと並ぶか、それ以上だ。冒険者ならばSランクに位置づけられる者が持つ強さで、革命軍で最も強い最高幹部たちやウズペラはそこに届かない。

 加えて皇帝自身もかなりの強者だ。ウズペラがまだ帝国貴族として腕を振るっていた頃の話だが、二人の実力差は歴然としていたらしい。皇帝が一人になって以降も心配する必要はないだろう。


 つまりは、火龍カルガンシアの出した条件を殆ど達成したも同然という事だ。


「これで残るは、日本に帰る方法を火龍カルガンシアから聞き出すだけ、か……。ああいや、毒島の説得もあったな」


 煉二の呟きに、翔は緊張の面持ちを浮かべる。


「それじゃー、ちょっと休憩したら火口に向いましょうかー。儀式までに説得しなきゃと言ってもー、そんな調子で翔くんが毒島くんを説得できるとも思えませんー」

「そう、だね……」


 寧音の言葉を翔は否定できなかった。革命軍の基地で別れた際の事を思うと、正直、自信が無かったのだ。

 気持ちを切り替え、翔達は与えられたテントの方へ向かう。相変わらず騎士たちは楽し気で、気が楽になるのを翔は感じる。と同時に、幹部会で革命軍の面々が感じていたのと同じ高揚感を抱いている自分に気がついた。ドクドクとなる心臓の音を聞きながら、少し前へ意識を向けると、楽しげに話す女子二人に自然と笑みが浮かんだ。


「このお祭りムード、皇帝陛下の計らいなんだってね」

「みたいですねー。息抜きは大事ですからねー。魔境の真ん中とは言え、これだけ居たら魔物も襲ってきませんしー、皇帝陛下はきっと良い人ですねー!」


 いつもと変わらないようにも見えるが、数年を共に旅してきた翔の目には、二人も浮かれているのが分かる。異世界に染まり、人を切る事にも慣れてしまった翔たちではあるが、やはり、故郷は日本なのだ。帰れるというだけで、知らずに気分は明るくなる。


「もう帰れるのが確定した気でいるな、二人とも。方法が知れるだけだというのに」

「はは、まあそうだけど、気持ちは分かるよ。煉二もそうでしょ?」

「まあ、な」


 煉二の歩幅がいつもより広いのを翔は見逃していなかった。口角も少し上がっている。


「ねえ、煉二。帰ったらまず何する?」

「そうだな、とりあえず、学校の前のカレー屋に行くか」

「ああ、あそこ。確かに美味しいけど、ほんとカレーが好きだね」


 当然だ、と意味不明に胸を張る友人に、つい笑みが零れる。


「むしろ煉二くんがカレーを食べなくなったら、世界の終わりですよー。私が煉二くんを嫌いになるのと同じくらいあり得ませんー!」


 くるっと振り返る寧音に、煉二も頷く。よくよく見ると耳を赤くしているのは相変わらずだ。最近は少し慣れてきたらしい煉二だが、まだまだ照れてしまっているのが分かりやすい。

 ――なんか二人のこの感じ、お爺ちゃんになっても変わらない気がするなぁ。


「私たちも、ね?」


 陽菜は実は自分の心を読めるのではないかと思いながら、翔は後ろ向きに歩く彼女へうんと頷いた。もし仮にそうだとしても、彼としては嫌な気はしない。


「何年も翔君だけを見てるからね。そりゃわかるよ」

「……本当に心読んでたりしない?」

「ふふっ、さあね?」


 陽菜は後ろで手を組み、楽し気にまた前を向く。


「で、翔はどうするのだ?」

「俺? そうだなぁ、年齢がこのままならだけど、おじさんとおばさん、陽菜の両親に挨拶しに行こうかなって」


 さすがの翔も少々照れる。陽菜も前で同じく照れて、体をくねくねさせている。

 二人の振りまく桃色のオーラにはいい加減慣れた二人だが、こればかりは、つい呆れ顔を向けてしまう。


「まあ、お前たちは今でも夫婦のようなものではあるし、変わらんか」

「そうですねー。恋人同士っていうよりはー、夫婦ですねー」


 そのせいで初めてのキスが付き合ってから暫く経って、更にはこの箱庭世界アーカウラに召喚されてからになってしまった訳だが。周囲からすれば今更感が否めない。


「お互いがいて当たり前っていうかー。正直ちょっと羨ましいですー」

「そうだな、確かに少々、うらやま……いや、何でもない」

「えー? なんで最後まで言ってくれないんですかー? ほら、素直に羨ましいって言っちゃいましょうよー?」


 翔と陽菜に感化されてか、煉二と寧音までいちゃつき始めるものだから、周囲の雰囲気が少しばかり、いや、かなり変わってしまった。四人は自分たちの事で精一杯で、向けられる視線には気付かない。悲しいかな、帝国騎士に出会いは少ないのだ。


「んんっ、そういう意味では、アルティカ様の仰っていた共依存というのはややずれているのかもしれんな」


 耳どころか首まで赤くした煉二の話題転換は、傍目に見ても強引だ。それでも、寧音は菩薩の眼差しで彼の振った話題にのった。


「そうかもしれませんねー」

「そうでもないよ、寧音ちゃん、煉二君。正直、自覚はあるもん。お互いがいて当たり前じゃなくて、お互いがいないとダメなんだよ」


 先ほどまでのふにゃふにゃした様子はもう無く、真剣だ。


「日本にいた頃なら問題なかったかもしれないけれど、こっちじゃちょっと考えないとダメだと思う。そうしないと、日本に帰るまでに、誰かが死んじゃうかもしれない」


 またとは言わない。


「俺もそう思う。だからと言ってどうしたらいいか分からないんだけど、ね」


 翔は困ったように笑った。幼い頃より、今の状態が当たり前すぎたのだ。

 煉二は前を向いたまま、何かを考えるように遠くを見る。


「……その前に日本へ返れば問題なかろう」

「……そうだね」


 言外に悩みすぎるなと言う煉二へ、翔は胸の内で礼を言った。



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