君の為に翔ける箱庭世界

――神々は彼らを役者に選んだ
かかみ かろ
かかみ かろ

第四十八話 更に深く

公開日時: 2021年9月5日(日) 22:57
更新日時: 2021年9月11日(土) 02:26
文字数:1,286

 どのスキルも氷の中に命の存在を示さない。朱里たちはそれでも残心をして武器を構え、暫くそれを睨みつけた。


「……ふぅ」

「勝てた、みたいだね」


 朱里が緊張を解き、翔は安堵を色濃く浮かべた笑みで武器を鞘に納めた。陽菜たちもこれに倣って武装解除すると、大きく息を吐く。


「最後は死んだかと思いましたー……」


 へなへなと崩れ落ちる寧音の表情には明らかな疲れが見える。仲間に注意を払って補助回復の用意をしながら常に結界を張り続けていたのだから、無理もない。魔力消費の多さに加え、精神疲労も尋常ではなかっただろう。

 朱里は陽菜が寧音を労って飲み物を渡しているのを横目に見ながら、周囲の警戒を続ける翔の方へ歩いていく。途中助かったと礼を言ってきた煉二には片手を上げて応えた。


「この辺りには他の魔物はいないみたいだね」

「例の光石の影響もあるし、この竜を恐れて近づこうとしなかったのね」


 このレベルの魔物はそうそう居ないでしょうし、と続けられた言葉に、翔は無言のまま神妙な顔で頷いた。その理由は朱里も感じていたことだ。

 ――正直、こいつの戦闘経験が少なかったのが一番の勝因ね。


 戦闘の中、プロテウスの見せた動きは決して戦闘慣れしていると言えるものではなかった。知性の高さを示してはいたものの、それだけだ。そうでなければ、朱里たちは中位の水竜に相応しいその能力に多大な犠牲を出さざるを得なかっただろう。

 翔から視線を外した猫目が再度、氷に封じられた巨竜へと向けられ、細められる。


「翔君、朱里ちゃん、お疲れ。それで、どうするの?」


 聞こえた声の方へ細めていた目を向けると、陽菜が朱里と同じように氷像を見上げていた。その後ろには寧音や煉二、ナイルの姿もある。


「とりあえず〈ストレージ〉に入れて置こうかなって。解体の仕方が分からないし、今は休憩を優先したい」

「ああ、俺も休憩を優先するというのには賛成だ」


 煉二の視線は隣の寧音に向けられている。

 ナイルの持つ地図によると、まだ先は長い。野営の準備に入るには少し早い時間だが、湿潜竜プロテウスと魔除け光石の影響で近くに魔物の気配がない現状は理想的だ。このまま進んで戦闘になっては今度こそ致命的な事態になりかねないという事もあり、休憩のついでに一夜を明かすことになった。


 その夜は皆、高揚感を残したまま床に就くことになった。現代日本で生まれ育った少女たちにとっても竜という存在は有名な畏怖の対象である。その竜を、戦闘経験の少ない個体とは言え護衛をしながらという不利な状況で討てたのだ。当然と言っても良いだろう。 そして翌朝。地上は明けの明星が輝く時間帯。


「ナイルさん、あとどれくらいで洞窟を抜けられそうですか?」

「そうですね……。最短で行くなら、もう一泊して明日の昼前に抜けられる位でしょうか」


 地図を睨みながら告げられたナイルの言葉に、朱里は気を引き締め直して若干寝ぼけていた頭を起こした。それから翔の号令を聞いて、勢いよく立ち上がる。

 ――うん、大丈夫。私と翔は、仲間。友達。


 いつもの順に並び、それぞれとアイコンタクトをして出発する直前、彼女はすっかり癖になった暗示をして意識を切り替えた。

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