君の為に翔ける箱庭世界

――神々は彼らを役者に選んだ
かかみ かろ
かかみ かろ

第九十三話 古の光に見守られて

公開日時: 2022年8月6日(土) 10:09
文字数:2,785

 星々と炎が照らす広場の端、備え置かれたベンチに座り、踊る人々の揺らめく影を見つめながら、翔達は『クレド宮殿』の最奥で見送った朱里の記憶に思いを馳せる。周囲に流れるのは、楽し気で、でもどこかさみし気な音楽。そんな中で、アルティカとローズが彼らへ温かな眼差しを向けている。


「また、一からだな」


 これまで見つけた帰還の手掛かりは全て空振りに終わり、もう彼らの手に情報は無い。

 翔は広場の中央で燃える炎から視線を上げ、その先の巨大な影を見た。既にその黄金の光は失われ、巨木の形に星光が遮られている。


「うん、そうだね」


 静かに返した彼は、世界樹の向こうへ隠れた瞬きに右手を伸ばし、握る。胸の前で開いた拳に視線を落としても、内には当然、何もない。


「これからどうしましょうかー?」

「順当に行くなら、他の魔境の【調停者】を尋ねるのがいいのかな?」


 確かに、陽菜の言う通りにするのが良いのだろう。というよりは、彼らの出来ることは他にない。翔もそれは分かっている。


「そうだね。でも、出発するのはもう少ししてからにしたいかな」


 朱里を犠牲にして得た手掛かりで、いくつもの死を乗り越え、そして神の一柱に会った。そうまでしても、元の世界には戻れない。道しるべとなる光はある。しかしいくら進んでも近づかない、遥か彼方の光だ。


「私も、かな」

「そうですねー……」


 力なく続けられる同調の言葉。


「好きなだけいなさい。アルジェちゃんの所に帰りたいなら送ってあげるけれど」


 アルティカの提案に、翔は少し考えて、それから揺れる炎へ視線を向けた。


「ありがとうございます。もう少し、ここにいます」


 何となく、今は雄介や朱里の墓があるアルジェの城には戻りたくなかった。アルティカも察したのか、そう、とだけ言ってそれ以上は聞かない。

 楽器の音と後夜祭の喧騒ばかりがその場に満ちる。彼らはまた、ぼんやりと、二人組で踊る男女を眺めた。今踊っている彼ら彼女らは、一様に幸せの頂にあるようで、少し、翔の心が軽くなる。

 ――そういえば、セフィオルティこの祭りは前夜祭で誘われた側が後夜祭で誘い返したら婚約成立なんだっけ。


 翔はふと、迷宮に潜る前に聞いたことを思い出した。思考を読んだわけではないだろうが、陽菜が彼の袖を引いたのは、そんなタイミングだった。


「翔君、私たちも踊ろ?」


 頬を染め、少し恥ずかし気に言うのは、彼女も風習の事を覚えていたからだろう。


「あ、煉二君、私たちも行きましょー!」


 翔が返事をする前に、寧音がそう言って煉二を引っ張っていく。されるがままの彼が顔を真っ赤にしているのは、オレンジ色の光に染められた中でもよく分かった。

 翔と陽菜は顔を見合わせ、苦笑いを交わすと、立ち上がって友人たちの後を追う。

 踊り始めるとやはり陽菜がリードする形になってしまうが、もうそんなことは関係ない。互いを、互いだけを見て、二人はステップを踏む。彼らの世界に他人が入り込む余地はなく、さっきまでよりも楽し気な雰囲気の増した音楽に合わせ、右へ左へ。自然に漏れる笑みは、その場で踊る誰もが浮かべているもので、今ばかりは、不安の全てを忘れられた。

 だからだろう。彼が陽菜へ、今改めてその思いを伝えたのは。


「ねえ、陽菜」

「何?」

「これから先、今回みたいに何かを諦めなきゃいけない事がまた、出てくると思う。もしそうなっても、何を諦めることになっても、陽菜だけは独りにしない。改めて誓うよ」


 濡れ羽色に時折オレンジの混ざる瞳は、どこまでも真っ直ぐで、それを受け止める瞳にも、同じ炎の色と、ダークブラウン以外は映っていない。

 

