⑨
翔がローズから教わった事を復習し終わる頃、ようやく翔たちは暫くの住まいとなる部屋に到着した。一応は二人部屋らしく、左右の壁際にベッドが一つずつある。洞窟内なので当然窓は無く、代わりに中央のテーブルの上に魔道具のランタンが置かれていた。
「それじゃあ、飯の時間になったら呼びに来る。何かあれば、その辺の誰かに聞いてくれ」
「分かった、ありがとう」
部屋の説明を一通り終えた毒島が部屋の扉を閉じる音を聞いて、二人は息を吐く。柔らかなオレンジ色の光で、同じ方向に影が伸びる。座ったベッドは少し硬い。
「監視は三人か。当然だけど、まだまだ信用はされてないみたいだね」
「うん、まずは信用されるところからだね」
感知されることを警戒して、防音はせずに声を落とすだけに止める。盗聴系の魔法を使われていない事は確認した。それでも一応、聞かれても問題ない話だけを口に出して、危険な話は同時に行う筆談で共有する。話している事と全く別の内容を書いているわけだが、老婆心を発揮したローズにアレコレと仕込まれた二人には造作もない。
「ん-、どうにかして信用してもらわないとだけど、どうしようか?」
「『龍人族』だし、私と翔君が模擬戦をしたらいい気がするなあ」
「確かに」
冗談交じりにそう言って二人は笑みを浮かべる。それ以上は今考えても仕方がないと、話を切り上げようとした時だった。
「よお、起きてるか?」
ドアの向こうから聞こえたのは毒島の声。一度顔を見合わせ、翔が返事をする。
「うん、もう時間?」
「ああ、出来れば急いでくれ」
「分かった」
毒島に連れられて行ったのは、革命軍の全員が利用する大食堂だった。他の部屋と同じような魔道具の明かりで照らされた広い空間内に丸テーブルがいくつも置かれ、その上に肉料理を中心にして多様な料理が乗せられている。
――案外質素じゃないんだね。
「あそこの席だ」
「あそこって、……わかった、ありがとう」
既に多くの革命軍メンバーが料理と酒を楽しむ間を縫って、毒島の指さした席を目指す。時折向けられる棘のあるような、絡みつく様な、そんな周囲の視線を無視して進むと、示されたテーブルに先ほど合わせた顔が一つ。
「来たか。先ほどはすまなかったな」
「いえ、態々時間を取っていただいて、ありがとうございます」
翔たちはウズペラに促されるままに席に着く。そこに並べられている料理は他のテーブルと同じものだが、他の席では複数人で共有しているものが彼一人の正面に置かれている。
「気にする必要はない。ショウエイの連れてきた者なのだから、私としても興味があった。……せっかくの料理が冷めてはもったいない。食べよう」
何と答えるか思案する間もなく、ウズペラの勧めに従う。料理は帝国の伝統に漏れない、フルーツを使った肉料理が中心だ。味もこのような環境で作っているとは思えないほどに素晴らしく、翔たちは思わず舌鼓をうつ。
「気に入って貰えたようだな」
「あ、はい」
「とっても美味しいです」
翔から順に答えた返答に、ウズペラは満足げな頷きを返す。
「食事は、士気を保つ上で非常に重要だ。だからこそ力を入れている。満足してもらえたなら、こちらとしても嬉しい」
ウズペラは頬を緩めた。そうして見ていると、翔にはどうしても、侵略戦争を推進する革命軍の長とは思えない。
他のメンバーについてもそうだ。翔たちの思っていた集団よりも随分とまともに見えて、混乱してしまう。それでも、何かがおかしいと、彼の〈直観〉スキルが伝えていた。同じような感覚は陽菜も感じていたようで、翔が一瞬視線を向けると、彼にはそれとわかる視線を返してきた。
「正直意外でした。革命軍ってもっと、こう、質素な食事をしているのかと。それに……」
「私だけはもっと良いものを食べている、か?」
「その、はい」
隠しても意味は無いと、正直に答える。
それに嫌な顔をするでもなく、ウズペラは軽く笑みを浮かべた。
「この方が士気は上がるのだ」
「なるほど。その、言っても良かったんですか?」
「ああ、問題ない」
ウズペラには実際、気にした様子はない。これについては翔たちの〈直観〉も沈黙を保った。
ウズペラが料理を口へ運んだことで一旦会話が途切れる。翔としては信用される方法のヒントでも、拠点の場所に繋がる何かでも、何でも良いので情報が欲しい所だ。しかし下手な事を言って疑われるのは避けたい。そう躊躇してしまって会話を続けることが出来ず、結局、同じように自分も目の前の料理で口を塞ぐ。
「ところでだが、君たち二人はどうして仲間と決別してまで私たちの下に来たのだ? ショウエイから聞いたが、君たちのようなAランク冒険者ならば、ただ冒険者として活動しているだけで十分以上の生活ができるはずだ。私が言うのもなんだが、このような危険を冒す必要はあるまい」
何気ない様子で、しかし嘘偽りは許さないと目で示しながらウズペラは問う。この質問は当然予想していたし、答えも用意していた。だが、それを言ったところで見抜かれてしまいそうな気がして、一度コップに口をつけて喉を潤す。
「毒島の、憧英の無理やり奪った玉座に座る今の皇帝はおかしいって意見に賛成だったから……って言えたら良かったんですが」
そこで言葉を切って左頬を掻く翔。ウズペラの目がすっと細められる。
「たぶん、友達の事が心配だったからってだけです。それ以上でも、それ以下でもないんです」
紛れもない本音だった。
元の世界に変えるために革命軍の情報が欲しいというのは、あくまでパーティとしての理由でしかない。いや、勿論それも、彼の行動理由なのは間違いない。ただ、それ以上に、彼は毒島の事を案じたのだ。
「なるほど……」
ウズペラは翔をじっと見つめた後、一つ頷く。
「お嬢さん、君はどうなんだ?」
それから視線を陽菜に移して、再度問いかけた。
「……私は、翔君がこちらに付くと決めたから付いて来ただけです。革命軍がどうだとか、今の皇帝がどうだとか、私にとっては二の次で、そんな事でしかないんです」
この場で目を見開き驚愕するのは、ウズペラただ一人だ。翔ならば言葉にせずとも、陽菜が自分と同じ予感を抱いたのだろう事は読み取れる。そしてそれがより最善に近い一手なのだと、彼は客観的な根拠も無く確信していた。
「く、くくく……ハハハハッ! そうか、なるほどなるほど」
陽菜のそれは、翔のひいき目抜きにも一切の曇りがない眼差しだった。本当に愉快気に笑うウズペラに、食堂内の視線が集まる。続いてそれらは、ウズペラと同じテーブルを囲む翔たちに向かった。刺されるような感覚も、絡みつくような感覚も、先ほどより幾分少ない。
「彼らの信用を得たいのなら、修練場にでも行って模擬戦をすればいい」
「え?」
口角をやや上げ言うウズペラに、翔はつい間抜けな声を上げてしまった。横からは同じように動揺した気配。それらをウズペラは可笑しそうに眺める。
「改めて歓迎しよう、カケル、ヒナ」
ウズペラの掲げる鈍色のグラスには、二人の顔がぼんやりと映っていた。
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