君の為に翔ける箱庭世界

――神々は彼らを役者に選んだ
かかみ かろ
かかみ かろ

第九十九話 問われる覚悟

公開日時: 2022年12月30日(金) 21:41
更新日時: 2023年7月12日(水) 06:23
文字数:2,364

 騎士団長たちに連れられてきたのは、翔たちの泊る宿よりも街の中心部に近い、明らかに上流階級向けと分かる建物だ。アルジェやアルティカのような立場の者が泊まるにはやや格が足りないが、いわゆる上級貴族が泊まる分には何も問題ない品の良さと煌びやかさがある。城での生活に慣れているはずの彼らが妙に浮足立ってしまったのは、置かれている状況のせいばかりではないだろう。

 その宿の一室、最上級ではないが日当たりの良い角部屋で、翔たちは向かい合っていた。唯一の出入り口は騎士の一人に塞がれており、クリーム色を基調とした部屋を妙な圧迫感が支配している。


「さて、自己紹介がまだだったな。私の名はカイルだ。先ほども伝えた通り、帝国騎士団の団長を任されている」


 まさか相手から自己紹介をされるとは思っておらず、翔たちはつい表情に驚きを出してしまった。革命軍との関与を疑われているから連行されたのだと考えていた為、もっと威圧的に対応されると思っていたのだ。

 戸惑いを隠せないながらも、四人はそれぞれの名を告げる。どこか満足げな様子でカイルは頷いたが、しかし他の騎士たちがその会話に入ってくる様子はなかった。

 自己紹介を終えると、騎士団長という立場の割には若そうなカイルの切れ長の目が鋭さを増す。


「単刀直入に聞こう。なぜ噓を吐いた?」


 誤魔化すことは許さないと言わんばかりの眼光に、気圧されそうになりながらも、翔は何と答えるか思案する。しかし目の前の彼を誤魔化せるような良いアイデアが浮かぶわけもなく、こっそりとため息を吐いて覚悟を決めた。


「突然話しかけてきた怪しい人たちより、昔からの友人を優先するのは当然ではないでしょうか」


 カイルをまっすぐ見返し、そう返した翔に、周囲にいた騎士たちが殺気立つ。とはいえそれらはカイルのモノに比べれば子犬の遠吠えに等しい。動く気配もないので、特に気にすることもなくカイルの反応を待った。


「まあ、その通りではあるな」


 周囲の反応とは異なり、彼は納得した様子で頷く。それを見て、他の四人も殺気を納めた。

 ――この人、部下から相当慕われてるみたい。


 カイルさえ立てておけば、他の四人は大丈夫だろうと翔は考えて、続く言葉を待つ。出来る事なら、このまま帝国騎士団と協力関係を築きたかった。


「私個人の感覚を言えば、正直君たちの事はもう疑わなくて良いと思っている。がしかし、他はそれで納得するまい」

「そのよう、ですね」


 殺気こそ納めたものの、疑心を隠そうともしない周囲の騎士たち。どうしたものかと思案しようとして、その前に思いだした。それは陽菜もだったようで、翔君、と呼ぶ声が隣に立つ彼女から聞こえる。


「指輪は?」

「うん、丁度俺も思いだしたところ」

「指輪?」


 問いかけてきたカイルにアルジェから貰った指輪を見せようと腕を上げる。咄嗟に身構えた周囲の騎士たちの動きは、カイルが手で制した。


「これです。この紋章の意味、騎士団長のカイルさんなら分かりますよね?」

「それは……闘神様の紋章!?」


 それまで泰然自若としていたカイルが指輪の紋章を判別するために細めていた目を見開いた。同じような気配は他の四人のいる位置からも感じられ、想像以上に大きな反応に、翔たちは困惑が隠せない。いったい何なのだろうかと、翔たち四人は顔を見合わせた。


「あの、闘神様って……?」


 何故こうも驚かれているかは分からなかったが、一先ずはと煉二と寧音の視線に従って翔自身も気になった言葉について問いかける。一応彼も確認したが、指輪に刻まれているのはアルジェを示す紋章で間違いはない。


「あ、ああ、すまない。まさか闘神様のお認めになった者達だとは思わず動揺してしまった。闘神様というのは、『吸血族』の国のアルジュエロ・グラシア王太后殿下の事だ。強さを最も尊ぶ所とする我々『龍人族ドラゴニユート』からすれば、あのお方は神と称すべき方なのだ」


 カイル曰く、武神の孫であり、その技の後継者でもあるというだけで彼ら『龍人族』が敬うに値するのだが、その上で彼女自身が力を示したのだから、信仰されるようになるのは当然の帰結とのこと。

 そのアルジェが力を示したという話については、翔たちも聞いた覚えがあった。しかしそれは千年も前の話だ。『龍人族』の寿命が長くて五百年程度だという事を考えれば、未だにまるで当事者であるかのような信仰心を彼らが持っていることは、翔からすれば少々不思議だった。まして、これだけで騎士団長以外の騎士四人まで明らかな敬意を翔たちに向け始めたのだから、相当だろう。


「非礼を詫びよう、闘神様の使いよ。貴殿らを疑うべきではなかった」

「あ、頭を上げてください!」


 一斉に頭を下げるカイルたちに、再度戸惑う。

 それから自分たちは彼女に教えを受けただけで何かを為したわけではないのだと、そう必死に弁護して漸く上げられた頭に、翔はそっと息を吐いた。


「しかし羨ましいものだ。彼のお方から教えを受けたとは」

「まあ、なんというか、成り行きで……」


 年上の男たちから向けられる羨望の眼差しはどこかこそばゆく、落ち着かない。


「だが、そうなると丁度良いかもしれんな」


 その眼差しが、突然に獲物を追い詰める狩人のものへと変わった。視線の先にあるのは翔たちではない。


「貴殿らは何故、この街へ来た?」

「革命軍を止めるためです」


 素直に答え、薄ら喜色の見える目を見返す。その色は、翔の答えを聞いて深まった。


「ほう、闘神様が何かおっしゃっていたのか?」

「……俺たちの目的の為に、それが必要なのだそうです」

「なるほど。その目的とやらは兎も角として、闘神様の指示なら問題あるまい」


 ますますと喜びを示す色は濃くなり、双眸に翔たち四人が映る。


「では聞こう。貴殿らに、友と刃を交える覚悟はあるか?」


 向けられた問いは、後戻りを許さない選択を翔たちに迫るものだった。


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