⑲
ルキリエナの襲撃作戦は、革命軍としても翔たちとしても、成功したと言ってよい結果だった。速やかに退却した革命軍側の被害は殆ど無く、騎士団側にはある程度の被害を与えられた。つまりは双方に死者が出たという事でもあり、幾人かは顔を曇らせた。
それから間もなく、一か月が経とうとしている。
「そろそろだね」
オレンジ色の光で照らされる室内で陽菜が呟いた。ルキリエナ以降も幾度か騎士団への襲撃に参加した二人も、今日は非番だ。
「うん。来るとしたら、明け方とかかな?」
「どうだろうね。ここの構造的に、あんまり時間は関係ない気がするかな」
革命軍の拠点は、翔たちの調べられた限りでは入口の数が少なく、それら全てを抑えてしまえば袋のネズミ状態になる。隠れ潜むには最高と言って良い場所だが、見つかってしまうとそのまま墓穴になりかねない構造だった。
「まあ、俺たちは俺たちで常に備えておくしかないか。とりあえず食堂に行こう。そろそろ昼の時間だ」
翔はちらと机の上に置いた時計を見る。片手で持つには少し大きいそれは、旅の中で買った翔の私物だ。時計が普及してから然程経っていない箱庭世界だと、時間間隔の狂い易い地下での生活でも然程支障はない。しかし所々地球の感覚が抜けきらない二人には必要なものだった。
彼は時計を〈ストレージ〉にしまい、その他の私物が残っていないかを確認して扉に手をかける。そしてドアノブを捻ろうとした、当にその時だった。
「お昼はお預けみたいだ」
「うん、私たちはウズペラさん達の部屋の方へ行こ」
陽菜の言葉に頷きながら扉を開き、翔は駆け出す。後ろを走る陽菜以外にはまだ臨戦態勢に入っている者は無く、不思議な顔がすれ違う革命軍の兵士たちから二人に向けられる。
道程の半ばを過ぎた頃、閉ざされた拠点内に焦燥感を煽るような音が響いた。そこ彼処から聞こえるその音は非常事態を告げる為の魔道具から発せられるもので、すぐに戸惑いを多分に孕んだ騒めきが混じりだした。
「騎士団の奴らが来た! 全員、迎撃準備に当たれ!」
放送用の設備を使って呼びかけられた通り、周囲も武器を手に、予め決められていたのだろう持ち場に向って走り出した。右へ左へ走る革命軍の兵士たちに翔たちの姿は溶け込み、誰も二人を不審に思わない。
「フィルジェルさんも来てるのか。隠す気がないっていうか、これは威圧と俺たち用の目印かな」
「そうだね」
苦笑い気味に陽菜は返す。
「煉二君と寧音ちゃんは別の入り口にいるみたい。カイルさんも来てるんだね」
「うん。どこと合流しても大丈夫そう」
これなら後の事は考えなくて良いと、ペースを上げる。目的の部屋は間もなくだ。ウズペラ達の気配も間違いなくそこにある。毒島やブラウマの気配もそこにある為、騎士団側が負ける想定はしなくて良いだろう。
「毒島、ウズペラさん」
気配に追いついた。そこにいたのは、最高幹部と毒島の他、特に戦力に秀でた幹部陣が何人か。
「思導……」
「やあ、カケル。まったく、すっかり騙されたね。君達なんだろう?」
幹部会の行われた会議室の扉を背にして、ウズペラが笑みを浮かべる。
「……もう逃げられませんよ」
「おや、本当に君達だったのか。残念だ」
翔はしまったと思った。気付かれていないならまだやりようはあったはずなのに、それを潰してしまった。よくよく考えれば、疑う要素はあっても確信させる証拠はない筈だった。それがあるなら、今この状況にも目の前の男は対策をしていたはずだ。
そこに思い至らなくても、周囲で毒島や最高幹部を除いた何人かが驚きの表情を作っているのに気付けていたら、誤魔化せたかもしれない。
――いや、後悔しても仕方ない。どうせもう逃げ道は無いんだ。
「諦めて捕まってください。もしかしたら、死罪は免れることが出来るかもしれません」
「まさか。皇帝に逆らった敗者は、有無を言わさず首を刎ねられる。分からない君ではないだろう?」
ウズペラは余裕を崩さない。その事を不審に思いはしたが、それより優先したいことが翔にはあった。
「毒島、『龍人族』じゃないお前なら、まだ遅くないかもしれない。俺たちからもお願いしてみる。だから、今からでも革命軍を抜けて騎士団側に来よう!」
毒島は返事をしない。何の反応も示さない。
いや、よくよく見れば、その瞳は揺れていた。毒島の中に、迷いが生まれているように見えた。
「毒島君、このままだったら、毒島君も捕まって殺されちゃうんだよ? 捕まっちゃったら、交渉する余地も無いかもしれない」
陽菜も翔を援護するように言葉を重ねる。
毒島の迷いが大きくなったように見えた。
「それに、もし仮に革命が成功したとしたら、戦争が始まっちゃう。何人も人が死ぬの。それでいいの!?」
毒島の喉が、ゴクリと鳴った。そんな彼へ、ウズペラの冷たい視線が向けられる。
――もう少しだ。
「毒島、革命軍にいても、英雄にはなれないんだ」
だから、と、そう続けようとした。
「――るさい」
聞きなれた彼の声よりも、ずっと低い声だった。
「え?」
揺れ動いていた毒島の瞳は、代わりにメラメラと燃えるどす黒い炎をその中に映す。
「煩い。お前に、何が分かる」
何を言われたのか、翔は理解できない。ウズペラが鼻で笑い、後ろにいた幹部へ目くばせをした。重たい会議室の扉が、ズリズリと音を立てて開いていく。
「そういう事だ。彼は私たちと共に往く。君達とは、ここでお別れだ」
身を翻し、会議室の中へ消えようとするウズペラ達を、翔は呆然と見送ろうとしてしまう。
「翔君! しっかりして!」
翔は陽菜の声にハッとなって追おうとしたが、すぐにその足を止める事になった。
彼とウズペラ達を隔てるようにして、濁った紫色の煙が立ち込める。彼の危機を察知する効果を持ったあらゆるスキルが、その煙に警鐘を鳴らしていた。
――〈神毒召影〉。毒島のユニークギフト……。
毒島の名にもある毒を操る権能だ。
この会議室前の空間は、その猛毒の煙を散らすには狭すぎた。その先は会議室で行き止まりの筈なのに、毒島たちの気配はどんどん離れていく。
翔はただ、立ち尽くすことしかできない。
「……翔君、行こう。みんな近づいて来てる」
もう、喧噪が耳に聞こえる。スキルに頼らなくても合流できる程度には、騎士団は攻め入っていた。
「……うん」
翔は苦悶の表情を浮かべながら、無理矢理その足を戦場へ向けた。合流を果たしてからも彼は、既に感じなくなった友の気配を追い続けていた。
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