「うん、私も、絶対独りにしないよ」


 艶やめく黒の髪を揺らし、陽菜は、焦げ茶に近い黒髪の彼へと微笑んだ。


 

◆◇◆


「もう出てきても大丈夫ですよ」


 少年少女のいなくなった謁見の間で、【管理者】セフィロスはもう一人の客人へと声をかける。その声は先ほどまでの無機質なものではなく、確かに熱のあるものだ。


「最後に渡してたあれ、良かったの?」


 応えるようにして姿を現したのは、光の加減で空色に見える事もある銀髪と、アメジスト色の瞳を持ったあでやかな『吸血族』の女性。翔たちの師、アルジュエロだ。


「あれくらいなら問題ありません。王は十分にお愉しみになりましたから」


 そのようね、とだけ返すと、アルジェは〈ストレージ〉からティーテーブルと二つの椅子を出して席に着いた。セフィロスも彼女に倣い、腰を下ろす。一連の流れに、淀みは無い。


「スズネのケーキですか。彼女のモノは我々にとっても美味です」

「当然よ」


 神の一柱の前だというのに、アルジェは相も変わらないシスコンっぷりを発揮する。分かりやすく自慢げな彼女へセフィロスは笑みを返すと、どこからともなく白地に黒で蔓草の描かれたティーポットとカップを出現させ、二人分の茶を注いだ。赤茶色の液体がカップへ注がれるのに合わせ、辺りに甘い香りが漂う。


「最高級のダージリンです。先ほど門を開いた序でに手に入れておきました」

「あら、いいわね。スズのケーキに合いそう」


 旧来の友人のように対等に振る舞う二人。この光景を翔たちが見たならば、呆れるのか畏敬の念を深めるのか。兎も角、穏やかな時間がそこにはあった。


「それで、どうでした?」

「そうね、まあ、頑張ってたんじゃない? 最後弾けさせちゃった辺り、まだまだ未熟だけれど」


 そこまで言って、彼女は紅茶を口に含むと、満足げな笑みを浮かべた。


「そちらもですが、武神の残滓樹の事です」

「ああ。なんというか、そうね……」


 素直に言うのが気恥ずかしいのか、珍しく歯切れの悪いアルジェへセフィロスは上品な笑いを送ると、助け舟を出すように再度口を開いた。


「あなたも戦ってみますか? 彼を超えるのが目標だったのでしょう?」

「必要ないわ。確かにあれは、ジジイよ。態と『迅雷』の出を見せたのとか、そのまんま。でも、残滓でしかない。本物には遠く及ばない模造品を倒したところで、仕方ないでしょう?」


 先ほどとは打って変わって、バッサリと切り捨てる。セフィロスもそう返ってくるのは分かっていたようで、そうですか、と言うばかりだ。


「そんな事より、あの子たち、帰してあげればよかったじゃない。やろうと思えば出来たんでしょう?」 

「ええ、まあ。しかしそれでは、お父様に怒られてしまいますから」


 セフィロスは口に運びかけていたケーキを一度止め、そう言った。彼女のが何者かを考えて、アルジェは顔を顰める。それ以上は何かを続けることもなく、ため息を漏らして妹の作ったケーキへ手を伸ばした。


「そうそう、そのお父様から伝言です」

「……あまり聞きたくないのだけれど?」


 苦笑いを漏らしつつ、聞かせないわけにもいかないと続ける。


「――それでなわけね……。はぁ、あの子たちも大変ね」

「そうですね」


 万感の思いの込められた呟きは、誰の邪魔も入らない宮殿の中に響いて消えた。

 


読了感謝です。


結局短くなってしまいましたが、これにて三章完結。次章が最終章となります。

開始までまた期間が空くと思いますが、気長にお待ちください。

そうそう、数日前に資格試験が終わって余裕ができたので、最終章は更新頻度が上がるかもしれません、し上がらないかもしれません。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

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