君の為に翔ける箱庭世界

――神々は彼らを役者に選んだ
かかみ かろ
かかみ かろ

第七十一話 奥義の為に

公開日時: 2022年4月24日(日) 03:45
文字数:2,180

「……参りました」


 武器を引き、ローズは微笑んだ。それから近づいてくるアルティカの方に向く。


「ユニークスキル無しだと。だいたいBランクの上位という所ですかね。ありならAランクの中堅から上位ぐらいだと思います」

「そうね、私もそれくらいだと思うわ。まったく、アルジェちゃんったら中々無茶な鍛え方をしたのね。ほんと、ゲンそっくり」


 溜め息を吐くアルティカとローズに、心当たりしかない翔たちは苦笑いで互いを見る。望んだのは自分たちとは言え、何度も四肢を切り飛ばされるようなことになるとは思っていなかったのだ。


「ねえ、最後何がどうなったの?」


 翔は痛みの残る腕を擦りつつ仲間たちに聞く。

 

「気がついたらローズ様、両手に短刀を持ってて……」

「瞬きの間にお前は剣を落とされ、首に刃を添えられていたという感じだったな」

「うん。私は右の短刀を振り下ろした所まで辛うじて見えたんだけど、そこから先は……」


 翔たちがそうして話していると、アルティカ達が頭の中で会話をする魔法、[心送テレパス]でのやり取りを終えたらしい。非常に高度な魔法で翔たちには扱えないが、それを使っている事を探知する方法だけ教わったものだ。


「翔の腕を切り付けて、首に添えただけ。だまし討ちになったわけだけど、これが私の戦い方よ」


 詳しく聞けば、ローズは諜報を主な任務とする組織の長であり、その関係上〈双刀術〉を得意としているらしい。騎士の剣術は王族として嗜む程度に学んだものだという。嗜む程度と言っても、千年の積み重ねだ。アルジェの下で無茶をした翔と同程度の実力まで至っていてもおかしくは無い。


「アルジェにも教わった事があるのよ。軽くだけどね」


 そう言ってローズは少し胸を張る。

 何度も翔の認識を搔い潜って近づけたのは、歩法と『影妖精族シヤドウフェアリー』の種族特性によるものだと彼女は説明した。


「さて、ローズちゃん。次よ次」

「え、アルティカ様、もう少し休憩しちゃダメでしょうか?」

「ダメよ、あと三人相手しないとなんだから」


 手を叩いて促す女王にローズは引き攣った笑みで確認するが、当然の如く却下される。助けを求めるローズの視線はアルティカによって遮られ、次に相手をする陽菜以外はさっさと観戦位置まで連れていかれた。翔から見てもこの時のアルティカは、とても良い笑顔をしていたのだった。


 立て続けに陽菜たち三人を下したローズを労いながら、アルティカが荒れてしまった練兵場を整備する。しかしそれも片手間と言った様子で、彼女は顎に手を当て、何かしらを考えているようだった。

 んー、と声に出す彼女の事も気になる翔たちだが、今は疲労困憊のローズの方が心配だ。彼らは疲れ切る前に決着がついてしまった為、幾分の余裕はあるが、彼女はそうではない。陽菜が〈ストレージ〉から水を取り出し、ローズに渡す。


「そうね、それがいいわ」


 唐突にアルティカが呟いた。


「あなた達、とりあえず迷宮への扉が開く祭りの最終日まで、私たちが訓練の相手をしてあげる」


 これに翔たちが驚いたのは無理もないだろう。女王も公爵も当然公務で忙しいと思っていたからだ。


「あ、あの、アルティカ様? 毎日これをするんですか?」

「安心して。訓練なら私も参加するから。アルジェちゃんみたいな無茶はさせないわ」


 ローズはほっと安堵の息を吐く。翔たちは翔たちで、自分たちの感覚に間違いはなかったのだと安心する。同じ【調停者】から見てもアルジェは無茶を言っていると見られるのだから、間違いはない。


「それで、本当にいいんですか?」

「ええ。私は巫女としての仕事くらいで、実際のまつりごとは殆ど元老院が担っているし、ローズちゃんも暫くはここで待機しているだけだから」

「そういうことよ」


 それなら是非お願いします、と頭を下げる翔たちにアルティカとローズは微笑みを返す。彼女らも、アルジェの認めた子たちには生き延びて欲しいと思っている。少しでもクレド宮殿で死ぬ確率を下げられるなら、協力は惜しまないつもりだった。


「それはそれとして、あなた達、明日の前夜祭は街に繰り出すわよ!」

「え?」

「訓練も大事だけれど、息抜きもしないとね」


 翔は正直、気分が乗らなかった。少しでも訓練をして、『迅雷』を完成に近づけた方がいいのではないかと、そう考えたのだ。ましてや、隠密に長けたローズや【調停者】のアルティカが訓練の相手になってくれるというのだ。経験の意味でも、貴重すぎる機会。少しでも長く享受したいと考えるのも無理らしからぬことだった。

 考え込む翔。煉二は翔に判断を任せるつもりのようで沈黙を守っている。寧音は祭りに行きたい様子だったが、直前に〈ストレージ〉から取り出したチョコで口が塞がっており、何も言えずにいた。


「……翔君、私は行った方がいいと思う。単純に翔君とお祭りを回りたいってのもあるけど、それ以上に、翔君の為に」

「陽菜……。でも」


 陽菜に後押しされて尚迷った様子の翔に、アルティカは溜め息を吐く。


「目的が目の前にあると視野狭窄になる、聞いていたとおりね。真っ直ぐなのはいいけれど、そんなに力を入れてちゃ『迅雷』は修得できないわよ?」

「え?」

「だから、息抜きも大事って言ってるでしょ? 貴方の目標の為にもね」


 アルティカの言葉が何か意味を含んでいる事は翔にも分かった。それが何かまでは分からなかった彼だが、それでも、それは提案を受け入れるには十分すぎる理由だった。



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