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「いやぁ、すげぇなお前ら!」
そう言って茶色い瞳の目を細めて翔の背を叩くのは、ブルドだ。水を飲んでいる途中だった翔が咽てせき込むが、気付いた様子はない。
「ああ、まさかブラウマさんに勝っちまうなんてなあ」
続けた男はブルドに比べれば冷静だが、興奮していることに変わりはないらしい。目を爛々と輝かせ、顔を赤くしている。彼らだけではない。今翔たちと同じ机を囲む面々が、一様に熱気を纏い、尊敬の眼差しを二人に向けている。
「だから、あれは引き分けですって……!」
苦笑いで主張する翔だが、ブラウマさんが言うのだからと取り付く島もない。ブラウマは訓練用の剣だったが故の結果であり、真剣なら己の剣ごと自身の命も断ち切られていただろうとして、自らの負けを宣言した。しかし勝負にたらればは無いと教え込まれた翔からすれば、引き分けは引き分けだ。
それに、こうも褒めちぎられては恥ずかしい。どうにか面々を落ち着かせようと徒労を重ねる。
――でもまあ、この人たちには認めて貰えた、のかな?
当初の目的を果たせた喜びと気恥ずかしさとが混ざった溜息を付いている内に、彼らの話は陽菜の模擬戦に移った。ブラウマとの模擬戦はしなかった陽菜だが、翔たちの戦いを見て闘争心を燃やした『龍人族』たちと連続して模擬戦をすることになったのだ。時には多対一となった戦いのその全てに勝利した彼女もまた、その場にいた革命軍の兵たちから一目置かれるようになっていた。
自分の時ほどでは無いにせよ、褒めちぎられる陽菜を見て、翔は微笑む。
「ほら、お前らも飲もうぜ! こんな楽しい日に酒無しなんて嘘だろ?」
彼らが顔を赤らめていたのは、どうやら興奮のせいばかりでは無かったらしい。よく見ると、誰の手にもアルコールの匂いが漂うグラスがあり、同じものが翔達に差し出されていた。
「あ、いや、俺たちはお酒は……」
「その、故郷の風習で二十歳までは飲んじゃいけないことになってて……」
慌てて言う二人に酒を勧めた者たちはきょとんとする。
「故郷って、ここは帝国だろう?」
「そうですけど、一応?」
疑問符をつけた口調ではあるが、そう言って断った翔にブルドはどこか呆れたような、感心するような声を漏らす。
「なんつーか、真面目だなぁ。ショウエイなんて、ここに来た時にはもう平気で飲んでたぞ? さすが主人公」
「主人公、ですか?」
疑問の声を返したのは、視線を向けられた翔だ。ブルトはああ、と肯定してから一度酒を口に含む。
「実はな、お前らの事は前々から聞いてはいたんだ。物語の主人公みたいなやつがいるってな」
ブルトの手が大皿の骨付き肉に伸びた。甘辛く煮込んだらしいそれを、彼は美味しそうに頬張る。その周囲からは、自分も聞いてた事があるという声が幾つか聞こえた。
「カケルがいなかったら、自分は戦場でのたれ死んでたかもしれないってよ」
「で、その主人公君のお姫様があなたって事ね、陽菜ちゃん」
からかい口調を向けてくる女性に、陽菜は喜色が混ざりつつも、困ったような笑みしか返せていない。
「ショウエイのやつ、いつか俺らにも紹介したいっつってたんだ。まさか本当に連れてくるとは思わなかったがな」
ブルトをきっかけとして、食堂内に笑いが満ちる。
そんな彼らに、どんな顔を向けていいのか翔たちには分からなかった。
昼食を終え、与えられた部屋に戻る。あの場にいたのは殆どが非番の待機組だったらしく、翔たちの思っていた以上の時間、食堂に拘束された。そのおかげで幾らか打ち解けられはしたが、正月などの親戚の集まりがあった後のような疲労感を二人は感じていた。
「はぁ、思ったより疲れたね」
ベッドに腰を下ろしながら陽菜が言う。
「うん、でも、気のいい人たちだった」
同じように翔もベッドに座って寝転がり、岩の天井を見て言った。オレンジ色の明かりに照らされたそこには、まだら模様や斑点模様がいくつも見える。それらを映す瞳には少し、陰りが見えた。
「そうだね。だけど、いつか戦わないといけない」
「……うん」
そうしなければ、翔たちの目的は果たせない。そうしなければ、また戦争が起きてしまう。
分かってはいた。
「ままならないね、どうも」
呟くように言った翔を見つめ、陽菜もベッドに倒れこむ。
「……そうだね」
そして、同じような声音を最愛の王子へと返した。
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