君の為に翔ける箱庭世界

――神々は彼らを役者に選んだ
かかみ かろ
かかみ かろ

第三十六話 決着

公開日時: 2021年6月1日(火) 19:40
文字数:3,454

 グラヴィスの片手直剣を片手半剣バスタードソードで受け止める翔。両手で握ってようやく鍔競り合いが出来るという膂力差は、強化スキルの出力とそれを扱う技量の違いが生み出すものだ。それでも、〈心果一如しんがいちによ〉の効果も乗せれば押し勝てる筈だった。

 ――くっ、上手く軸をずらされて押しきれない。それに、楯が……。


 覆しているのは、剣の技量と経験の差だった。もし翔の腕が〈剣帝〉に届いていれば、結果は違ったかもしれない。

 とは言え、今彼は、一人で戦っているわけではない。力を抜き、グラヴィスの力に逆らわずに後ろへ跳ぶ。そこへ朱里が切りつけた。穂先にのみ空間属性の魔力を纏った槍の一撃を、グラヴィスは柄の部分を受け止める事で防ごうとする。

 彼は楯を構え、翔の動きに注意をしながらカウンターの用意をして、後ろへステップを踏んだ。


「今のを避けるの⁉」


 驚いたのは朱里だけではない。回避に成功したグラヴィスも、彼女のした事に瞠目していた。彼女は槍を受け止められる直前、ギフトによる空間属性の付与を穂先から柄全体にまで広げたのだ。つい先ほどまで一瞬で効果範囲を変えるようなスキル制御は出来ていなかった。経験の浅い彼女たちは、戦っている間にも成長していた。

 ――チャンス!


 ほんの少しだが、グラヴィスが動揺したのを翔は見逃さなかった。楯が死角になるように肉薄し、魔導による強化も乗せて切りつける。朱里のつけた傷にぴったり重なるように描かれた剣閃は、確実にグラヴィスの楯が破壊される未来へと現在を近づけた。

 彼の攻撃はそれで終わらない。楯で防御されるのも構わず、限界の迅さで切り続けた。


「ぬぅ……!」


 グラヴィスは時折足元に現れる障壁を嫌がるように呻き、横目にその下手人を見る。彼女は煉二を庇うように杖を構え、援護を続けていた。その額には球のような汗がいくつも浮かんでいる。

 ――寧音も限界が遠くない。〈天衣抱擁〉はあと一回が限界って所か……。


 翔は自分たちの生命線が間もなく無くなってしまうことを理解していた。だからこそ、よりいっそう激しい剣撃の嵐を見舞う。珍しく見せたグラヴィスの隙だ。不意にすることは即ち、自分たちの負けに等しい事だと分かっていた。


「翔!」


 朱里が叫んだ。

 グラヴィスがハッとなり声の方を見ると、彼女は姿勢を低く槍を構え、全身を引き絞っていた。全力の〈神狼穿空しんろうせんくう〉だ。


「くっ……!」


 翔が飛び退く様子を見せたのと同時にグラヴィスも回避行動をとろうと構えるが、叶わない。


みかど、懸けまくもかしこき凍える雷霆、我が敵は汝が敵なりて、汝の怒りを一身に受けるべき者ならば、我が祈りを糧にその怒号を解き放たれよ」


 突如響いた声は、寧音の後ろで片膝を立て、右手を突き出す煉二のもの。彼の眼前には、青白く光る複雑な魔法陣が顕現している。

 グラヴィスは自身の知らない魔法に、無視し得ない魔力の高まりに、朱里とどちらを先に対処すべきか迷ってしまった。


「ギフトの強化はもう殆ど消えたが、この俺の全身全霊を込めた魔法だ。翔、負けたら承知せんぞ……。[凍雷万招とうらいばんしよう]!!」


 煉二が魔法名を宣言すると、魔法陣と同じ青白い光を放つ幾条もの激しい稲妻が迸った。アルジェから学んだもう一つの魔法体系。魔法陣を用いた極大魔法だ。当然二か月では学びきれず、この魔法の開発にはアルジェが絡んだ。だからこそ、それは凶悪無比な破壊力を発揮する。


 「ぐ、ぬぅ……」

 

 数多の雷はグラヴィスへと収束し、その身を焼く。〈身体強化〉によって高められた防御も、聖騎士団長に与えられる伝説級の鎧の防御も、その全てを超えて、彼へダメージを与える。それだけで終わらない。雷撃の当たった個所を起点に、彼は見る見る凍り付いていった。

 絶対零度の雷霆を召喚する。それが[凍雷万招]という魔法だった。


「な、舐めるな!」


 だが倒れない。成長するのは翔たちだけではない。限界を超えていた彼は、再度、壁を破る。

 さらに上がった〈限界突破〉の出力は氷を弾き飛ばし、〈神聖魔法〉が瞬く間に傷を癒していく。それでもまだダメージの方が大きいのは、煉二の意地か。

 徐々に収まっていく雷。それはつまり、次の一撃必殺が来る予兆であった。


 グラヴィスは楯を構え、雷霆の中朱里を見据える。


「翔、後は任せたから!」

 

