君の為に翔ける箱庭世界

――神々は彼らを役者に選んだ
かかみ かろ
かかみ かろ

第五十四話 反発

公開日時: 2021年10月9日(土) 11:12
文字数:2,490

 コモドエンシスの両の爪を苦悶の表情で引き抜く朱里。その後ろで陽菜と翔が残心を解くのを感じ、彼女は馬乗りになったままの個体を〈ストレージ〉へ仕舞う。


「ふぅ……。寧音、ごめんけ――」

「何してるんですかぁっ! そんな無茶しなくても良かったはずですよぉっ!?」


 朱里へ走り寄った寧音の目には大粒の涙が浮かび、荒げられた声も普段ほど間延びしない。そんな彼女に申し訳ないと目じりを下げながら、自身を包む〈神聖魔法〉の光に痛みが引いていくのを感じた。

 視線を上げ、煉二に目で口添えしてくれないかと訴えかける朱里だが、返されたのは溜め息一つ。それから彼は天然パーマの頭へ手を伸ばし、ガリガリと掻いた。それが彼の仕方ないと割り切る際の癖だと聞いていた朱里は、口だけをありがとうと動かした。


「朱里ちゃん、なんでこんな無茶したの。私たちって、そんなに頼りない?」


 寧音の隣まで来て陽菜が言った。口調は静かで淡々としていたが、その目は悲しみに濡れ、同時に抑え込まれている怒りの炎が燻ぶる様を朱里に幻視させる。

 ごめんなさい。喉まで出かかったその言葉が朱里の口から出てくることは無く、溜まった唾液と共に飲み込まれた。


「いけると思ったのよ」


 代わりに出たのは、そんな言葉。陽菜の視線から逃げるように目だけが右斜め下へ向けられる。


「本当に?」

「えぇ」


 小さな嘘だった。


「……わかった。でも、約束して。もうこんな無茶しないって。絶対に」


 陽菜は朱里の肩を掴み、言う。彼女の視線が自らに刺さるのを感じながらも、朱里は目線を戻せない。


「私も翔君も、これ以上大事な友達を亡くしたくない」

「私たちもですよーっ!」


『翔君も』、『友達を』。それらの言葉に、朱里はなんで陽菜が言うのかとこっそりと唇を噛む。それから嫌だと返しそうになって、寧音の声で踏みとどまった。


「……えぇ。わかった。約束する」


 絞り出すように返事を返した彼女の視線は、斜め下を向いたままだ。


「……もう俺たちが何か言う必要、ない感じ?」

「……かもな」


 翔が少し気圧された様子で煉二へ言った。その声は朱里にも聞こえている。安心と、落胆。その二つの想いが彼女の胸の内で溶けあう。


「さて、皆さんお疲れ様です」


 空気を変えるように少し声を張り上げたのはナイルだった。その部屋の中だけに響くギリギリの声量だ。彼は煉二と翔より一歩下がった位置で一連のやり取りを見ていた。


「ここから暫く通路が続き、洞窟最後の広場に出ます。そこから出口までは一時間もかからないでしょう」

「そうすると、その広場で野営することにしようかと思います。いいですか?」

「はい。私も夜に島へ出るのは反対ですから」


 話しながらナイルの広げて見せてくれた地図を一瞥して翔が方針を確認する。この辺りは朱里の予想通りだ。

 気を取り直し、貫かれた腹に痛みがないのを確認する。

 ――うん。流石寧音。


「ありがとう」

「いいんですよー。これが私の役目ですからー」


 寧音はまだ少し不貞腐れた様子で頬を膨らませている。仕方ないと朱里は何も言わない。


「それじゃあ行こうか」


 そのまま、奥へ足を進める翔に続いた。

 朱里は後ろに付く際、ちらと陽菜を確認するが彼女の変化に気が付いた様子はない。その事に安堵し、ほっと息を吐く。冷静になる程に、自分がしてしまった事としようとしていた事がどれほど不味かったかを自覚したのだ。

 もし先ほど陽菜を拒絶してしまっていたら、この危険地帯でパーティー崩壊の危機に繋がりかねなかった。

 ――何やってるのよ、私は……。


 強く握りしめた彼女の手に赤く爪の跡が出来る。それから無意識に組もうと上げていた腕に気がついて、代わりに壁に手をつけた。

 自分はパーティから一度離れた方が良いのではないかという考えが頭に浮かぶ。しかしそれは彼女の心が許さない。心の片隅で自覚してしまっていた。もうその恋心を、自分を誤魔化す事は出来ないのだと。


 次の広場までの通路でもその広場でも、魔物に遭遇する事は無かった。しかし、どんどん魔素濃度が上がっていることは朱里も肌で感じていた。

 〈魔力察知〉の得意な寧音たちからすれば今までも徐々に濃くなっていたらしいのだが、朱里では分からなかった。それが彼女でも分かるくらいに明らかに濃くなっている。それは【調停者】たる風龍フーゼナンシアが住む風生れの島への出口が近いことを示していた。

 ――流石に集中しないと危ないわね。

 

 朱里は未だに悶々としていたのを無理矢理切り替えて野営の準備をする。と言っても〈ストレージ〉から寝床と椅子を取り出すだけだ。翔の隣は陽菜と煉二が座ってしまったため、陽菜の正面となる位置に椅子を置く。


「漸くここまで来たな」

「そうだね」


 いつも通り順番に警戒をしながら食事をとる中で、煉二がそんな声を漏らした。彼の場合は違う心労もあっただろうから、当然の感想だ。朱里としては少し申し訳なく思ってしまう。


「ナイルさん、島に出てからどれくらい掛かるかはわかりますか?」

「文献では一応一日程で着くとなっていましたが、一度野営する必要があるかと思います。当時の道は無いでしょうし」

「なるほど……」


 翔は拳を口元に持ってきて考え込む。暗い間の移動は当然避けるとして、極力長い時間を島の中の移動に費やしたいのは全員が共通して持っている考えだ。遠めに見ても深い森になっていると分かるのだから当然だろう。

 数舜あって、彼はナイルの持つ時計の魔道具で時間を確認する。


「それじゃあ、今日はもう寝てしまおうか」


 これには特に反対意見が出なかった為、直ぐに見張りのローテーションを決めた。結果、普段と違う時間であることから変則的に二つのグループに分けて寝る事になった。


「男女が簡単かな? 翔君と朱里ちゃんは分かれた方がいいし」


 これを聞いて、煉二が一瞬顔を顰めた。だから朱里は大丈夫だと示すようにして賛同の声を上げる。ますます我儘になってきた彼女の心は翔と一緒がいいと言っていたが、どうにか抑え込んだ。

 先に見張りをする事になったのは女子組だった。彼女らを残し、男たちはそれぞれの寝床へ入っていく。朱里の視線は見えなくなる最後まで、翔の姿を追っていた。

 

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