⑲
その街のギルドにあった訓練場は、広さで言えばバスケットコート三面分と少しくらいで、金属製の高い塀に囲まれた場所だった。法王国の城にあったような観覧席や安全装置はないが、その塀には強度面で非常に優れた魔法金属『アダマンタイト』をダマスカス鋼のように積層鍛造した物が使われていた。例えグラヴィスであっても容易には傷をつけられないだろう。加えて、体力を回復させる効果の付与が為されている。
「アダマンタイトってダイヤモンドとか鋼鉄とかを言うやつじゃなかったっけ? 魔法金属ってあるけど」
「何言ってるんですかー! アダマンタイトはゲームとかラノベのファンタジーで定番の凄い金属ですよー!」
翔は何気なく聞いただけだったが、思いもよらず寧音が強く反論をしてきた。彼は思わず苦笑いを漏らしてしまう。
彼は他の二人に助けを求めるように寧音から視線を逸らして、気が付いた。翔たちのやり取りが耳に入っていないかのように目を見開いて佇む、朱里と煉二の姿に。
「二人とも、どうかし……っ!?」
彼女の視点を追い、翔と寧音もそちらへ視線を向ける。そしてハッと息を呑んだ。翔たちより少し幼いか同じくらいに見える少女が、訓練場の中央付近で黒いミディアムヘアを舞わせながら十人以上の冒険者を軽くあしらっていたのだ。
遠くから見ても分かるほどにその少女は強く、まるで舞を舞っているのではと思うほどに美しく戦っている。翔たちは彼女の動きに完全に魅せられていた。
――凄い……。あの人が『スズネ』さんかな。
「もう少し近くまで行ってみましょ。見学してる人たちの辺まで」
「ああ、そうだな」
近づけば近づくほどに翔たちは彼女の舞に圧倒されていく。しかも、都度自分を囲む冒険者たちに助言までしているのだから、翔たちからすれば閉口するより他ない。
――使ってるのは、双剣、でいいのかな? 扱いが難しいって聞くのに、本当に凄い。それに、なんか、日本人っぽい?
翔は彼女の正体がこの上なく気になってしまった。だからだろう。先ほど門衛に注意されていたのにも拘らず、ついついスズネを〈鑑定〉してしまったのは。
「えっ!?」
結果は、彼が想像だにしないものだった。思わず声を漏らした翔を仲間たちが見つめる。
「どうしたんですかー?」
「いや、その……」
彼は今見たものをどう伝えようか迷い、結局そのまま伝えることにした。
「あの人の事、つい〈鑑定〉しちゃったんだけど――」
「ごめんねー、待ってた人達来ちゃったから今日はここまでだね!」
突然スズネが模擬戦を打ち切った。驚くことに、荒くれ者も多い冒険者たちが文句の一つも言わず、仕方がないと解散していく。
そんな中スズネはくるりと向きを変え、その待ち人たちの元へ向かって歩き出した。その視線の先にいるのは、翔たちだ。
「こ、こっちに来るけどどういう事なの!?」
「わ、わかりませんよー!」
「翔、実は知り合いであったという事はないのだよな?」
「う、うん、その筈だけど……!」
困惑し固まる翔たち。後ろに別の誰かがいるのかと翔が後ろを振り返っても誰もいない。
「あなた達が【選ばれし者】だね。……うん、なるほど? 思ったよりはいい感じ?」
気が付くとスズネは翔たちの目の前まで来ていた。すぐ近くで見た彼女は朱里よりいくらか低い百五十センチ少々の身長で、ぱっちりとした目で顔の小さい、超が付くほどに可愛い美少女だった。学校に一人いるかどうかという容姿の陽菜と比べてもなお、軍配はスズネに上がるだろう。
そのスズネは一人で何かに納得し、付いて来てとそのまま歩き出す。
状況の呑み込めない四人は互いに顔を見合わせてどうするか視線で問いかけ合った。
「ほら、早く行くよー?」
結局、彼女に流されるようにして四人はその後をついていく事を決めた。
移動中、彼女は会う人間の全員から声を掛けられていた。彼らの態度は多くの尊敬と感謝を含んだものであり、翔たちの中でどんどん疑問が大きくなる。彼女の勧めで一度宿に寄り部屋をキャンセルした際にも、宿の主人が文句を言うどころか尊敬の眼差しを向けていた。
「そういえばまだ何の説明もしてなかったね」
スズネがそう言ったのは、街の入口が見えてきた時だった。翔たちの入って来たのとは反対側の、木造建築が多いエリアだ。
「まずは自己紹介かな。私の名前はスズネ。よろしくね!」
後ろを振り返り、笑顔で言う少女。翔たちも自己紹介をしていくのだが、高校に入ったばかりのような見た目やその言動から受ける印象からは考えられないほど、翔たちの態度は改まったものを強制させられる。
「それで、こっちがブランちゃん!」
「よろしく」
翔たちは突然すぐ横から聞こえて来た声に飛び退くことになった。
そこにいたのは、白髪に黒い瞳で、黒い忍び装束を纏った煽情的な女性だった。狼の獣人らしく、その頭部には大きな三角耳があり、後ろで尻尾が揺れている。その表情は乏しいが、スズネと並んでも遜色ないほどに整った顔立ちをしていた。
「スズ姉さま、早く行こう?」
「そだね」
一見すれば成人して間もないくらいの姉が高校生の妹を催促しているという光景だが、彼女らの呼称がそれを否定している。しかし翔たちが顔を強張らせている理由はそこではなかった。ブランと呼ばれた彼女の気配に、その声が聞こえたその瞬間まで一切気付けなかったのだ。
「四人は魔王を討伐しに来たんだよね」
何故それをスズネが知っているのか、それは翔たちの非常に気になるところであったが、聞くに聞けない。
「これから私たちが、その魔王の所に案内してあげるから!」
突然のスズネの言葉に、四人は一瞬足を止めてしまう。すぐに歩き始めたがその内心ではスズネたちに対する警戒度を数段階上げていた。
「そんなに警戒しなくてもいいよ。悪いようにはならないから」
彼女はそう言うが、はいそうですかとなるはずがない。にこにこと笑顔のまま歩くスズネ。彼女は街の外へ出ようとしていた。
本来街の外に出るときにも軽く検査をされるはずなのだが、待っている列も何もかもを無視して彼女たちは門を抜ける。それでも誰も文句を言わないどころか、またお越しください、という旨の言葉を全員が言うのだ。
「ちょ、ちょっと、これ付いていって大丈夫なの!?」
「わかんないけど、でも逃げられるとは思わないし……」
「まさか魔王の関係者って事はないですよねー……?」
ヒソヒソと言葉を交わす。それに対してスズネは、くすくすと笑うばかりで何も触れない。
「兎に角、最悪を考えておいた方が良いのではないか?」
「そ、そうだね……」
見た目はショートパンツに薄手のパーカーという格好の少女だが、その実力は先ほどその目で見て確かめている。ブランにしても同様だ。上には上がいると理解し、彼女たちへの警戒を怠らない四人。旅へ出る前の自信は、既に微塵も残っていなかった。
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