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会議を終え、自室へ戻った翔と陽菜は部屋中央のテーブルを挟んで座る。翔が背もたれに体重を預けると、ようやく見慣れてきた岩の天井が目に映った。
「揃っちゃった、ね、情報」
ぼんやりと天井を眺める彼の耳に、陽菜の呟いた声が入ってきた。
「うん」
視線は変えないまま彼は静かに返す。喜ばしい事であるはずなのに、そうは聞こえない。彼の脳裏には、何度も同じ料理を囲んだブルド達の顔が浮かんでいた。
翔は背中を背もたれから離し、陽菜をまっすぐと見て口を開く。
「……あとは、集めた情報をどうやって騎士団に知らせるかだね」
「うーん、詰め所を襲撃する時にどうにかするしかない、かな?」
「まあそうだよね」
二人も騎士団の戦力を削る作戦には当然翔たちも参加する。元々カイルからも騎士団の詰め所に伝えて欲しいと言われていた事を思えば、他に選択肢はないだろう。問題は誰がカイルの言っていた信頼のできる者なのか二人には分からない事だが、こればかりは現地でどうにか確認するしかない。
――襲撃は一回じゃないけど、その間に見極められるかな。合言葉でも決めておけば良かったよ。
先程までとは違う理由で感じる気の重さに翔は嘆息しつつ、会議の内容と拠点の位置を含めたこれまでの調査結果を清書する。不安なのは手分けして作業している陽菜も同じようだった。
数日のうちに、会議で伝えられた内容は下位の兵たちにも周知された。その影響か、多くの者が落ち着かない様子でいっそう訓練に励んでいた。彼らの中に溶け込む意味もあって、翔達も己の腕を磨くことに精を出した。そのお陰で胸の内に抱える不安についてあまり考えずに済んだのは、二人にとっての幸いだったのかもしれない。
兎にも角にも時間は過ぎていき、会議から一週間が過ぎたその日、翔達は目標となる街へ向けて出立した。
向うのは、帝国でも五指の指に入る大都市で、示しの儀の行われる龍王大火山火口への登山道付近では最も戦力の集中した『ルキリエナ』だ。
――ルキリエナなら、きっとカイルさんの信用している人が少なくないはず。
翔は揺れる馬車の幌の隙間から外を眺める。
騎士団詰め所の襲撃は各々で街へ集まり、十分な人数が揃ったところで強襲をかけて即離脱するというシンプルな作戦がとられる。顔の割れている者の街への侵入や脱出は革命軍に賛同する住人の手引きによる点も含め、彼らの常套手段だ。
一斉に攻め入って以降は殆ど自由行動な為、情報を伝える機会はあるだろう。情報を渡した後、二人はそのまま革命軍の拠点に戻って身中の虫となるつもりだった。
「流石ですね、この状況でも落ち着いています」
聞こえてきた声の方へ振り向くと、日本ならば珍しくない、黒い双眸が彼を見つめていた。
「そう言うアメリアさんも、落ち着いてますね」
「そう見せているだけですよ」
アメリアは言いながら視線を馬車の進む方へと向けた。釣られて翔もそちらを見ると、布の隙間から馭者と青い空へ向けて馬車を牽く二頭の馬が目に映った。
その馬車に乗っているのは、最高幹部であるアメリアを含めた騎士団に顔の割れている面々、つまり現地の賛同者の手引きを必要とする者たちだ。寧音と煉二が騎士団側にいる翔と陽菜も、当然その中に含まれる。
「私やあなた方は、例えルキリエナの騎士たち相手と言えど不覚はとらないでしょう。しかし、他の者たちは分かりません。出来るならば揃って帰りたいものです」
「そう、ですね」
翔は静かに憂う黒い瞳を想像して、視線を戻せない。手に陽菜の手が添えられる。彼は無言のまま、その温もりを握り返した。
結局それ以降、数日の移動中に事務的な事以外で言葉を交わすこともなく、一行はルキリエナへ入った。
ルキリエナの街並みは同じく大火山付近にあるとあって、スドウェセクと大きく違うわけではない。石で出来た灰色の複数階建ての建物が、『龍人族』の街の特徴そのままに広めの間隔で並んでいる。建材の岩石に含まれる成分の違いか、ルキリエナの方はスドセウェクのそれよりも青みがかかっていた。
「今夜までには全員揃うようです。今日はこのまま休んでください。明日未明、作戦を決行します」
アメリアに告げられた通り休むことにして、翔は潜伏先の窓から外を眺める。スドセウェクよりも高い建物が多い街並みは、日本の都市とは全く異なる筈なのに、近い雰囲気を感じられて、少しばかり懐かしくなる。脳裏に浮かんだのと同じ光景を共有する彼の友人は、今ごろ別の町で同じように襲撃の用意をしているはずだ。
学び舎で机を並べていた当時は、まさかこうして戦いの日々に身を投じる事になるとは思っていなかった。時折、二人で好きなライトノベルについて語り、その主人公に憧憬を向けるだけだった。それが今や、自分たちが憧れでしかなかったはずの、夢物語の中の存在になっているのだ。
――人生分からないものだなぁ……。
吐いたため息は、雲の浮かんだ空へと消える。
視線を眼下で左右に伸びる道の先へと向けた。見えるのは、襲撃予定の騎士団詰め所だ。
多くの騎士たちが詰め、日々訓練するそこは、それなりの面積を誇るルキリエナの街の一割近い広さを持っている。塀に囲まれてはいるが、翔たちのいる三階部分からならその中も幾らか窺えた。
翔はもう一度、溜息を吐く。今度のそれは、地面に向けて沈んでいく。
――友人に剣を向ける覚悟、か。
カイルに言われた言葉を思いだす。このまま行けば、その未来は確実に訪れる。
――それでも、日本に帰るにはやるしかない。その為にここまで来たんだ。
彼はそうやって自分に言い聞かせる。アーカウラ中に散ったクラスメイト達や、もう言葉を交わすことの叶わない友たちとの約束を果たす為に、他に道は無いのだと。迷いはもう無いのだと。
「大丈夫だよ」
そんな彼の胸の内を察したのだろう。
「きっと、毒島君は説得できるから」
横に並んで同じように窓から身を乗り出して、陽菜が微笑んだ。
元気づけるために言っただけの根拠の無い言葉だとは、翔も分かっていた。それでも陽菜の笑顔を見ていると何とかなるような気がして、心が軽くなる。
「そうだね。きっと、大丈夫」
翔はもう一度ルキリエナの街並みとその中にある標的へ視線を向けてから、自分たちに用意された寝床へと向かった。
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