㉓
数分ほどして、翔と煉二の後ろにある扉が開いた。二人が振り返ると、翔たちと同じ格好をした朱里と寧音が顔を出した。
「あなた達も座りなさい」
「……はい」
二人が席に着くと、彼女たちを案内したらしい金髪碧眼の侍女がお菓子とお茶を用意してからコスコルの隣に控える。二人の距離は妙に近い。
「さて、何から話しましょうかね……」
彼女は用意されたティーカップのお茶を口に含んだ。緊張と戸惑いを隠せない表情のまま、四人は続く言葉を待つ。
「まずは、そうね。改めて自己紹介をしましょうか」
ティーカップを置き、ソファの背に預けていた身を少し起こす。
「私はアルジュエロ・グラシア。この世界『アーカウラ』の均衡を保つ【調停者】であり、あなた達と同じ日本出身の【転生者】よ」
厳密には違う日本だけれど、と彼女が付け加えた最後の言葉は、翔たちの耳に入らない。スズネの事から何となくそんな予感を感じていた彼らだが、それでも本人の口からそうだと聞く衝撃は、計り知れないものがあった。
――そういえば、この人は〈鑑定〉してなかったな……。たぶんバレるけど、でも、本当に【転生者】かは確かめないとだし……。
「気になるなら〈鑑定〉してもいいのよ?」
彼の心の内を見透かしての事だろう。ならば、と翔はその言葉に甘えることにした。
「……って、あれ? 見えない……」
しかし彼の〈鑑定〉は阻害され、アルジュエロのステータスを暴くことができない。スキルレベルは〈隠蔽〉を完全に無効化する最大レベルまで上げてあるにも拘らずだ。
――そういえば、スズネって人のも見れなかったな……。
横にいる黒髪の美少女を見て、ギルドで仲間に言えなかったことを思い出す。
「ああ、ごめんんさい。……これでどうかしら?」
翔からは何かをした様には見えなかったが、アルジュエロは彼らの遥か高みにいる存在だ。何かはしたのだろうと再度〈鑑定〉を試みる。
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<ステータス>
名前:アルジュエロ・グラシア /F
種族:吸血族(始祖/現し身)
年齢:1023歳
スキル:
《身体スキル》
鑑定眼 言語適正 魔力視 神聖属性適性 仙法 吸血lvMax 超速再生lvMax 武神lv9 淫乱lvMax 王威lv8 魅了lvMax 隠密lvMax 解体lv8 舞踏lvMax 魂魄領域拡張lvMax 高速演算lvMax 並列思考lvMax 制魂解放lvMax 超直感lvMax
《魔法スキル》
ストレージ 創翼lv9 飛行lvMax 隠蔽lvMax 付与lvMax
《理外スキル》
千古の魔導
死者の書
祖なる細胞
星の戦士
魔王
(※理外スキルは自動的に秘匿されます)
称号:転生者 吸血族の始祖 12/10^16の奇跡 強き魂 魔性の女 副王の加護 寂しい人 うっかり屋 戦闘狂 鬼師匠 川上禍佗神流正当継承者 血の盟約 (ブラン・グラシア/スズネ・グラシア) 恒星の支配者 真なる迷宮攻略者 厄災 異形の主 狂気のシスコン 武神 『始まりの迷宮』攻略者 魔王の器 魔王の目・魔王の耳 調停者 土の司 庇護者 王太后
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結果見えたのは、信じがたい程のステータス。
いくつもの上位スキルがカウントストップ、上限値まで上がっており、翔たちの知らない位階のスキルが五つある。統合されているものもあるので、それらも合わせると彼女の修得しているスキルの数は膨大だ。加えて、いくつもの称号。翔たちは絶句するより他にない。
「今回は自動的に秘匿されるものも含めて見えるようにしておいたわ。この世界の機密に関わる部分もあるのだけれど、あなた達にはその一旦くらいは知る権利があるから」
何故なのかは、言わない。言外に聞くなと言う態度を感じ取り、翔たちも聞かない。
「……確かに、【転生者】とありますね」
翔が呟いた。
「だな」
「ええ」
煉二と朱里も肯定する。これは信じてもいいのではないか。四人の脳裏にそんな思考が過ぎる。
