君の為に翔ける箱庭世界

――神々は彼らを役者に選んだ
かかみ かろ
かかみ かろ

第三十話 救出作戦(前編)

公開日時: 2021年5月28日(金) 19:23
文字数:3,413

 丘を下りた翔たちは、麓の林に身を隠して本陣の様子を伺いながら日が完全に暮れるのを待つ。法王国の本陣にはいくつもの天幕が張られており、対魔法障壁によって覆われていた。


「敵国の方ばかり気にしているようだな。一応こちら側にも見張りを置いているようだが……」

「やる気なさそうだね」


 翔と煉二が小さな単眼鏡に目を当てて言う。アルジェの下を目指す際に買った物だ。見張りは、簡易的な小さなやぐらの上で欠伸をしていた。

 翔は単眼鏡の向ける先を陣の外側にある天幕へ移す。

 ――いた。一般兵より外側なのか……。


 特に戦争の知識の無い翔の目から見て、それはまるで、クラスメイト達を肉壁として扱っているように見えた。彼の単眼鏡を握る手に力がこもる。


「【選ばれし者】への命令権を持ってる人達の名前、ちゃんと覚えてるよね?」


 翔が一瞬陽の沈む方向を見て、それから三人に確認した。それはアルジェの力によって明らかにされたものだ。人数を絞ることで強制力を上げる術式だったが、今回は翔たちに有利に働く事になる。


「もちろん」

「当然ですよー」

「た、たしか大司教以上の六人、だったか……?」


 煉二だけは自信無さげだったが、彼の言った内容に間違いはない。翔は首肯で返す。大司教は法王国において、法王、聖騎士団長と続いて三番目に高い地位だ。


「法王とグラヴィスさんはいないだろうから、ここにいるのは大司教四人の誰か。その人の無力化が最優先だよ」


 改めて方針を告げる翔に、三人は頷いた。大司教の名前はしっかりと覚えているらしく、煉二も堂々としている。

 翔は一度法王国の本陣へと視線を戻し、それから伺う様な目で仲間たちに尋ねた。


「……見つからずに行けると思う?」


 その言葉を受け、三人も改めて襲撃目標を見る。そこには当然、何人もの騎士や兵士の影がある。件の天幕は、出入口を使わずに外へ出るには苦労する幽閉用の魔道具だ。


「みんながいる所までは、ね」

「そうですねー」


 【選ばれし者】たちにも見張りをつけているらしく、彼らのいる天幕の前を定期的に巡回する様子があった。同級生たちへ説明するためにもそこは経由しなければならない。


「やっぱり、そうだよね」


 二人の答えに頷くと、翔は今決めた事を三人に共有した。一瞬戸惑った朱里たちだが、その意図を聞き、納得する。

 そして、辺りは完全に、夜の帳に包まれた。


 彼らは気配を絶ち、やや低姿勢のまま静かに駆けて助けるべき仲間たちの下を目指す。

 残り百メートルを切った。翔の投げた石は放物線を描き、櫓の側面を打って兵士の気を引く。時間としてはほんの数秒だが、今の翔たちには十分すぎる時間だ。

 最初に天幕まで辿り着いたのは朱里だ。彼女のナイフは簡単に天幕を切り裂いた。


「やっぱり、入るのは楽みたいね」

「だね。寧音、先頭お願い」

「任せてくださいー」


 元生徒会長である寧音を先頭に天幕の切れ目を潜った。急に現れた寧音を見てクラスメイト達が反応を示す前に、遮音結界が張られる。

 その場にいたのは八人。彼ら彼女らは戸惑った表情のまま翔たちの所へ駆け寄る。


「会長、それに翔たちまで……。魔王討伐に行ったんじゃなかったのか? それとも、もしかして……!」


 口を開いたのはバスケ部だった翔の元チームメイトだ。何も知らない彼らはその最後の言葉に期待を込めて翔たちを見る。


「アルジェさんは倒してませんよー? それより、ここに来ているのはこれで全員ですかー?」


 アルジェと聞いて怪訝な顔をしたクラスメイト達だが、とりあえずと質問に肯定を示す。

 ――祐介と音成さんはもう一つの方か……。

 

 寧音は満足げに頷いて、彼らに笑顔を向ける。


「それじゃあ逃げる準備をしておいてくださいねー」


 そしてそのまま、天幕の入り口へ向かおうとした。


「ちょ、ちょっと寧音!」


 慌てて呼び止める翔の顔を見て、彼女はキョトンとする。目を数度ぱちくりさせてからようやく説明をしていなかったと思い至ったらしい。あ、と声を上げてクラスメイト達に向き直った。


