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未明、一つ目の陽の光が地平線のすぐ上の空を照らしだした頃、翔たちと革命軍は騎士団詰め所周囲の建物に潜み、じっと、時を待っていた。狼煙を上げる合図は、アメリアの役目だ。
身体能力の上がった翔の目には、詰め所を囲む壁の奥で眠る騎士たちの姿も良く見える。彼らの多くは今回の儀式の為に周辺の町から集まった者たちで、日が昇って間もなくすれば、今は各々の家で休むルキリエナの騎士もやってくるだろう。
強襲作戦は、彼らの集まり切る前に脱出までを行う予定だ。
地平線を隠す建物たちが、不意に色を持った。その面積は徐々に広くなり、一つ目の陽が頭を出す。
その光に紛れて、合図の明かりが潜む翔たちの目に映った。
直後、彼らの前方の壁に火球が当たって爆ぜ、崩れる。
「行くぞ!」
それを狼煙に、翔達は駆け出す。
先頭を行く幹部の一人に追従し、隠れ潜んでいた革命軍の戦士たちは標的へと突撃する。
「敵襲ー!」
すぐに騎士団側からの声が轟いた。少し間が空いて、鐘を叩く音が目覚めようとしている街中に響く。
先頭が壁の内側に踏み込むのと殆ど同時に、建物から騎士たちが飛び出してきた。当番だったらしい彼らは侵入者たちの足を止めようと魔法を放ち、剣を合わせるが、多勢に無勢。魔法は殆ど防がれて足止めにもなっておらず、剣で対応した騎士は複数人に囲まれてしまう。
今も、革命軍の一人と剣を合わせた騎士が横からすり抜けざまに切られて膝を突いた。
いたるところで舞う血しぶきから翔は目を逸らして、詰め所の奥へ向けて駆け抜ける。
「先に行きます」
「ああ、気をつけろ」
追いついた幹部の男に一言告げ、彼は詰め所の中に踏み込んだ。後には陽菜も続く。
「陽菜、一番強そうな人のところに行くよ!」
「うん、指輪忘れずにね!」
言われて思いだす。革命軍に潜入するとき、一応とアルジェから貰った指輪を外していたのだ。それを〈ストレージ〉から取り出して指に嵌める。もし事情を知った者なら、それを見せるだけで理解してくれる筈だ。
侵入者はあまり想定していないらしい単純な作りの廊下を走り抜け、階段を上る。目指す気配は、最上階の四階だ。道中の騎士は極力避け、どうしても避けきれない時には体術で対応する。
「寝てた人たちも準備できたみたいだね。団体が来る」
「うん、時間はあんまり無さそう」
翔の感覚は前方の角の先から来る騎士の集団を捉えていた。つまりは戦力を削る事のみを目的とした今回の作戦で、撤退する予定のタイミングが近づいているという事だ。陽菜の言う時間がないはその意味であり、当然翔には通じている。彼は陽菜の言葉に応えるように、足へ力を籠める。
「上を超えよう」
陽菜の頷くのを確認すると、廊下の角へ向け、高い天井のすれすれまで跳んで壁を蹴る。騎士たちでは咄嗟にこの動きへ対応することは出来ず、二人の通過を許す。
二人を追いかけようとする騎士たちの足は、陽菜の結界によって止められた。後ろから聞こえてくる怒声に少し申し訳なくなる翔だが、すぐに切り替えて先へ向かう。
目的の気配の下へは、騎士の集団を振り切ってすぐ辿り着けた。
二人の目の前には、他よりいくらか飾り気のある両開きの扉だ。気配はその向こうで微動だにしない。
「……開けるよ」
敵意は感じないが、一応警戒を促して、翔は扉を開いた。
部屋は『龍人族』らしく質実剛健を絵に描いたような飾り気の無さで、カーテンは閉め切られていた。手前に大理石のような石で出来た応接セットが並べられ、その奥に執務机が一つある。壁には実用にも耐えられるだろう造りの武器類が幾つか飾ってあった。部屋の隅に鎮座しているのは狼の魔物の剥製だ。
その奥で、カーテンの隙間から外を覗いている影が一つ。
「待っていたよ。闘神様の使徒殿」
振り返った彼は深い皺の刻まれた顔で優し気に微笑む。彼は『龍人族』の角に加え、猫のような耳を頭部に持っていた。色は、髪と同じグレー。この場合はロマンスグレーと表現した方が良いのかもしれない。
「失礼します」
何も説明の必要が無さそうだとした安堵を胸の内に隠して、翔は部屋の中へ入る。扉を閉めると翔達の目にも殆ど何も見えないほど暗くなった。
「おっと、君たちはこの暗さだと不便だね。今灯かりを点けよう」
彼の気配は迷う様子もなく動き、やがて周囲はゆっくりと明るくなる。
「僕は『猫人族』の血も入っていてね。さっき位の暗さなら十分に見えるんだ」
元の位置に戻りながら言う彼を、翔達は黙って目で追った。本当は急かしたい所だが、出来ない。二人は彼の柔らかな雰囲気に吞まれていた。
「さて、改めて自己紹介をしよう。僕はフィルジェル。ここルキリエナの騎士団を皇帝陛下より任されている。君たちには騎士団長カイルの父と言った方が分かりやすいかな?」
促されて座った応接用のソファで、翔は納得の表情を浮かべた。言われてみれば、フィルジェルはどことなくカイルに似ていた。
翔と陽菜も自分たちの名前を告げる。
「出来ればあの方々の話とか、色々と聞きたい所なんだけど、あまり時間はないようだね。聞くべきことを聞こうか」
あの方々と彼が懐かし気に言った理由は翔も気になったが、一瞬で鋭くなった眼光に翔も同じく視線を鋭くする。
「革命軍の拠点の位置と中の地図はこれに。これからの計画についても分かった範囲で書いてあります」
「拝見しよう」
翔の取り出した紙の束を広げ、フィルジェルは唸る。先ほどまでの好々爺然とした優し気な雰囲気はどこにいったのか、歴戦の将の姿がそこにあった。
「やつらめ、こんな所に潜んでいたか……。ありがとう、随分と詳しく調べてくれたようだね」
「いえ、俺たちの目的の為ですから」
そこで一旦言葉を区切り、視線を下に向ける。喉の渇きを感じたが、今はどうにもできない。
僅かな逡巡の後、意を決して口を開こうとした翔を止めたのは、フィルジェルだった。
「君たちが何を請おうとしているのかは、息子から伝え聞いた話で何となく分かる。しかしそれは今の私にどうこうできる事ではない。すまないね」
「……いえ」
翔は、毒島に死刑を免れさせてやれないかと請うつもりだった。しかしよく考えてみれば、騎士団長のカイルや皇帝と交渉すべき事だったと、自分の早計を恥じる。
「それよりも、いよいよ時間が迫っているようだ。よく聞きなさい。君たちの情報を元に、ひと月後、我々は革命軍の拠点に襲撃をかける。君たちはその際に騎士団に合流してもらう」
「わかりました」
「よろしい。それじゃあ、彼らの撤退に丁度良い狼煙を上げさせてもらおう。二人とも、そっちの窓の前に並んで、武器を構えなさい。しっかりね」
フィルジェルの意図の分からないままに、二人は武器を構え、窓の前に立つ。そんな二人を彼は満足げに眺めると、執務机を〈ストレージ〉に仕舞って、代わりに無骨な両手剣を取り出した。刃だけで人の背丈を超えるやや細身の剣は、いくら比較的膂力に優れる『龍人族』であろうと容易には振り回せない重量だ。それを彼は軽々と振り上げ、瞳にどこぞの次女を思わせるような悪戯っぽい光を映して、後ろ手に構えた。
「それじゃあ、いくよ?」
左手は柄を握り、右手は剣の刃を摘まむ。その構えに、二人は見覚えがあった。
「ふぅ……。川上流、奥義」
深く息を吐き、吸う彼に、その呟いた言葉に、二人は全力の防御態勢をとる。二人の体は直後、窓ガラスの破片や壁だった瓦礫と共に主戦場である修練場の上空にあった。
「『迦具津血』っと。ちょっと鈍ったかな? まあいいか、サプライズには十分だろう」
破砕音に紛れてそんな声が聞こえる。撤退の合図があったのは、その直後だった。
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