短いです
⑫
役割ごとの訓練が始まって数週間が経った。
「お疲れ、翔君」
「あ、陽菜、お疲れ」
訓練を終え、夕食の前に汗を流した翔が男風呂の扉を開けると、出てすぐの所にある休憩スペースに白いローブに身を包んだ陽菜がいた。彼女の頬は上気して紅く染まっており、長い髪もまだ少し湿っている。
陽菜は座っていたソファから少し腰を上げ、翔を手招きして隣へ座らせる。柔らかいソファに身を預けながら二人は自然に身を寄せ合った。
「ちょっとのぼせかけちゃったから、先に上がって香を待ってたの」
「なるほどね」
近くに控えていた侍女の一人に飲み物をお願いする翔。陽菜はその左腕をじっと見つめていた。
「もうすっかり元通り動くんだね」
「……ああ。うん」
やや間があって、陽菜が何の事を言っているのかを理解した翔はその左腕を曲げ伸ばししてみせる。あの日アラニアスエイプに食いちぎられた箇所にはもう、そんなことがあったと分かるような跡はない。
「凄いよね、〈神聖魔法〉って。たった数週間、何日かに一回儀式をするだけで無くなった腕が元通りになるんだから」
あの最初の実践訓練の日、片腕を無くして帰還した翔に施されたのは〈光魔法〉の上位スキルである神の力を再現するスキルの魔法だった。一度目の儀式で腕の外観だけは完全に元通りにしてしまった力に、翔はただ純粋な讃嘆を表す。
「まあ、ね」
対して陽菜は微妙に顔を歪める。
「でも、もうあんな怪我しないでね?」
彼女は儀式の補助役として参加したため、当時の惨状をその目で見ていた。翔はもちろん、と返しつつ陽菜の顔が歪んだ理由を推測する。
――陽菜の家は神社だし、神様の力を気軽に再現するのは抵抗があるのかもね。
「それよりさ、明日のお休み、街に遊びに行こ?」
「あ、いいね。こっちに来てから何だかんだ二人で出かけてなかったし」
いくらか冷めたお茶を口に含みながら、翔は陽菜の誘いに笑顔を返す。それから、少ない情報を頼りにどこへ行こうかと話に花を咲かせた。これまで休みは何度かあったが、慣れない訓練に疲れ切っていたり勝手が分からなかったりで、訓練の時以外、二人は街へ下りた事がない。結局決めきれず、行ける範囲で気ままに回ってみようという話に落ち着いた。
お茶を飲んで一息を入れている時、翔の頭にふと、親友の顔が思い浮かんだ。
「そういえば祐介、いつになったら音成さんに告白するのかな? 音成さん、満更でもないと思うんだけど……」
「うん、香ちゃんも祐介君の事好きなのは間違いないよ。本人から直接聞いたわけじゃないけど、バレバレだし」
祐介が香に思いを寄せているのが明らかなのと同様、よく彼に熱い視線を送っている香の思いも、両者を親友に持つ翔たちからすれば分りやす過ぎる事ではあった。それを初めて確認し合い、いい加減くっつかないものかと思案する。奇しくもそれは、中学までの二人へ周囲、特に祐介や香が抱いていた感想と同じものだった。
まだ三分の二近く残っていたお茶に口を付けながら、翔は何か力になれないかと考える。そして、ふと閃いた。
「ねえ、明日、やっぱり二人も誘わない?」
「うん、私も今、そう言おうと思ってた」
二人は顔を見合わせ、にやりと笑う。
それから香が出てくるまで、そこは小さな作戦会議室と化すのだった。
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