「そうでしたそうでした。えっとー、まずは、【選ばれし者】の称号を〈鑑定〉してもらっていいですかー?」


 それにどういう意味があるのか分からず、顔に疑念を浮かべながらも、彼らは寧音の言葉だからと指示に従う。彼らの表情は、すぐに強張り、青ざめた。

 最初の彼が唇をわなわなと振るわせながら、翔へと視線を向ける。


「か、翔、これ、どういう事だよ……。洗脳って、見間違い、じゃないんだよな……?」


 どうか否定してくれという思いの込められた視線へ、翔は頷いて返した。そして、そうか、と俯く元チームメイトの姿に目を伏せる。


「ちなみにここはー、法王国から国境を超えてしばらく行った辺りですねー」

「この戦争は防衛戦なんかじゃない。侵略戦争なんだ」


 付け加えた言葉を疑う者はいない。幸いにして彼らは思考誘導状態に留まっていた為、証拠と共に突きつけられた事実を受け入れることができた。


「じゃあ、どうしたら、いいんだよ……!」


 その先を考えようとしてしまったからだろう。クラスメイト八人は以前の翔たちの様に酷い頭痛に襲われる。翔は彼らにペットボトルの水を渡しながら、これからの事を説明した。疑念を抱く余裕は無いらしく、容器には無反応だ。


「お前らが騒ぎを起こしてる間に、そこから出て、森を目指せばいいんだな?」

「うん」


 まだ少し頭を押さえながらだったが、クラスメイトの一人が翔たちの入ってきた天幕の切れ目を指さして確認する。わかった、と頷いた彼の肩を叩き、翔は天幕の入り口へ向かう。


「お前ら! ……ありがとうな!」


 その背中に向けて、クラスメイト達は口々に礼を言った。

 

「うん。……それじゃあ、行ってくる」


 その声は遊びに行くように気軽で、残るクラスメイト達に安心感を与える。翔は彼らに笑いかけ、そのまま天幕を飛び出した。


「うぉっ⁉ なんだ⁉」


 すぐ外に居た騎士は煉二が序でとばかりに殴り飛ばし、本陣中央の一番大きな天幕を目指して駆ける。翔の作戦は単純。正面突破で囮になるだけだった。

 切りかかってきた騎士はその腕を取って投げ飛ばし、兵士の槍は穂先の届く前に剣で切り飛ばす。寧音を含め、殆ど足を止めずに対応出来ていた。

 ――あの地獄に耐えた甲斐があった。これなら……!!


「いたっ! 今出てきたやつ!」


 朱里の見る先では、白地に金の刺繍が入ったローブ姿の老婆が周囲の騎士たちに向けて何かを喚いていた。騎士の内三人は白い甲冑を纏い同色の楯と剣を構えている。


「寧音と煉二は俺と聖騎士の足止め、朱里は大司教をお願い!」

「りょーかい!」

「はいー!」

「ああ、わかった!」


 返事と同時に朱里が速度を上げた。間に入ろうとする他の騎士や兵士は寧音が障壁で止める。


「ふっ」


 朱里は高跳びの要領で宙を舞う。頭上を飛び越える彼女を、聖騎士たちは目で追った。彼らはすぐに追いかけようとするが、翔たち三人が間に入る。


「くっ⁉」

「何をしている! 私をしっかり守れ!」


 苛立ちと焦りで怒鳴る大司教だが、聖騎士たちは三人を越えられない。どころか、殺さないよう明らかに手を抜いている彼らに圧倒されていた。


「あなた達も、大切なものの為に戦っているだけだというのは分かっています。だから、殺しはしません」


 猜疑の目を向けた騎士たちに翔が答える。そのくらいの余裕があった。

 舐められていると感じたのか、聖騎士たちは余計な力をいれてしまい動きが硬くなる。武神と謳われるアルジェの教えを受けた翔たちだ。その隙を見逃すはずがない。

 翔は剣が振り切られるのに合わせて距離を詰め、楯の内側に入ると相手の下がる動きに合わせて足を刈る。辛うじて反応した騎士の体は、そのまま翔に背負われ投げ飛ばされた。頭から地面に叩きつけられ、彼は気絶する。

 ――皆は……ちゃんと抜け出したみたい。でももう少し暴れた方がいいかな?


 気配を探り、クラスメイト達が脱出したのを確認すると、翔は魔法の用意をする。煉二達三人の事は心配していない。

 彼は森とは逆方向へ向けて小さな火の玉を撃ち出した。それは一つの天幕の上で膨れ上がり、緋色の花を咲かせる。派手さを重視した花火の魔法だ。


「わー、綺麗ですねー!」


 寧音がのんきな声を漏らす。彼女が相手をしていた聖騎士は障壁で拘束されていた。

 その後ろから煉二も歩いてくる。聖騎士は殴って気絶させたらしい。


「こっちも終わったわ」

「お疲れ、朱里。じゃあ、もう少し暴れたら馬を拝借して次へ行こう」


 翔の言葉を合図に、四人は走り出した。



読了感謝です。

日付が変わったころにもう一話行きたい……。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート