㉕
彼女たちの闘志に呼応したわけではないが、周囲で三度、魔力が高まった。煉二の魔法で一時的にでも魔物を一層出来た今、召喚の魔法陣が良く見える。濃紺の地面に刻まれた青白色の光は、どれだけ広範囲にわたって魔物が召喚されるのかを示していた。
――結構な数が出てきそうね。
朱里は数歩下がって寧音や煉二との距離を縮める。そうした方が良い気がしたのだ。それは翔も同様だったようで、いくらか下がって魔法陣の中心をじっと睨みつけていた。
「陽菜、継戦能力重視で舞をお願い」
「うん」
彼の〈直感〉スキルに何かが引っ掛かったのか、そう言う指示が少し後ろへ向けて飛ばされた。魔力の高まりが最高潮を迎えたのはその直後だった。
一瞬視界が真っ白に染まった後、現れた気配はBランク以上ばかり。つい先ほどまでの闘いは序の口でしかなかったと言わんばかりだ。Aランクの魔物も散見される。
「煉二の魔法を主軸にするよ! 朱里! 近づけないことを優先! 寧音は俺と朱里の援護で!」
「ええ!」
「はいー!」
朱里は即座に飛ばされた指示に従って槍を上段に構え、防御を重視しした構えをとった。武器を振るって一体々々倒していくには数が多すぎるのだ。アルジェたちの域にあるならばまだしも、朱里たちには荷が重い。
今も一足飛びに肉薄した鬼蜘蛛猿の剛腕を受け流してカウンターに一撃を入れるが、〈神狼穿空〉無しでは致命傷にならない。だがユニークスキルを乱用するには数が多すぎる。質と数の揃った魔物の波に少しずつ、しかし確実に傷も増えていく。このままではじり貧になるのは目に見えていた。だからこそ、煉二の広域殲滅魔法だ。煉二のスキルならば単体用の低コスト魔法も多くの魔物を殲滅できるそれにすることが出来る。
極力一対一になるよう意識して立ち回り、受け流してはカウンターで下がらせる。その際に仕留められるなら仕留めた。
「いくぞ、朱里!」
その声に合わせて右方へ身を投げ出すと同時に、空を割く雷鳴が轟き、たった今蜘蛛の足の関節を斬り付けた鬼蜘蛛猿をまばゆい光が飲み込む。強化された[雷矢]の魔法はそれだけで止まらず、鬼蜘蛛猿の後方や周囲にいた魔物たちも纏めて消し炭にした。その中にはアルジェの住む森で戦った小型のAランク魔物も含まれている。
同じ魔法を使い続けた時の煉二の火力は流石のモノだと感心しながらも、いや、だからこそ不安が募った。
――〈直感〉に引っかかったのがこんな程度の筈ない。きっと、もっとやばいのが来る。
正体の分からない焦りに身を焦がしながらも波のように迫りくる魔物たちの足止めを行う。Cランク以下は寧音に任せて後ろへ通しているが、それでも手を休める暇がない。後ろへ下がろうとしては大きな隙になりかねないような状況だった。
「あーもう! 多すぎ!」
「朱里、無駄口叩いてる暇があったら陽菜を援護してやれ! Aランクが三体行ったぞ!」
「翔がもう行った!」
そう返しながら朱里は腰だめに構えた槍に銀光を纏わせて大きく振り上げ、翔の守っていた範囲も入る様に振る。地底湖で翔の言っていたことを思い出しながら『翡翠』と同じ要領で繰り出したそれは、川上流『鎌鼬』。空間属性と加速の力を纏った斬撃は空を飛び、大きく広がって手前にいた魔物たちを薙ぎ払う。
――ぶっつけ本番だったけど、案外いけるわね、これ。
上半身と下半身が泣き別れになった敵対者たちを見ての感想だ。大きく引き延ばした分威力は減衰してしまったが、それでも二列分ほどは絶命せしめた。しかし連発は出来そうにない。直後に奔った閃光が陽菜と翔のそばの気配を二つ消すのと同時に、明らかな脱力感を覚える。
「煉二! アルジェさんのやつもう一回行ける!?」
残ったAランク、コモドエンシスの首を切り落としながら翔が叫んだ。
「ダメだ、威力が強すぎる! お前たちも巻き込んでしまうぞ!」
陽菜の舞と合わさって、単体向けで威力もそこそこの[雷矢]でさえAランク数体を纏めて屠れるほど強化率が上がっているのだ。[水蒸気爆発]など撃てばこの空間にいる全員がひとたまりもない。
――こういう所は面倒ね。
「私が障壁を張りますー! 煉二君、どれくらいの威力になりますかー!?」
「おそらく強化無しの[凍雷万招]より幾らか強い!」
「わかりましたー! 五秒後、合図お願いしますー!」
朱里は翔と目くばせをして陽菜へと視線を向ける。ここまで舞続けていた陽菜の周囲に生きた魔物の影はなく、いくつもの死体が転がっているのみだ。
心の中で数えていた数字が三になった。そのタイミングで目の前の魔物を漆黒の柄で思いっきり殴りつけ、吹き飛ばして隙を作る。
「朱里!」
「ええ!」
そして翔とタイミングを合わせ、特大の『鎌鼬』を放った。〈神狼穿空〉は発動していないが、牽制には十分。翔や陽菜が放った[光矢]の雨と合わせて魔物たちの動きを止める。そしてすぐさま大きく飛び退いた。
そしてカウントが進み、五を刻む。
「今だ!」
翔の合図と同時に五人を強固な三重の障壁が包む。そして再びの爆発。一度目を遥かに上回る規模で起きたそれはAランクだろうと関係なく障壁外の全てを消し飛ばす。生けるも死せるも関係ない。ただ障壁の向こう側にあると言うだけで等しく訪れた破壊。その爪痕は、全てが収まったときに魔法の威力をまざまざと示していた。
「凄い……」
夜色の大地に現れたクレーターに朱里のそんな声が漏れる。魔物たちの死骸すら残っていない。
少し視線を上げると、どれだけ〈雷矢〉を受けても傷一つ付かなかった水晶の木がその暗夜を思わせる身体を横たえていた。
「あ、危ないですねー。一枚しか残ってませんよー……」
寧音の言葉に目を凝らせば、確かに障壁は残り一枚となっていた。途中新たに二枚の壁を展開していたにも拘わらずだ。その事実に朱里は戦慄する。
「……群れはもう終りみたいだね。来るよ、強そうなのが」
朱里が生き残りはいないかと視線を走らせていると、翔がそう言った。彼の睨む池の中央に意識を向けると、朱里にもこれまでで一番小さな魔法陣にこれまでで一番大きな魔力が集まっているのが感じられる。
「何度か敵の波を乗り越えて最後にボス戦ってー、ゲームみたいですねー」
「ゲームと違ってやり直しはできないし、命がけだけどね」
後ろから聞こえてくる声は内容に反して固い。それも仕方の無いことだと朱里はぎゅっと槍を握り直した。
――たぶん、グラヴィスさんと同じくらい、強い……!
かつて乗り越えた壁。いや、乗り越えることを期待され、そうするよう導いてくれた壁だ。それと同等の存在が、今度は本気で自分たちの命を刈り取りに来る。緊張しないはずが無かった。
朱里は早鐘を打つ自分の心臓を煩わしく思いながらじっとその時を待つ。
そして、それは現れた。
池に有るまじき巨大な水しぶきを上げ、星月夜の空に響く特大の咆哮。眩いばかりの星光を遮り、降り注ぐ雨に濡れる朱里たちを睥睨するのは、荘厳な気配を纏った蒼い竜だった。
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