 次の瞬間、彼女はグラヴィスの目の前にいた。


「朱里⁉」


 未だ雷の収まらない中突っ込んだ朱里に愕然とする翔たち。対してグラヴィスは冷静だった。

 朱里の槍とグラヴィスの大楯が激突し、一瞬の間拮抗する。空間に牙を突き立てる甲高い音が亜空間に木霊する。ほんの瞬きをする時間に連続して鳴り響く破砕音が、彼らの鼓膜を貫いた。

 打ち勝ったのは、朱里の牙。大楯に入った罅が蜘蛛の巣のように広がっていき、その奥にいるグラヴィスへ牙が迫ろうとする。

 グラヴィスは突きの直線状から無理矢理離れ、楯を手放すことでこれを回避した。崩れ切った体制のまま朱里が雷に焼かれながら通り過ぎていくのを眺め、そして、気が付いた。


「グラヴィスさん、行きますよ!」


 二人が猛攻を仕掛けている間に、翔が何もしていなかったはずがない。彼は二人の作るだろうチャンスを活かすために、ひたすら力を溜めていた。

 彼の剣は込められた力に煌々と輝き、太陽を彷彿とさせる。その光は、魔道具によって生み出された亜空間を染め、砕かんばかりだ。剣の許容量を超えたそれを、翔は必死に制御し、集中させる。


 「来い、翔」

 

 そして放った。彼がアルジェから学んだ、しかし完成させられなかったもう一つの技を。


 ――川上流 迅雷


 煉二の雷が止み、静寂を取り戻したはずの世界に、新たな雷鳴が鳴り響く。

 彼の体は重力に引かれて落ちていきながら、前へ。全身のあらゆる筋肉を、伝達されるあらゆる力を魔導によって強化し、その全てを速度という力に変える。

 それはまさに、一条の稲妻。

 迅雷が如き速度は破壊力となり、グラヴィスへ向けて駆け上がる。


「⁉」


 だが、グラヴィスは対応して見せた。

 防御を捨て、全ての強化を剣に集中させて雷速の一閃に合わせたのだ。

 ――噓でしょ⁉ あの体勢から対応できるの!?


 驚きを隠せない翔だが、同時に理解する。それが彼の、最後の足掻きなのだと。


「くっ、はぁぁぁあああああああっ!」


 絶対に負けない。陽菜を助ける。その一心で、翔は剣に力を籠める。


「ぐっ……」

 

 剣は徐々にグラヴィスへ近づき、その命を砕かんとする。ぶつかり合った衝撃で拡散したエネルギーは閃光となって闘技場を砕き、空を割る。

 ――あともう少し。勝てるっ!


 翔は勝利を確信した、その時。彼の脳裏に、いつか街で見た家族と笑うグラヴィスの姿が過った。子どもたちや妻と手を繋ぎ、団欒の時を過ごす姿が。

 ――いいのか? 本当にこれで。他に出る方法があるんじゃないか?

 

 翔の剣の輝きが弱まった。徐々に押し返されていく。〈心果一如〉は、彼の心をどこまでも反映し、その力を弱める。

 グラヴィスの剣は、今にも翔へと届こうとしていた。


「迷うな!」


 グラヴィスが叫んだ。


「守りたいものがあるのだろう! 助けたい者がいるのだろう! ならば、貫け!!」


 翔は今、初めて彼の瞳に宿った覚悟の正体を確信した。

 剣を握る手に力を籠め、彼も覚悟を決める。


「ぁぁぁぁあああああああっ!!」


 彼の剣は輝きを取り戻し、ひび割れながらもグラヴィスの剣を押し返す。グラヴィスに近づくほどに、その輝きを増していく。

 ぎゃりっ、と音がした。

 翔の片手半剣が、白剣を見る見る切り裂いていく。


「そうだ、それでいい」


 その言葉が翔の耳に届くと同時に、彼の手に伝わる抵抗がなくなった。グラヴィスは膨れ上がる剣閃に飲み込まれ、消えていく。

 気高き聖騎士団長を飲み込んだそれは亜空間を切り裂き、なおも進んでいく。


「な、なんなのですかいったい⁉ 主よ、お助け……」


 空中に生まれた裂け目からそんな声が聞こえ、そして静寂が訪れる。風のそよぐ音すらも、今は聞こえない。


「翔君、行きましょー」

「……うん」


 砕けた剣を振り切った体勢のまま動きを止めていた翔に、朱里の治療を終えた寧音が声をかけた。

 彼女の勧めに従ってその割れ目を潜ると、衰弱しきったクラスメイト達とボロボロになった祭祀場が見えた。そして、ふらふらと近づいてくる陽菜の姿も。


「翔君、お帰りなさ、い……」

「陽菜⁉」


 最愛へ笑いかけると同時に倒れこむ陽菜を、彼は駆け寄ってしっかりと受け止める。


「大、丈夫……。ちょっと、疲れただけ……」


 腕の中で笑う最愛に安心し、翔も微笑む。

 そして、彼女の顔にかかった濡れ羽色の髪を避けてやってから、静かに返した。


「……ただいま、陽菜」



読了感謝です。

今夜23~24時頃、一章の最終話を更新します。

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