「でも、最大レベルの〈鑑定〉から隠せるなら、書き換える形の隠蔽でも分かりませんよねー」
いつもの如く、何となしに言った寧音の言葉が、他の三人の決断を引き留めた。三人の目は再び疑念に染まる。
振り出しに戻り、アルジュエロは思わず溜め息を吐いた。
「……まあ、仕方ないわよね。寧ろ安心かしら?」
「そうだねー」
「うん」
少し考える素振りを見せた彼女は、すぐに頷いて翔たちに語りかける。
『あなた達は高二だったのよね。もうすぐ三年生の。進学するつもりだったのかしら』
それは、日本語だった。
アルジュエロは彼女も持つ〈言語適正〉を無視して、日本語を話していたのだ。
『私がこっちに来たのは○×大の推薦入試の結果が出た直後だったのよ』
仮にどこか、例えば過去の【転生者】や【転移者】から知識を得ていたとしても、一大学の固有名詞や伝える意味の無い受験制度などは知りえないだろう。
翔たちは互いの顔を見て意志を確かめると、代表して翔が口を開く。
「その、信じます。アルジュエロさん達を」
スズネが満足げに頷き、それを見てアルジュエロがほっと息を吐く。ブランは反応を示さないが、悪い感情は抱いていないようだ。
「やっと信じてくれたみたいね」
彼女はそう言って微笑んだ。その口調からはあまり気にした様子が見えず、逆に翔は申し訳ないという思いに駆られた。
――よくよく考えてみると、この人たちには俺たちを騙す理由も意味もないよね。
翔はアルジュエロたちの強さを改めて思い出した。身を以て体験したそれは、彼らの存在などそよ風ほどの影響しか与えられないと実感してしまう程のものだった。
「疑ってすみません……」
「気にしなくてもいいのよ」
「そーそー。この世界じゃ疑い深いのはいいことだよ!」
気を使った風でもなくそう言う二人に、翔たちはホッと胸を撫でおろした。
「あ、でも他の人を勝手に〈鑑定〉しちゃ駄目だからね! 分かる人には分かっちゃうから!」
しかし翔だけは続く言葉に体を硬くする。朱里と煉二がじとっとした目を向けたのは、スズネと会った時、直前に門兵から注意されたばかりだったからだろう。
敵対してるなら兎も角ね、と続ける彼女の笑みは優しい。
「ちなみに私は【転移者】でお姉ちゃんの実の妹だよ。転生する前のね」
「え、そうなんですか!?」
「それでそんなに仲いいんですね……」
驚く翔たちにスズネは、うんっ、と強く頷いた。
翔の横では煉二と寧音が顔を見合わせ、ヒソヒソと実の姉妹であることが仲の良いことに繋がるのかを議論する。その声は翔を挟んだ位置にいる朱里の耳には入らない。スズネ達姉妹には聞こえていたが、ただにこにこと笑っているだけだった。
翔と朱里は、ならばブランはどうなのかと視線を彼女へ向ける。
「……私? 私は、姉さまと『血の盟約』を結んで妹になった」
見るものが見れば自慢げにしていると分かる表情で狼耳の彼女は言う。『血の盟約』は魂同士を結びつける、ある意味で呪いのようなものだとアルジュエロが説明した。『吸血族』の【真祖】や【始祖】にのみ許された秘術だ。契約における上位者が死なない限り、受けた側に寿命を迎える事を許さないそれは、正しく呪いであり、それを受け入れ結びついた姉妹の絆の強さを示していた。
アルジュエロはブランへ愛おし気な視線を向け、微笑む。
「さて、そろそろ本題に入りましょうか」
仕切りなおすように声音をよりはっきりとしたものに変え、世界の調停を担う彼女は言う。翔、朱里、煉二は無言で頷き、姿勢を正した。
「あのー」
そこに水を差したのは寧音だ。何かあったのだろうかとその場の全員が彼女に注目する
「そこにあるお菓子、食べちゃってもいいんですよねー? せっかく用意してあるんですしー」
彼女の口から飛び出したのは、そんな気の抜けた言葉だったのだから、煉二でさえ苦笑いする他ない。どうぞ、とアルジュエロが少し笑いながら許可を出すと、彼女は幸せそうな表情でテーブルの中央に用意された手つかずの焼き菓子を頬張った。
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