君の為に翔ける箱庭世界

――神々は彼らを役者に選んだ
かかみ かろ
かかみ かろ

第八十三話 守る為に

公開日時: 2022年5月29日(日) 18:33
文字数:2,602

「横倒しにするよ! 煉二は軸足を狙って! 俺と陽菜、寧音は上体を浮かせる! あいつの動きに合わせて爆発系で!」


 言い終わるのと同時に封印は砕かれ、その身体に一切傷のない巨大な亀が再び姿を見せる。


「上体を浮かせるって、考えがあるんですねー!?」

「うん!」

「わかりましたー!」


 降り注ぐ[光槍]の雨を躱しながら翔は自身の調子を確かめる。霊樹亀は先ほどのように翔たちを蹴り飛ばせるタイミングを探っているようだったが、二度目を貰うほど翔たちは愚鈍でない。

 ――うん、いい感じにほぐれてる。周りもよく見えるし、さっきは固くなりすぎてたかな。


 実際、霊樹亀の迫力に飲まれていた部分はあるだろう。過度な緊張は全身の筋肉をこわばらせ、思考を鈍らせる。そうでなければ、意表を突かれたとはいえ動きの遅い蹴りを一度として食らうはずがなかった。

 内心で反省しつつ、狙いを実行するための機を窺う。

 ――狙うのは、あいつがこっちを蹴ろうと脚を上げた瞬間……。


 その時は、さほど待たずに訪れた。


 霊樹亀が脚を上げようとする瞬間、その眼球と顎の下で強化された[大爆発エクスプロージヨン]が発動する。霊樹亀の反応は、陽菜がそれをした時と同じ。違うのは脚を大きく上げようとしていたタイミングであるという事だ。


「二人とも、今だ!」

 

 直前にしようとしていた動きと連動し、霊樹亀はその両足を高く浮かせることになる。更に身体の下で起きたいくつもの爆風に煽られ、その勢いは増す。治療がある程度進んで余裕ができた頃よりじっくり観察していただけあって、完璧なタイミングだ。

 陽菜と寧音に続いて翔も強化した[風爆ふうばく]を多重に発動し、霊樹亀の体勢を崩していく。

 

「煉二!」

「――[水蒸気スチームエクス爆発プロージヨン]!」


 ダメ押しに、火山と同じ原理を利用した大爆発がその巨体を襲った。

 霊樹亀の巨体を吹き飛ばすには至らないが、体勢を完全に崩し、横倒しにするには十分だ。ズン、と地響きを立て、弱点の隠された甲羅を翔たちの目前に晒す。

 ――よし、亀だし、ここから起き上がるのは簡単でないはず!


「煉二、甲羅を!」

「踊り狂え 南天に座すいかずちの――」


 霊樹亀は足をばたつかせ、どうにか起き上がろうとする。この様子ならいけると、翔が確信を強めた時だった。


「そんなのも有りか!」


 霊樹亀の脚から新たな根が伸び、地面を掴んで巨体を引き起こそうとした。このままでは、詠唱完了よりも先に身体を起こされてしまう。そうなると、仮に甲羅を破壊できたとしても核を破壊する一撃が届かない。


「寧音ちゃん、あれ、やってみよう!」

「あー、了解ですー!」


 何をする気かと翔の見つめる先で、まず寧音が〈結界魔導〉による結界空間を生み出した。そこに付与された効果は、重力増大。たしかに霊樹亀の体重なら、その影響は大きいだろう。しかし、それでもまだ、起き上がるのを防ぐには不十分らしい。


「ダメだ、起き上がられる!」

「想定済みですよー」

「仕上げは、私!」


 今にも起き上がろうとしていた霊樹亀の巨体が凄まじい勢いで地面に引き寄せられ、めり込む。いったい何をしたのかと翔は目を見開いた。


「〈光魔道〉で魔法と重力そのものを強化したんですよー。私一人でやるときの十倍くらい強力なんですー!」


 蟀谷こめかみに汗を流しながら彼女は自慢げな表情をつくる。重力増大を付与した結界は彼女の演算能力でも負荷が大きく、口調ほど余裕がないのだ。今こうして実用できているのも陽菜の協力があってこそであり、舞を踊りながらとなるとその陽菜もギリギリだ。


「煉二君、もってあと五秒ですー!」

「十分だ! 汝らが宴は罪人つみびとを裁く災禍とならん [乱狂雷風みだれくるうらいふう]!」


 寧音が崩れ落ち、結界が霧散するのと同時に、宴は災禍となった。雷をまとった暴風が星護る霊樹亀の甲羅を襲い、穿っていく。貫通力だけでいえば煉二の手札で最大最強の魔法。〈限界突破〉まで使って放ったそれはしかし、堅牢な甲羅を貫くには至らない。

 だが、それでいいのだ。彼の役目は、あくまでその核を衆目の下に晒し、死神をエスコートすること。実際に鎌をふるうのは、彼でなくてよい。


「寧音、悪いけどもうひと踏ん張りお願い。障壁で足場を作ってほしいんだ!」

「なるほど、試すんですねー。任せてくださいー!」


 あれだけの威力の魔法でも甲羅ごと破壊するには至らなかったのだ。であれば、ただ切り付けるだけでは壊せない。

 ――今できる、最高の一撃、『迅雷』でないと……!


 弱まっていく暴風が途切れる前にと翔は駆け出し、ようやく姿を見せた金色に輝く八面体の核を目指す。そして寧音の作った障壁を足場に核を見下ろせる位置まで駆け上がると、純白の剣身を漆黒の鞘に納め、居合の構えをとった。


 風が、収まった。陽菜の強化が自身に集中されるのを感じる。

 ――もうみんな、殆ど余裕がない。

 

 甲羅の再生が始まった。見る見るうちに傷が塞がっていく。

 ――これが最後のチャンスだ。失敗できない。


 重力に従うよう身体を前に倒す。あとはタイミングを見て踏み出し、あらゆる強化を乗せたその剣を振りぬくだけ。

 ――いける!


 それは自分に言い聞かせるものでもあった。彼のユニークギフトを思えば、それも必要ではあるだろう。強い意志を保つ為に。

 果たしてそれは成功し、力がみなぎるのを感じる。魔力による強化と、〈限界突破〉、そして己のユニークギフトによって最高潮までに高められたエネルギーが剣に宿り、彼の制御を外れた力が光となって標的を煌々と照らす。それは勝ちを確信させるには十分で、だからこそ、最も注意すべきことを思考の外に置き忘れてしまっていた。


 あとほんの刹那ののち、踏み出して、剣を振れば終わる。そんな瞬間だった。霊樹亀の首があり得ない方向へ曲がり、その瞳に、翔の姿を映した。


「なっ……」


 突然全身の力が抜け、ピクリとも動かせなくなった。

 ――〈固定の、魔眼〉……。


「まずい!」


 煉二の叫びと同時に翔の体は自由を取り戻す。寧音が魔眼の麻痺効果を解除したのだ。だが、もう間に合わない。体勢を立て直す間に霊樹亀は再生を完了し、起き上がってしまうだろう。


「翔君!」


 陽菜の叫びが、その大空間に響く。

 ――ダメだ。誓ったんだ、皆で生きて帰るって。ここで、終わらせない!


 強引に一歩を踏み出し、全身に力を籠める。

 核はその半分が既に再生された甲羅の向こう側にあり、今にもその姿を完全に隠そうとしている。

 しかし翔は、それに構わず光を失った不壊の剣を抜き放ち、出来得る限りの強化を載せて、振り切った。



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