⑪
周囲も翔と視線を交わしているのが誰かに気が付いたのだろう。闘志の炎を消し、代わりに好奇の煌めきを宿す。
「カケルにヒナと言ったか。どちらか、俺と手合わせしてくれないか」
ゆったりとした動きで歩み寄りながら言う彼、ブラウマの声はよく通る低いものだ。気圧された訳ではないが翔との間にいる者は無意識に道を空けてしまう。ウズペラとはまた違ったカリスマが、彼にはあった。
「……わかりました。俺が相手になります」
翔の意図した通りの展開だ。しかしそれを表には出さないよう意識して、一歩前に出る。
「ありがとう」
戦闘狂と言う程ではないが、戦いを好むブラウマならば自分たちの実力の一端を見せるだけでも興味を持つだろうと踏んでいた。そして彼は、革命軍内でも指折りの実力者だ。革命軍全体に自分たちの力を示し、認めさせるには十分すぎる。
――もしかしたら、〈心果一如〉も使わないといけないかもしれない……。
幅広の剣を構える彼に対峙してすぐ、戦闘力だけで見ればブラウマの方がウズペラより上だという事は分かった。先ほどの陽菜との攻防も含めて、本気は見せても全力を見せる気はなかった翔だが、そうせねばならない可能性がある。
「合図は、要らないな?」
「はい」
翔の返事と同時に、地が抉れる。置き去りにされた小石は翔のいるのとは真逆へ向けて飛び、地面にぶつかって不規則に跳ねた。
対する翔は静寂を保ち、脱力したまま剣を下段に構える。師の得意とする内の一つ、カウンターの構えだ。
大剣が狙ったのは、左の肩口。重力を乗せた振り下ろしは翔の想定したよりも一段早い。これを左へ回り込むように移動しながら剣に沿わせて軌道をずらす。
「くっ……!」
苦悶の息を吐きながらも、そのまま一歩下がって間合いを測り、脳天目掛けて剣を振り下ろした。
――さすが『龍人族』! 想像よりずっと重い!
翔としては、受け流しながら間合いを詰めての脚撃を選択したかった。だが、ブラウマの膂力がそれを許さない。苦し紛れに振るった唐竹割も、容易く交わされる。
追撃は牽制の横薙ぎに妨げられた。小さく振られたに過ぎないそれも、彼の膂力と大剣の重量では致命的になりかねない。
更に数合。それらの打ち合いが示した互いの実力は殆ど互角。
ならばと翔は躱した剣の背を己の剣で打ち、反動のままに切り返しながら踏み込んだ。ほんの僅かに体勢を崩したブラウマの胸凱へ一筋の傷が刻まれる。
――よし、もう一撃!
流れた巨躯に、好機とみて返す太刀を浴びせようとする。その視界の端で、影が閃いた。
それは咄嗟に盾にした剣に巻きつく様にしてしなり、翔の背を打つ。
「カハッ……!」
肺の空気が無理矢理押し出され、翔の視界が明滅した。頭の向かう先は、断頭台の上か。近づく地面と後頭部に迫る圧力に、彼の選んだのは、前進。
背後に地を割る音を聞きながら転がる様にして危険域から脱すると、気配を頼りに[光槍]を放つ。体勢を立て直してから見たのは、気を纏った剣身を盾にするブラウマの姿。威力を制限した魔法とはいえ、訓練用の剣に傷一つ付いていない。
そこへ一閃。同じく気を纏う剣撃が強面の偉丈夫へ向けて飛翔する。
金属を叩く鈍い音が響いた。
幅広の剣に一筋の傷を残した『鎌鼬』は、ブラウマの巨躯を数メートル浮かせ、吹き飛ばす。
翔がその隙を見逃すはずがない。
一気に距離を詰め、盾にされたままの剣を思いきり蹴り上げる。ビルの四階分ほどある高さの天井近くまで一気に飛ばされては、多少の飛行能力を持つ『龍人族』と言えどすぐには体勢を立て直せない。
そこを狙うのは、今の彼の出来る限界、三条の雷だ。
雷は剣の壁を無視し、龍の力を宿した肉体を貫く。轟いた雷鳴と光が周囲の感覚を奪う中、彼の肉体の抵抗が熱を生み、発生したオゾンの生臭い様な匂いと肉の焼け焦げた匂いが混ざってその場にいる面々へ状況を伝えた。
勝負あった。そう思ったのは翔と陽菜だ。
それでも一応と心を戦闘に残していたのは、師の教えが故。それが故に、気付けた。
――革命軍の人たち、まだ終わったと思っていない?
上空を見上げる彼らの目に宿る光を辿り、たった今[雷矢]が貫いたはずのブラウマを上空に探す。落下中と予想した彼はしかし、いる筈であるべき場所にいない。
「フンッ!」
見つけたのは、想定よりも下。同時に振り下ろされる剣の煌めきを視界に納めた。
――噓でしょ!?
先の攻防でブラウマの気力を見極めた上での全力魔法だった。ユニークスキルの強化が無い状態ではあるが、それでも翔の放てる最大威力であり、無力化するには十分な威力の筈だった。
それでも彼は今、健在のままに重力を乗せた一撃を翔に届かせようとしている。
これが示す事実は、ブラウマ自身の肉体が持つ頑健さ。努力によって磨き上げられた、才の結晶。
ガンッと、金属同士のぶつかったにしては重たい音が空気を揺らした。翔の足元がクレーター状に凹み、膝を突いてしまう。
「ぐっ……」
受けた翔の持つ剣に、ブラウマの得物が僅かに食い込んだ。
腕が痺れ、翔は剣を手放しそうになる。
拮抗したのは、一瞬だった。
翔の体が宙に浮き、水平方向へ飛んだ。
想定外の挙動にブラウマが目を見開く。踏ん張る足から力を抜くのに合わせて、手首で力を横へ流したのだ。
それでも殺しきれなかった力を利用して距離をとった翔が選択するのは、正真正銘、彼の最大奥義。
――川上流 『迅雷』
[雷矢]のダメージが残っているのか、未だ体勢を立て直しきれないブラウマに向けて、翔は加速する。
音はせねど、その様はまさに迅なる雷。
最高速を以て閃く剣が、こげ茶の瞳に映る。
続いて響いたのは、先ほどとは打って変わって甲高い、キンという音。
ブラウマの剣が半ばから切り裂かれ、地に落ちる。
少し遅れて、やや離れた地面に突き刺さったのはブラウマのものよりも幾回りか小ぶりの剣身。
振りぬかれた翔の剣に、刃は無い。
静寂が、その場を支配した。
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