君の為に翔ける箱庭世界

――神々は彼らを役者に選んだ
かかみ かろ
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第六十九話 女王の提案

公開日時: 2022年4月9日(土) 11:34
文字数:2,086

進捗の関係で短め。

「さて、そういう訳で時間はたっぷりあるわ。世界樹の巫女としても、クレド宮殿に挑もうとするあなた達の実力には興味があるのよね」


 言いながらアルティカはちらりとローズへ視線を向ける。ほくそ笑む彼女に、ローズはその意図を察して、うっと呻き声を上げた。

 

「そりゃあ、私もアルジェの同郷の子がどれくらい出来るかは気になりますけど……。まぁ、大丈夫よね? 最悪全部アルティカ様のせいにすればお兄様も怒れない筈……」

「ローズちゃん、全部聞こえてるわよ? いいんだけれどね?」


 目の前で行われる女王と公爵のやり取りを翔たちは理解できない。お茶を飲みながら、じゃれ合いのような眼前のやり取りを、ただ眺める。そうしている内にローズがうんうん唸り始めた。その頃になると、寧音などは自前のお菓子を出して頬張っていた。


「はぁ、わかりました。やればいいんでしょう? アルティカ様にやらせても仕方ありませんしね」

「そういう事よ」


 アルティカは満足げに頷き、翔たちの方へ向き直る。それから煉二が寧音に差し出されたお菓子を慌てて飲み込むのを見届けてから、楽しそうにその提案を口にした。


「今から模擬戦しましょうか、ローズちゃんと」


 目を見開き固まる翔たちだったが、それは願ってもない申し出だった。

 ――格上との模擬戦。何か、掴めるかもしれない。


 未だ見えない『迅雷』の修得。それに王手をかけるため。


「よろしくお願いします!」


 翔は力強く頷いた。


 アルティカとローズの後に付いて、翔たちは練兵場へ移動する。隠し通路から入った為に城内に翔たちの存在を知るものは無く、奇異の目を向けられた。陽菜たちは陽菜たちで、脇目も振らない翔の傍ら、法王国やアルジェのそれとは全く違ったセフィロティア城内を好奇の目で見まわしていた。調度品の類が少ないこの城はセフィロティアの街で唯一の木造であり、他の建物よりも緻密で美しい彫刻が壁や天井に刻まれている。そのいずれも蔓草を主としていて、森の生物を形どられたモノなのは森の妖精と言われる『森妖精族』故のことなのであろう。


「さあ、ここよ」


 翔たちが案内されたのは三階から出られる城の最も低い屋上部分。数百人程度であれば十分に余裕をもって武器を振るえる広さで、魔道具で明るく照らされたそこでは多くの騎士や兵士らしき人々が訓練に励んでいる。その向こうにはセフィロティアの街並みがあり、彼ら戦士たちが守るべき物を常に傍に感じられるようになっていた。城自体は五階まであるようで、正面を除く三方をみれば木製の外壁が見える。そういう意味では、練兵場は中庭と言っても良いのかもしれない。


「こんな所で訓練しているんですね……」


 翔がどこか不安げなのは、強度面を心配した為だ。見れば、兵士たちはスキルや魔法も使っており、木の壁や床にもし流れ弾が当たってはどうなるか分からない。一応土を敷き詰めてあるが、それを貫通することもあるだろう。


「大丈夫よ。世界樹の枝で造られているもの」

「アルティカ様やアルジェ達なら兎も角、Sランク冒険者でもこの城に傷をつけるのは難しいわ」


 なるほど、と言って翔は今しがた出てきた建物の入り口部分を手の甲で叩いてみる。聞こえる音は日本で慣れ親しんだそれと大して違う様に思えなかったが、彼女たちが言うのならばそうなのだろうと納得した。


「武器は訓練用のものを使ってもらうとして、ローズちゃん、どうする? 全員纏めて相手する?」

「それは私では厳しいので、一人ずつにしましょう」

「だ、そうよ」


 アルティカに視線を向けられ、翔たちは顔を見合わせる。


「その、今更なのですが、仮にも一国の公爵様、それも王妹殿下と模擬戦なんてこと、良いのでしょうか?」


 煉二の横では寧音が激しく首を振って同意を示している。相手が他国には実力を隠すべき諜報の長ということもあり、先ほどは勢いでよろしくお願いしてしまった翔も気になって、ローズたちの方に不安げな視線を戻した。


「しょうがないでしょう? 一般の騎士たちではユニークギフト有りのあなた達相手は厳しいし、実力のある者はそれ相応の仕事があるんだから。ましてや、【調停者】のアルティカ様じゃ強すぎるしね」


 感じる気配やこれまでの会話で何となく察しはついていた翔たちだ。何でもないことのようにアルティカが【調停者】であると聞かされたが、驚きよりもやっぱりという思いが強い。


「そういう事よ。大丈夫。千年生きてるだけあってローズちゃんも普通の人間としては十分に強いし、何かあれば私が治すから。……殺しちゃっても時間止めてアルジェちゃんを呼べばギリギリどうにかなる筈よ、たぶん」


 そこまで言われると、翔たちとしても納得しないわけにはいかない。模擬戦自体は翔の望むところでもあり、万が一については考えないことにした。


「わかりました。じゃあ、俺からお願いします」

「翔からね。いいわ、それじゃああの辺でやりましょうか」


 武器を受け取ってからローズと共に訓練場の片隅、誰も利用していなかった辺りに移動して、対峙する。


「翔君、頑張って!」


 陽菜の声援に頷きで返しつつ、ひたすら強度を上げてあるらしい木製の剣を正眼に構えた。


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