⑭
「舞は温存! まずは包囲を突破するよ! 煉二!」
「任せろ」
それぞれ自分に向かってきた敵を武器でいなす。決して弱くはない魔物たちだったが、だてにアルジェに師事していない。闘神と呼ばれる彼女の教えは、魔法主体の煉二や寧音でさえ無理なくクレド宮殿の死を捌ききらせた。
――狼系っぽいやつが五に虫っぽいのが十。ランクはどいつもAランク前後か。
星見の池を思わせる、数と質の両方を伴った群れだ。大きなものでも軽自動車より一回り小さいくらいと比較的小柄だが、それでも数が数だ。翔たちに与える威圧感は並大抵のものではない。加えて、その異形。狼型の魔物は身体の至る所から蔓や根、触手を生やし、眼球も本来あるべきはずの位置にない。あるものは前足の甲に、あるものは顔面全体に、あるものは後頭部にいくつもの目を備えていた。虫型も同じく、頭が複数あるカブトムシであったり、腹部が二股になった蜂であったり、凡そ普通と言える姿のものは一体もいない。
「気持ち悪いですー……」
「そうだね、ちょっと、直視はしたくない感じかな……」
女性陣はその嫌悪感を隠そうともせず、全員普段よりやや間合いを広くして対処している。それもあって中々有効打は与えられず、チャンスがあっても他の魔物に潰されていた。
――でも動きは思ったより遅い。これなら何とかなるか?
「行くぞ!」
煉二の声に、背中を合わせるように立っていた翔と陽菜がその場を飛び退く。直後、雷を纏った暴風が進行方向上にいた魔物たちを飲み込んだ。
――これがアルティカさんに教えてもらった[乱狂雷風]。凄い。
風雷のおさまった時、そこに残っているのは超重量をもつ草木や石ばかりで、深く抉られて世界樹を露出させた地面共々、その威力を物語っていた。魔物や比較的軽いモノは全て吹き飛ばされたようで、一直線に続く傷跡の遥か向こうにそれららしきものが見える。
「突破!」
翔の感知した限りでは、[狂乱雷風]の魔力消費はアルジェに教わった[水蒸気爆発]より少し多いくらいだ。殲滅範囲はそれに劣るものの、指向性がある分威力がやや高く比較的使い勝手もいい。魔力節約の為に普段より少し長めの詠唱時間を要したが、目的は十分に達成された。
警戒を強めた魔物たちの虚を突くようにして、煉二の切り開いた道を駆ける。一瞬の間の後に魔物たちも追いかけてくるが、それはつまり、翔たちが包囲を脱したことを示していた。
「陽菜、吹き飛ばされた魔物がまだ何体か生きてる! トドメをお願い! 寧音はいつも通り補助、煉二、追いかけてくるのを殲滅するよ!」
殆ど瀕死だとは言え、陽菜を一人で行かせるのは不安もあった。しかし彼女も弱くないと翔は知っている。最愛の恋人である以前に仲間である彼女を、彼はリーダーとして信じると決める。
――あっちは大丈夫。問題は、俺たちか。
相手のホームである密林で包囲されたまま戦うよりはと大魔法による突破を選択したが、それはつまり、他の魔物にも自分たちの存在を教える事に繋がる。唯でさえ油断できない相手な上、時間もまた、翔たちの味方ではなかった。
――俺にもっと突破力があれば良かったんだけど、ね!
飛び掛かってきた狼の爪を躱し、剣の柄で伸ばされた触手を殴りつけて逸らす。そのまま唐竹に愛剣を振り下ろせば、一閃は違うことなく首を両断した。すぐさま飛び退いて次の一体を蹴り飛ばしつつ、首と胴の別れた狼に注意を払うが、動き出す様子はない。察知系スキルでもそこに命は感じられず、絶命を確信する。異形の姿に彼が想像したような生命力は、持ち合わせていないらしい。
「首を落とせばちゃんと死ぬみたい!」
「それは朗報だな!」
返事と共に一瞬の閃光。煉二の[雷矢]が虫型の一体を焼いたのだ。後続には触手や蔓、魔力障壁などで防御されてしまったが、相手はAランクだ。そもそも期待していなかったようで、すでに回避行動に移っている。
「翔君、煉二君、行きますよー!」
寧音の魔力が翔と煉二を包んだ。尤も単純な補助魔法の一つだ。本来自分自身で行う強化を、術者の魔力を使って行う。かけられる側の意識で調整出来ない為、感覚のズレを引きを起こしかねないが、訓練は十分に積んでいた。
煉二の振るった杖は想定通りの威力で、すぐ横を通り過ぎようとしている大きな狼の魔物を跳ね飛ばし、後続の同種や虫たちにぶつかってその足を止める。そこへ向けて放たれたのが、普段より高威力、広範囲の『鎌鼬』だ。アーカウラの法則に合わせて最適化された川上流の技は、思惑と寸分たがわず一塊になった魔物たちを切り裂いた。
――仕留められたのは二体だけか。
脳裏を過ったのは続く一手があればという思い。基本的に防御力を無視するその一手さえあったなら、今の攻防でもう三体の活動を停止させられていた筈だった。
意識を切り替え、同時に襲い掛かってきた蜂型の魔物二体に対処する。右の一体へ向け牽制の[光槍]三本を放ってタイミングをずらし、左側の一体の腹部を、半ばあたりから水平に断つ。武器を失ったソレがバランスを崩して通り過ぎていくのを脇目に、やや遅れてやってくる蜂へ剣を正面に構えたまま突進すると、蜂は腹部の二つに分かれたあたりから縦に裂けた。
「翔君、向こうは終わったよ!」
「了解! そのまま、いつも通りで!」
「うん!」
ちらと後ろを振り返れば、腹部を断った蜂の頭を陽菜が薙刀で貫いている。
――まだ他の群れの気配は感じられない。このまま行ける!
確かに、見える魔物の数は確実に減っている。煉二や寧音も魔力を温存したまま、陽菜と合流も出来た。翔が勝利を確信するのには十分な状況だ。だが、それは油断に他ならなかった。
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