⑭
来た時とは別の道で大通りを目指す道すがら、翔たちは先ほど聞いた話について考えていた。裏通りだからなのか、周囲にはほとんど人影が見えない。
「なんつーか、壮大な話だったな。すげぇ神様たちが、もっとヤバい神様たちを起こすためにこの世界を作ったとか」
「でも、最初の三柱はお父さんとまた話したかったのかなって思うと、ちょっと親近感わいちゃった」
やや狭くなった道に合わせ少し後ろに下がった陽菜と翔は、そう話す親友たちの様子を眺める。祐介も香も、促してくれる物さえあればこうして仲睦まじく話を続けるのだが、中々その先へ進もうとしない。それは翔たちからすれば焦れったい事だった。尤も当人たちも、先日になってようやく頬へのキスという段階に来たばかりの二人には言われたくないだろう。
「――しっかし、そのすげぇ神様の一人? 一柱? を封印したのが魔王なんだろ? しかもその下には魔王に従う魔族までいる」
祐介がそう言って話を振ったのは翔だ。もう少し二人で話していればいいのに、とは思いつつも、翔には無視のできない話だったため素直に会話に混ざることにする。
「魔族って言っても、見た目は他の人間種族と変わらないらしいけどね」
ここで言う人間種族とは、『アーカウラ』に住む、『人間』に分類される全ての種族のことだ。この世界には『人族』以外にも、様々な特徴を持った多種多様な種族が暮らしていた。彼らの中には『森妖精族』や獣人の各種族など、地球でもよく語られる種族が少なからずいる。
「まあ、そいつらは『人族』より弱いって話だったし、俺らなら平気だと思うけどよ、魔王が、殺した『人族』の死体を改造して作ったていう化け物はヤバいんじゃねえの? この国の宗主国だったかも、殆どそいつらにやられたんだろ?」
祐介の持ち出したのは千年前、件の魔王がディアス教始まりの地とされるある大国をたった数日のうちに滅ぼした話だった。その国は現在魔王が居城を構える大陸の北半分、面積にしてアフリカ大陸の三分の一ほどを支配しており、強大な軍事力を持っていたにも拘らず、魔王と魔王が生み出した配下の前には手も足も出なかったと翔たちは聞いていた。
「当時その国は、個人の力が充分ではなかったって先生は言ってたよね。だったら、私たちで何とかなるんじゃない、かな……?」
そう言う香だったが、だんだんとその声は弱々しくなる。そして最後に、思導君たち以外は、と付け加えた。
「心配すんな。翔なら大丈夫だよ。こいつが陽菜を置いて一人で死ぬわけないだろ?」
半ば冗談めかして言う祐介だったが、翔は強く頷き、陽菜が満面の笑みで翔に寄り掛かるものだから、祐介も香も苦笑いする他ない。とは言えいつもの事であるので、祐介も特にツッコまず続きを口にする。
「陽菜の所には俺たち『防衛役』が行かせねえし、その、陽菜と仲が良い香も、俺が、守るし……」
「あ、ありが、とう……」
彼としては、翔が気に病まず役割を果たせるように言ったことなのだろうが、今日に限っては、その後の方が重要だった。
――なんでそこはっきり言わないんだよ! いや、聞こえるように言っただけ進歩なのかな……?
翔は陽菜へちらっと目を向けると、同じことを思っていたらしい彼女と目が合った。互いに示し合わせたように苦笑いを浮かべる。それから頷き合って、また親友たちへ視線を戻した。彼らは耳を真っ赤に染めており、翔も陽菜も、まあいいか、とそれぞれ納得した。
「お、あれ大通りじゃね?」
「そうみたいだね」
落ち着いてきたらしい二人が前方に行き交う多くの人影を見つけた。未だ残る照れを隠す為なのか、やや歩く速度を上げた二人について翔たちが裏路地を抜けると、そこは多くの商店や屋台で賑わう商店街だった。
「陽菜、手」
「うん」
それなりに人の多い通りを見て、恋人二人は自然に手をつなぐ。それを見て羨ましそうにする香だったが、祐介にここで手を差し出せるような気概はない。そもそも、翔たちの行動について完全に流す癖のついている彼は香の様子に気が付いてすらいなかった。
「ねえ、そろそろお昼ご飯の時間じゃない?」
陽菜の見ているのは、テラスに三つほど丸テーブルの置かれた建物。そこは法王国の伝統料理を主に提供するレストランだった。
翔は自分の影が小さくなっているのを見て、陽菜に賛同の意を示す。そのまま祐介と香へ視線を向けた。
「そうだな、飯にするか」
「うん。陽菜ちゃんはあの店が気になるの?」
「うん、いい?」
翔は当然として、香たちにも反対する理由はない。人ごみをすり抜け、その店の戸を開いた。
そこは広々とした空間に通行に不便しない程度のスペースを開けて丸テーブルを並べられている、大衆食堂のような店であった。壁は継ぎ目の見えない外観と異なり、ブロックを積み上げたような見た目となっている。
適当な席に着くように促され、翔たちは奥の方にある四人掛けの席へ着いた。
「……〈言語適正〉って優秀すぎね? これとか、豚鬼の甘辛煮って読めるけど、たぶん、全然違う意味の名前だよな? 前見た『甘辛煮』の文字と違うし」
「だね……」
若干引いたような顔で祐介は翔へと話を振る。香の方に話を振ればいいのに、と思いながらも、翔は肯定せざるを得ない。
「と、とりあえず、それ頼んでみよ?」
祐介と同じことを思っていたらしく少し嬉しそうな香。そんな彼女の提案は、満場一致で受け入れられた。
加えて数種類の料理を注文する事にし、翔たちは店員を呼ぼうとする。
「これ鳴らせばいいのか?」
「そうじゃないかな……?」
不安げに応えた香に対し、祐介は気楽な様子で机の上にある真鍮製のハンドベルを鳴らした。間違っても命までは取られないだろ、というのが彼の言だ。
ここ最近の訓練の話をしつつ、料理を待つこと暫し。大皿に乗せられた料理が次々と運ばれてくる。
「頼んでから思ったけど、肉と果物、あと香辛料系ばっかりだね」
「ね」
互いの近くにある料理をよそい合いながら翔と陽菜がそんな感想を漏らす。これは法王国が農業大国とその他主要国を結ぶルートから外れた内陸に位置していることに関係しているのだが、翔たちの与り知らぬところだ。
祐介たちも翔と陽菜に倣って料理を小皿に分け、全員が準備できた時点で手を合わせた。
「あ、美味しい。これ、陽菜好きなんじゃない?」
「ほんとだ、美味しい! あ、こっちはちょっと苦い。翔君、こっちに移しておいていいよ」
「ありがとう、陽菜」
幼いころから一緒にいるだけあって、互いの好みはしっかり把握している二人。
対してその向かい側では、それほど相手の好みを知らないという事に思い至った祐介と香が探り合いのような事をしている。
「お、これ好きだな」
「これ? ……ちょっと辛いけど、美味しい。辛いの好きなの?」
「あ、ああ」
「そうなんだ……」
「香は、どんなのが好きなんだ?」
「私は、甘苦い感じっていうか、抹茶みたいなのが好きだな」
翔と陽菜、祐介と香の二グループに分かれたような形の昼食だが、もちろんこれは翔たちの思惑通りの展開だ。尤も、二人の世界を作るのはいつもの事だと祐介も香もまったく気が付いていなかったが。
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